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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
最終章―縺薙l縺後が繝ャ驕斐□縺代?逡ー豁」隗」―
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21.

 神域の空には、散った命が上るように多くの輝きが、舞って行く。


 皆の目に映る光は、紛れも無い命だ、魂だ、輝きだ。自分達の世界に在ったはずの命が失われ、天へと上って行っている。


 今まで人々の心を支えていた柱は何だ、主柱はなんだ。『自分達の世界を守る為』『大切な人を守る為』だったはずだ。だが、今やその柱は失われ、失われる光景すらも見せられ、では、皆が変わらず立っていられるだろうか。こんな状況になっても、皆が神へと抗う事ができるだろうか。


 出来やしない。


 ようやく、人々はここまで来て真なる絶望を突きつけられた。あの二人は死んだ、守るべき世界も命も無くなった。何か立ち上がる材料を探すことすらできず、存在もしない。怒りや悲しみすらも生まれない。喪失感と、無力感だけを、感じることしかできない。


 そうやって人々が膝を付く中、天使達は無気力な人間達の蹂躙を開始して命を刈り取り始める。ここからはただの作業だ、残る生物達を殺せば良いだけだ。


 神は人々にすら興味をなくし、ただ天を見上げて自らの願いが達成される瞬間を遠く見ている……だが。


『――随分と弱弱しくなったな、ルナトリック』


 全域の視界には、杖を突いて緩やかな足取りを進めるルナトリックの姿を映した。


「そちらは随分と上機嫌であるな。良く見える目とて耄碌すれば無意味となるというのに」


『見る必要もないモノを見続けるのはもう飽きたのだ。

 混沌と神の力をその身に宿し、果たして貴様はどこまで耐えられるのか。唯一の見物があるとするなら貴様だけになってしまったな』


「理の捻じ曲げと律の制定、これで貴様を殺す準備は整えられた。存在の定義を、神に与えてやるとしよう」


『やれるものならやってみろ! ハハッ、ハーッハッハッハッハ!』


 神は笑い声と共に、両手を宙へ殴りつけて夥しい数の亀裂を空間へ走らせる。その亀裂は崩壊のヒビであり、万物が触れれば魂以外の全てを崩壊させてしまう即死の亀裂だ。


 膝を付いた者達は、その亀裂を前に逃げる事すらしない。できない。気力が無い。


 だが、それでもまだ、諦めていない者達は居る。


 チクマはルナトリックの元から離れ、低空を滑るように駆けて例の二人の死体へと接近していた。


「雑に扱ってすまない――!」


 そして二人を両手で抱え上げると、ヒビから逃れさせるように遠くへと投げ放つ。


「誰でも良い! その二人を何処か遠くへ――」


 人々が無気力に死を受け入れる惨状の中で、チクマの声が大きく響く。


 宙に投げ出された二人の体へ逸早く接近する者が居た。蒼い雷撃を纏い宙を飛ぶ、一人の騎士――


「請け負った! チクマ、可能性はここにあるのか!」


 ――未だ折れず、屈せず、立ち続けることができている者、キアルロッドだ。


「ある! だが可能性を向けるな! 彼らが背負う分はこちらで背負う!」


「そりゃぁ……無理な話だね」


 雷撃を纏った騎士は、二人を抱えながらチクマへ表情を返した。


「こいつらがこのまま眠ってるわけないもの」


 そして雷撃音と共に着地をすると、周囲の騎士達へ言葉を言い放った。


「死んじまったコイツ等が目ぇ覚ますまでなんとしてでも守れ!」


 大勢の騎士達はまだ死んでいない、心が戦う意志を抱いている。故に、キアルロッドの声には大勢の声が返ってくる。


