20.
壁が壊されたことによって、神を包囲していた者達は我武者羅にも似た雄たけびを上げながら神へ突貫し始める。
『ルナトリックめ――次から次へと――!』
目の前の邪魔者を排除したいというのに、羽虫除けの障壁が壊された事によって生者達が押し寄せてくる。
邪魔者を排除しようとする行動へ邪魔が入る。声や意志が耳障りだ、邪魔だ。故に、神はあれほどまでに『愛おしい』と言っていた者達へ向け、ヒビを宙へ走らせて排除を図った。
走るヒビは迫り来る生者達を――止められない。触れれば死ぬ亀裂など気にしていられない者達が進軍しているのだから、当然だ。
だが――
「チッ!」
――ソーエンは、とある場所へと走るヒビへ混沌の弾丸を撃ち、亀裂を破壊し妨げた。
その行動は影も同様で、ナイフ状の影を投擲して無尽に走るヒビを、無意識的に防いでいた。
神を殺すよりも最優先された行動は、二人と対峙している神が何よりも興味を向けてその意味を探る。
『……フッフッフ――! なるほど、そういうことか!』
世界全てを見通せる神の目は、伸びるはずであったヒビの先を見て理解した。
無である影も、無情であるフードの男も、戦う意味というものを宿していた。これまで鬱陶しい、腹立たしいとしか思えず、さっさと消えて欲しかった為理解しようとも思えなかった邪魔者共だったが、一端に眼を向け垣間見た意志に声を上げてしまう。
ならばどうするか、神は二人と言葉を交わすことを選ぶのか。否、神はわざわざ見せ付けるように律の杭を展開すると、例の二人では無く別の対象へと飛ばそうとする。
『お前等は、どちらを選ぶのだろうな?』
神殺しを成す為に動くのか、それとも――。
神が放った律の杭は迫り来る生者達、その奥に居る小さな子たち目掛けて放たれた。
その行為に、ソーエンはここへ来て始めて感情を見せ、焦りの表情と共にすぐさま駆け出す。何を考えているのかすらも分からない影は、それでもソーエンと同じように瞬時に動き出した。
二人の体は杭の軌道を妨げるように差し込まれ、防ぐ間も無くその身に律を受けてしまう。
『これでお前らからはスキルと魔法が消失した』
神は二人を確実に、だが、どこか鬱憤を晴らす為に甚振っているように、一つ一つを着実に失わせていく。
光りの杭が消失すると共に、自らの力に消失を感じたソーエンは――しかし。
「それがどうした」
余裕を見せるような態度、意に介して居ないような態度を返す。だがその態度こそ、神は気に入らず腹立たしい。
更に、迫り来る騒音もうるさい、邪魔だった。故に、神は天へ手を掲げ、白い大地に再度天使を降臨させる。
人々は苦渋の表情をしながら天使達を見つめた。誰も、同じ天使が二体以上は存在しないとも言っていなかったが、だからと言って無限に復活する強力な輩達が複数体存在するなどあってはならない。
だが、神にとっては人々などどうでもいい、天使に驚き睨む反応など本当にどうでもいい。言葉を向ける手間すら掛ける意味が無い。『雑兵の相手は雑兵がしていろ』以上の感情もなく、視線は揺らぐことなく例の二人だけに向けられていた。この排除行為は、何人たりとも邪魔させない。
『さぁて、次はお前等から何を消してやろうか』
神は二人へこれ以上無いほど有効な手と、絶対的優位に立てる条件を有した。気に入らなく、鬱陶しいが、だからこそ決定的な弱みを見つけたことがたまらなく快感だ。積もり積もった不快感は、一撃で方を付けるよりもジワジワと痛めつけたいと言う意思を神へ抱かせる。
本当に、顔があれば愉悦の笑みを浮かべていただろう神は――。
『――なんだ?』
――抱いたモノへ疑問を抱き、そしてふと冷静になる。
『……願いを前にして高揚でもしていたとでもいうのか……? アイツ等程度にこの■が……』
困惑、にも似た声を出している神へは、すでに二人が再接近を開始している。神はその行いに対して片手間に律の杭を大量に放ち、二人が回避できないほどの――後ろに居る者たちを守る為にはその身を挺しなければならないほどの攻撃を放ちながら、思案を続ける。
だが、まぁ、そんな思案がどうでも良くなるくらいに……律に身を犯され地面へ膝を付いた二人の姿は、神の気分を良いものへと変えた。
鬱陶しい奴等が弱っていく姿を見ると晴れやかな気分になる。嘗て無いほどに、気分が良い。
先程まで突貫していた二人は、その背に隠した守る者達のせいで禄に動けはしなくなった。そのせいで己が身に宿す力を失い始めている。だが、例えどのような力を失おうと、混沌さえ在れば神へは対抗できる。