『――なんだ、何を企んでいるのだ。奴等は死んだのだぞ、魂が消えうせているのだぞ、復活も叶わぬのだぞ、ルナトリックよ』


 神は、亀裂を物ともせずに杖を付いて接近してくるルナトリックへと問いかけた。


「クハハ、何も企んでなどいないのである。ただ、我輩にはあの馬鹿共がどうにも死んだと思えんのでな、ここより遠ざけてやりたいだけだ」


『――――確実に、間違い無く、死んでいるが。――――いや、存在の一片たりとも残さずに滅ぼしつくしてやろう』


 万象の主は走る亀裂を手足のように操って、あの二人の亡骸へと差し向ける。間違いなど起きないよう、零の可能性をこじ開けてでも不条理が起きぬよう、彼等の全てを消しさるために。


 イキョウとソーエンへ差し向けられた亀裂の速度は、騎士達が逃亡する速度よりも速い。だが、だからこそ、一人、また一人と騎士達は振り返り、身を挺しながら敬礼をして去っていく。一秒でも、少しでも、ほんの一瞬でも、時間を稼ぐならばこの身など惜しむことはせず。


 この神域に亀裂の進攻を遅らせる・止める事が出来る者はほんの一握りしか居ない。


「くふふ。ヤイナ、弟子。絶対に私の領域から出ないでね」


 ナナは刃を振るってヒビを切り裂く。全てを崩壊させる亀裂は物質さえも破壊してしまうため武器も触れれば跡形も無く壊れてしまう。だが、ナナの斬撃は現象であり、ナナはその現象を亀裂にぶつけて切り裂いていた。


「いのちが……やだ……させない……!」


 悲痛な声を浮かべるカフスは、結晶の壁をいたるところに展開する。神手づから創造した龍は神の力に僅かだが抗う力はある、が、僅かであって亀裂の進行を遅延させる事はできても止めることはできなかった。


「封印術で空間の固定をする!」


 絶望に近い虚ろさを持ちながらも、微かに折れていない心はまだ残っているダッキュは、家臣達と共に封印術を行使して亀裂の遅延を行っていた。だが、心が、折れそうだ。あの二人は死んだ、知らない未来だ、深い深い暗中に漂っているようだ。


「このままじゃ不味いね……ザレイト!」


「――ああ」


 手段を持ち合わせていない者達――盾を持つ兵達は足を止め振り返り、味方達を背にして壁を作った。たったの少しでも命で時間を紡ぐために。


 人が砕けて散っていく。天使諸共、この場に在る存在全てを亀裂が壊して行く。


「チクマさん――!」


「大丈夫、大丈夫だ」


 チクマは混沌と魔術によってシアスタ達を守る。が、神が起こしている事象に対して混沌を膨大に行使しているのだ。鎧には侵食するように歪な亀裂と文様が走り、無知な者でも一目で負荷が掛かっていると分かる。チクマは凡人だ、天賦の才など持ち合わせていないただの人だ。カフスやダッキュのように特別な力など無く、ルナトリックのように法外な頭脳など持ち合わせおらず、どこぞのバカ共のように混沌を代償も無く自由自在に操ることなど出来ない。


 神に対峙出来る者の中では圧倒的に劣っている。それでも神との戦いに身を投じたのは、師であり友人である者と共に歩む為と、救いたい二人をなんとしてでも助ける為だ。


 そして今、背にもまた助けたい者達が居る。故に体がどうなろうと絶対に守る。


 そしてまた、一人。同じ思いを持った者が、亀裂を前に立ちはだかった。


「ザレイト、おいら達が役割引き継ぐぜ」


「……頼む」


 亀裂の侵食を受けたザレイトは、盾兵たちと共に敬礼を持って散っていく。


 その敬礼を向けられた騎士達――王国騎士団の全騎士は、皆が足を止め、背にある未来へ繋ぐ為に己が身を投じた。


 次々散っていく者達の顔に絶望は無い。何かを、思いを、託すように、未来を信じて散っていく。


 団長はそんな彼等の姿を振り返らず、思いとねぎらいの言葉だけを向けて、ボロボロの体を無理に動かしながら戦場を駆ける。両脇に控えるコロロ、ニーアの両名も、次は自分が時間を稼ぐ番だと覚悟は決めていた。


 一秒でも、一瞬でも、時間が稼げれば良い。死んでしまった二人が、ありえないが目を覚ますと思えてしまって、その目が覚めるまでの時間を少しでも。


 だが亀裂は無慈悲に迫ってくる。仲間の死を踏み貶すように、そして暴風が過ぎるように、二人の亡骸を目指して亀裂は走る。


「わた――」


「コロロ、ニーア! 交代だ!」


 コロロが言葉を出すよりも早く、キアルロッドの声が飛ばされた。それと同時に、二人へは影とソーエンの死体が投げ渡される。


 そして返事を返す、言葉を向けるよりも早く、キアルロッドは瞬時に転身して亀裂へと迫っていった。


 影の死体はコロロが、ソーエンの死体はニーアが、抱えて、しかし足は止まる。


「ニーア……」


「……ここでキアル様を止めるほどバカじゃないわ。――散っていった者達の覚悟を踏みにじるような事もしたくない。

 ここよりコロロはイキョウ様を、私はナターリア様の未来の旦那様を守護します。走って」


「……」


 冷淡なニーアの声に動かされ、コロロは再度足を動かす。


 ニーアの表情に変化は無い。自分よりも、もっと、覚悟を決めているようだった。この戦いの中でも、未だ胸に燻る不安を持っている自分と違う。抱いた覚悟を揺るがせることなく、彼女はこの場に立っている。


 では、自分は。走っているコロロは、腕に抱いた影へ視線を落とし、見つめる。


 こんな姿になってまでも戦い、記憶を失ってでも戦い、ずっと誰かの為に戦い続けている者の姿は、無残で悲しく栄誉も栄光も感じないただの影だ。勇者とは程遠い姿をしている彼は、誰よりも勇者のような行いをしているはずなのに、一片たりとも勇者に見えない。だが、勇者に見えずとも、勇者のような輝きが無くとも、彼は己が願いを突き通し、どれほどまでに何を失おうと抱いた信念だけは絶対に突き通そうとしている。


 彼はきっと、在り方が勇者らしからぬだけで勇者のような資質は持っているのだ。では、だったら、自分は――。勇者に憧れただけで何も成し得ない、こんな状況でも何も出来ない、ただの小娘だ。


 今だって背では仲間が散っている、キアルロッドが亀裂に侵食を受けて滅びへと向かっている。


 こんな、神から向けられた理不尽など、何人なんぴとたりともどうにも出来なくて、本当に、本当に、極々限られた特別な者達でなければここに立つ権利すら本当は無かったことも理解している。


 しかし、だからと言って、ただの小娘であっても、希望を他に託して今は逃げる事しかできないのは歯がゆく、情けなく、自分自身に失望さえしそうになってしまう。


「イキョウ殿……」


 “自分はどうすれば良いのか”それすら分からず、コロロは腕に抱いた影へ縋るように声を掛けるが反応は無い。


 少し、思うことがあった。イキョウは自分の声が大好きだと言ってくれた、もし呼びかけたら目を覚ましてくれるんじゃないかと、微かに期待をしていた。彼が記憶を失っていることは分かっていても。


 イキョウだったら、絶対にこんなときでも変な事やテキトーなことを言って笑わせてくれる、ドキドキさせてくれる、安心させてくれる、ホッとさせてくれる。


 自分のことを忘れてしまったことは悲しい。また前のように話したい。声を聞かせて欲しい。膝枕したい。前みたいに甘えて欲しい。名前を呼んで欲しい。二人で鍛錬したい、楽しいことを二人でいっぱいしたい。――――。