神の御前では、力を失い続けている二人は、それでも立ち上がってまた向かってこようとする。神から視れば、それは滑稽な姿であり、愚かな姿だった。
混沌が在れば神は対抗できるだろう。しかし、不完全な世界に産まれた脆弱な存在へと戻りつつある彼等は、対抗する手段を持っている“だけ”の存在へと成り下がった。
手段を持ち合わせているだけ、というならゲゼルギアと同等だが……現状はそれ以下だ。偽りの力――ゲームの力――を失ってしまえば、彼等二人はあらゆる世界の人間の中でも最弱に位置する生命となる。ゲームの力が無ければ空は飛べない、魔法やスキルも使えない、強靭な筋力も堅牢な防御力も無い。紛れも無く、ただの脆弱な人間が混沌を有しているだけに成り下がるのだ。
例えソーエンがヴァンパイアだろうが、イキョウが不定形の影だろうが、ヴァンパイアと影の肉体であるだけの脆弱な世界基準に戻ってしまえば、それだけで大幅な弱体化となる。
彼らに唯一残された力は、アイテムボックスだけ。たった、それだけ。
それは彼等も自覚している、分かっている、もはやUIとも呼べない、アイテムボックスの項目のみ存在している視界を認知している。
それでもソーエンは銃へと弾を込め、影はもはやアイテムボックスの使い方すらも忘れて、現状に屈することなど一切せずにその身を戦いへと向かわせていた。
神にとって、二人の滑稽な姿は気分が良い。しかし、あのような状態になってもまだ向かってくるのはいい加減鬱陶しさを通り越して呆れすら感じてしまう。バカの一つ覚えのように向かってくる愚かな存在共は、始めから勝ち目など無いというのにも関わらず抵抗をしてきて、あまつさえここまで弱り果ててもまだ向かってくるのだ。
身の程さえ、愚か者には分からないのか。そう思いながら、神は――――だがやはり、奴等二人を消し去った後の光景を思い描けば、愉悦の笑みに笑い声さえ漏れてしまう。
一片を残すことなく、存在していた事実さえも消すかの如く、アイツ等の全てを消し去ってやろう。そのためならば何を惜しむ事も無く全てを使ってやろう。
『――フッフッフ……あぁ、もう少しなのだ……』
神は、神域の星々を――宙に浮かぶ銀河を、その身へと集めて凝縮する。
神の両手の内へと集う輝きは、まるで圧縮された太陽のような輝きと熱を放っていた。輝きの色は眩さを白一色に変え、圧縮していても漏れ出る熱は空間を歪めるほどに熱く、宇宙創成のエネルギーをも超える力を、手の内で圧縮しとどめている。
その光景に警戒しない者など居ない。各陣営は天使と戦うことも忘れて怒号を交わしながら防御の姿勢を取ろうとする。だが皆が目にしただけで一様に理解していた、自分達の力ではあの膨大なエネルギーを止めることなどできないと。
しかしそれでも防がなければいけない。身を焦がしても、己が死のうと。
「イキョウ。奴は俺達の背後に居るラリルレ達を狙ってくる」
「……まも、るんだ……」
「……死に物狂いで守れ」
「まも……らなきゃ……」
言葉を交わす二人は、嘗て親友同士だった騒がしさなど無い。
決意はある、譲れない思いだってある。だが、何かが欠けていて、しかし絶対に守りたい者を守る為に、その身がどうなろうと躊躇をすることはなかった。――冷静なソーエンも、何者かにすら成っていない影も、必死だったのだ。例え傍らから見て必死と見えなくても、彼等二人は、心に在る者達を守ろうと、彼等なりに必死で戦っていた。“必ず死ぬ”と書いて必死だが、“必ず死んでも殺す”という、歪んだ彼等なりの必死な思いで戦い、その思いが叶うなら自分達はどうなっても良いと思って戦い、守りたい者を守る為だけに戦っていた。
金光と照る光りの輝きを前に、二人は全身から禍々しい闇を溢れ出させる。光と闇の対峙、俯瞰的に見れば善は神で悪はイキョウとソーエンだ。だが主観ではどちらが正義でどちらが悪かなど談義する必要もない光景では、万人が神の輝きを前に防御姿勢を取っている。
盾や魔法の防御壁、持ちうる装備を構える中――
『お前等如き、二度と顔を見せるな。存在の一片すらも残さずに消えて行け』
――冷静で、侮蔑で、愉悦。入り混じった感情の声と共に膨大な光と衝撃が放たれる。宇宙誕生のエネルギーを凝縮したような力の波動が、神から撃ち放たれる。
寸前でカフスの強固な結晶壁が展開されながらも、輝きの射出時に生まれた衝撃と熱波は容易く壁を砕き、周囲の人々は天使さえも巻き込んで宙へ巻き上がるように吹き飛ばされた。
全ての者達の視界が白む中、そしてその輝きを突きつけられたシアスタ達が身を寄せ合う中……。
「おいバカ! 何が何でも守りきれ!」
「――ァア」
……世界がどうなったって良い、その身がどうなっても構わない。そんな二人は、光の濁流に闇の混濁を起こして、神の御技を相殺しようとする。
光と闇の混濁は、果たして神話なのだろうか。御伽噺なのだろうか、現実なのだろうか。周囲の人々にとっては疑わしくも思えてしまうくらいに人知を超えたせめぎ合いだ。息を呑むことさえ忘れて、あっけに取られながらも闇が優勢に成る事を願うことしか、できない。
肌が焼けるほどの熱波と共に、暗く冷たい闇が全身を凍わせる。目が眩むほどの輝きが、深い深い闇へと呑まれて行く。
『フッフッフ――! 浅ましく抵抗し続けていれば良い! 無限の■に有限のお前等がどこまで耐えるか見物だな、ほら、ほら! どうした! お前等に残された混沌で無様に抗って見せろ!』
「チッ――!」
「……」
神に限界は無い。力が尽きる事も、疲労を覚える事も、無い。だが、今や混沌の力しか持ち合わせていない二人には、そしていつも在るべく姿では無い二人には――光が闇を払い、二人の身へと迫る。
人類全ての目に映るのは、救世主などとは思えない出で立ちや振る舞いで救世を行おうとしている二人が、せめてでも身を挺して光の波動を相殺している姿だった。
あんな攻撃を正面からその身で受けて、だがまだ立っている。立っている、が、ソーエンの全身からは煙が上がり、不定形の影は体の一部が散りノイズのようにブレを生じさせている。
それでも二人はまだ、立っている。立っている。立っている――だけだ。ピクリとも動きはしない。
だが、あの者達のことだ。あの二人を知っている者達だからこそ思えることがある。まだ、生きている、と。
だが――だが――動かない。動くのを待っているわけではない、ジッと見つめているわけではない、あの二人なら、すぐに切り返すはずだ、すぐ行動に移るはずだ、そう思うのに、全く、動かない。
――違うのだ、これまでがおかしかったのだ、あんな攻撃、生物が受けて良い攻撃ではなく、体が残っていることももはやおかしいのだ。
人々の心に蔓延り始めた疑念は……次の言葉によって、確信へと変わる。
『……ああ、ようやく死んだのか――』
頭に響く言葉。紛れも無い、神の言葉。一瞬だが、呆けたような感じを覚える言葉。
『ああ、ようやく……ようやく……死んだのか。死んだのか、ようやく。ああ、ああ。死んだ、死んだのか! フッフッフ、フハハ……ハァーッハッハッハッハッハッハハ!』
これまでに無いけたたましいほどの頭に響く声。神の感情というものをハッキリ感じられる声。
耳をふさいでも止められないとはいえ、誰もが反射的に耳を塞いでしまう大声は、止まる事を知らないように響き続ける。
『ああ……! 最高だ……! なんだ、なんなんだ、この湧き上がる高揚と満足感は――! 素晴らしい! あんな奴等を排除しただけでコレならばこの先で■はどうなってしまうのだ!
もう、もう良い。可愛がりも終わりとしよう。だがまぁ、ここまで抗いを示した愛し子達には世界の終わりを見せてやろうではないか。天を見上げろ』
打って変わって、神は淡々と無感情な声を突きつけてくるとともに、天へと手をかざした。
皆がその動きや言葉に引かれて目線を天へと向ければ、銀河の星空には何かが写る。丸く象られた大量の光の中に、様々な光景が、写っている。
その光景は――誰が何を言わずとも、全て、自分達の世界を映したものだと、理解してしまう。
* * *
コーマ帝国の民は――目にしてしまう。世界が段々と剥がれ、割れ、消失し始める光景を。
「お父さん……!」
「サシャ! リリー! カリヤ……!」
クライエン王国の首都もまた――
「おとーさん! やだ! 怖い!」
「大丈夫だ……! 大丈夫だから、イキョウが、アイツならきっと……!」
王城では――
「おねーさま逃げますの!」
「世界が、真っ白が、きてますわ!」
「……ソーエンッ……!」
アステルのギルドにて――
「ローザさん! クラリスさん! ジョニーさん!」
「……ローザ」
「ローザちゃん」
「――私は、皆さんを信じて居ます」
どうしたって、どうやったって、どうにもなら無い世界の崩壊は、止まる事が無く――――崩壊した世界の中で、多くの者は抱き合い、逃げ惑い、数多の生命が世界と共に散っていった。