 コロロは、こんな状況だというのに、ハッとして、ようやく自分がイキョウへ向けていた気持ちが分かってしまう。可愛いし、カッコいいし、いっぱい褒めて欲しいし、楽しいし、触りたいし、触って欲しいし、一緒に居たい――愛おしいと思う感情は、“好き”という思いから来ていたのだと、理解した、理解できた。初めて、恋という感情を、抱いた。


 でも、好きな人は自分の腕のなかでこんなボロボロになっていて、記憶も失い、人かも分からず、死んでしまっている。何も、何も救われていない、報われていない、見ただけで空っぽだと分かってしまうほど今の彼には何も無い。だが思う、ずっとイキョウに感じていた空虚さが今目の前に現れていて、彼は口数が多い癖に多くを語らず内緒にしていただけで、彼はずっとこの空虚さを秘めていたのではないか、と。初めて恋を知った瞬間に、初めてイキョウの本質へ触れられた気がした。周りに人が多いのに、ずっと孤独で居る男は、ずっとこの空虚さを抱いていることを知れた。


 コロロは勇者に憧れた。気高き心で万人を守れる偉大な者に憧れていた。


 だが、今、もっと、心に浮かんでしまうことがある。


 この男は、今まで色んな者を守ってきた。守りたいものを必死に守って、人々を守って、世界を守っていた。だが、だったら、誰が、こんな孤独で空虚な勇者を守っていたのだ。


 誰も居ない。この男は、彼は、イキョウは、皆を守ろうとするのに自分を守ることなんて一切考えていない。誰かに守って欲しいとすら思っていない。


「……」


 コロロは勇者に憧れた。気高き心で万人を守れる偉大な者に憧れていた。


 だが、今、もっと、心に浮かんでしまうことがある。


 勇者じゃなくたって良い、ただの小娘だって良い、自分が何だって良い。それでも――一番大好きな人が、孤独で、一人で、空っぽで、誰からも守られる事を望んでいないとしても、せめて、自分だけはこの大切な人を守ってあげたい。


 自分はイキョウよりもずっと弱い。でも、志だけでも、この人だけの勇者で在りたい。


 この思いが初恋の激情でも一時の感情に任せた思考でもどうだって良い。今はただ、孤独な男のためのたった一人の勇者で在りたい。


「……その顔――」


「ニーア。申し訳ないのであります。私も、イキョウ殿のこと好きであります。大好きの感情が溢れて、止められなくて、イキョウ殿だけの勇者になりたいのであります。だから――」


 コロロはイキョウの亡骸をニーアへ渡す。足を止め、覚悟を決めた面持ちで。


「――お願いするのであります」


「……はいはい。あの世があったら二人で恋バナでもしましょうか。キアル様も交えて、優雅にお茶でも楽しみながら」


 二人は、人類格では最後の砦となるキアルロッドが、幾つかの亀裂を砕きながらも散った光景を目に写し、今生の別れとあの世での再開を交わしてそれぞれ駆け出す。


 * * *


 ――泣き止まない。少女は、己の無力さに泣く事しか出来ない。


「キョーちゃん……ソーちゃん……ルナちゃん……クマちゃん……!」


 死んだもの、死に行く覚悟で居る者。痛みが胸を裂いて、何もできない事が痛くて。


 少女が泣き止まなければ、双子も、シアスタも、呼応して泣いてしまう。止まらない涙は、アザリスタの胸の内で流れ続ける。


 * * *


 例の二人を追う亀裂は、止まる事などありえない。


 王国騎士団を乗り越え、団長を乗り越え、コロロさえも踏み越えて、迫るヒビはニーアの身に到達しようとしていた。


「くっ……!」


 駆けるニーアの背後からは亀裂が迫り――踵へヒビの先が触れ、間もなく体に伝播してしまうことだろう。


 周囲に二人の亡骸を渡せる者が居ない。王国勢は自分以外全滅した。このままでは――。


「――こほ」


 ――亀裂の侵食が始まったニーアの元へ、静かな風のように降り立つが現れた。


「マクグリス様ッ――!」


「こほ。あれこれ言うのは面倒だ」


 現れたマクグリスは、ヒビの侵食が始まっているニーアへ手を伸ばすと、影とソーエンの体に両手を触れる。


「はぁ、メンド。死ぬんならやることやってから死んどけよカス」


 そういってマクグリスが指を鳴らすと――二人の体は消え、交代するようにダグラスとミュイラスが現れた。


「ま、ま、まく、グリスさん、にお願いして、よ、よかった、です」


「ガハハ! お願いしねーでもコイツぁはなッからこうするつもりだったぜ!」


「チッ……あとでちゃんと金払えよミュイラス」


 マクグリスの使用したスキルは、王国――引いては他国も把握していない力だ。よって、ニーアは二人へ何をされたのかは理解していない。


 しかし、天秤を悪い方向へ傾けるようなことをしていないことは理解できる。


 体に亀裂が走るニーアは、それでもこの行いへ言葉を告げるべく顔を向けた。同じく、亀裂の侵食を受けている三人へ。


「感謝いたします」


「あ、あ、え、と、いえ……」


「あんなヤロウ共の為ってのはクソムカつくけどよ、神とかいうクソムカ付く奴にゃぁクソムカツク奴等ぶつけてぇんだわ俺等もよォ!」


「こほ……ダグラス声うるせぇよ死ねすまん言いすぎた。だがアイツ等は神諸共死んどけ」


 亀裂が侵食した者達は、例外なく滅びへ向かう。


 そして――彼等四人は、砕けて、空へ上った。


 * * *


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? 亀裂こっち来てる!」


 帝国は兵の殆どを失った状態にて、それでも残る命の一つが声を上げていた。


 戦いに不慣れで、書類仕事ばかりをしていて標準的な身体能力しか持たない者の声。小脇に例の男二人を抱えながら、重そうに足を進める者の声。


「うぎぎぎぎぎ……! 重い! 重いぞ! ゲール! どっちか持ってくれ!」


「わっはっは! むりじゃ! ワシも小型覇導砲の反動で老体のあちこちがボロボロになってしもうてのぉ」


 帝国の皇帝ハインツは男二人を抱えながら遅い歩みを、その傍らでは老体を引き摺るゲールが激を飛ばし、帝国兵が散る様を背にどうにか逃亡を図っていた。


「おい! バカ! バカ二号! 起きろ! お前等死んでも死なないような奴等じゃないかなんで死んでるだよ!? ――神をさ、お前らならぶっ殺せるだろ!」


 常識的に考えるなら、死人に問いかけたところで意味は無い。


 現に、皇帝の両脇に抱えられている二人は死んでいる。呼吸さえ、鼓動さえ、生命の反応さえ無い。


「わっはっは! ……ハインツ坊や。亀裂が我等の背後へ接近しております。味方の兵へは全て例外なく、褒章を与えてあげましょうぞ」


「勿論だとも! 全滅したってのに生きて帰ったなら何だってあげてやる!」


 常識的に考えるなら、死人に希望を託す意味などない。


 ハインツとゲールの背後には、もはや誰も、誰も居ない。光の亀裂によって全兵が光の塵となって宙へ上っていった。その散った輝きは、亀裂の光は、今まさにハインツとゲールへ到達しようとしている。


 壊滅だ。どの勢力も、成す術などない壊滅に見舞われている。時を置かずして全滅の道を辿るだろうが、今は全滅ではなく壊滅の段階に至っているだけだ。


 人が神と相対するとして、もはや事象は常識の範疇に無い。神に勝るなど、万象の根源に勝つなど、土台無理な話だったのだ。


 相対はすれど神は人間を対等に見ていない。人間は神と対等に成れやしない。絵描きを神だとして、物書きを神だとして、描かれた絵や文は思い通りになるとして、作品の内側に存在する者達が神へ何を起こせようか、神の気まぐれが起きたとて何が出来ようか。


 創造主と造物とはそういう関係だ。


 隔絶された開きがある中で神が手を下した現実は、九割が命を失った。世界が壊れた、亀裂が命を裂いて行く。他国の逸話を持った強者を、名だたる一等級冒険者を、王国の人類最強を、帝国の四騎士を、次々躊躇無く滅ぼしていく。


 影とソーエンを抱えるハインツが振り返れば、背後に騎士達は居ない。塵行く最中に敬礼していた彼らは、跡形も無く消え去っていた。


「……出来ない最上位の一礼を、爺やに」


 そして。


 両手が塞がれているハインツは、御身を庇って亀裂に蝕まれたゲールへ敬意を向けた。背後へ、見えずとも、抱えている希望を手放さないことを最優先にして。


 周囲は壊滅的だ。戦場は壊滅的だ。戦力は絶望的だ。どう見ても人類側の敗北だ。だが、それでも、亀裂は影とソーエンを追って止まらない。


「腹立つなァ……。おい! バンダナバカ! マフラードアホ! 天才の私には辿れない道理がアホバカなお前等にあるんだろう!? 何死んでるんだ!? 死体に希望を向ける者達の身にもなれブァーカ! 来てる来てる亀裂来てる!」


 ハインツの身元には、止まらない亀裂が走り寄っていた。


 男二人を抱えて走る速度は、逃れる事などできやしない。


 もはや帝国軍は君主を残して全滅だ。抱えている不服の希望を次に託す相手が居ない。


 どの勢力も同じだ。主要な者達すら去り、残るは残すべくして残された微々たる命だけ。


「――帝国の主よ。ウチにその者達を託せ」


「……なんだい、長寿で教えの主にしちゃぁ随分と幼く情けない顔だね」


「無様はお互い様じゃろが」


 歳相応以下なわがままを子供のように喚くハインツの前へ、急に現れたのは、同じく――家臣を失った一国の君主だった。


「さっさと連れてってくれ、重いんだよ」


「お主が抱えているそのバカ共は、本当に重い者達なのじゃよ。常人ならば背負っているものの重さでつぶれてしまうほどにな」


 亀裂が到達したハインツは、そんなことよりもダッキュの言葉に笑いを向ける。


「ハハッ! 頭は空っぽだろうにね! 頭空っぽだからか! 国以上の重さ背負ってるくらい分かれてってんだよぶぁーか!!」


「…………」


「あぁ、黙ってんなら黙っててくれお前が舵取りした未来に掛けてないからな私は! お前が何を背負ってても知らん! 知りたくもない! ただ――」


 小柄なダッキュは例の二人へ手を添えながら、砕け行くハインツの顔を見る。その顔は、笑っていた。


「我が帝国が掛けた命は、我等が国の未来が為に掛けた命だ。その重さは、コイツ等バカ共と同等と知れ。己が意思で戦い、己が意思でコイツ等に未来を託したんだ。

 ――帝国の未来をコイツ等へ託したんだ! 我が国の為に戦った皆、忠道大儀であった!」


「ハインツ――」


「我が名はハインツ! 帝国民全ての主であり帝国の意思を総べる者なり! 故に――」


 笑う顔には涙が伝い、崩壊する彼の理念と意思は、二人の男へ向けられる。


「――頼んだぞ。バンダナ、フード。絶対に勝ちやがれ、理不尽なバカ共が」


 散る、彼の最後は帝国の最期だ。だが未来は、彼らへ託された。


 命のリレーとするならば、次を託されたのはダッキュだろう。彼女は散るハインツの姿を悟りながら、涙を目に溜める。


 どうして、選んだはずの未来はこうなってしまったのだろう、と。


 それでも残る魔力を振り絞って飛ぶ。可能性はこの二人にしか無いならば、死体さえへも希望を向けて。家臣を失えど、まだ見た希望に縋って。

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