19.
墓守はクライブ達と共に、天使と雑兵が蔓延る戦場を駆け抜けて、膝を突き絶望している者達の下へと向かう。
だが、雑兵は思っていたよりも少ない。デスロードリッチやキングレイス、デュラハンが天使や軍勢の相手をしていることも影響していることは確かだったが、それでもやはり数が少ない。
さりとてその事実に疑問が生まれることは無かった。向かう途中から分かっていた、見えていた。
多くの膝を付いている者達の前で、領域を区切るように佇んでいる四体の存在、佇んでいるだけで、周囲の雑兵と生者達を区切れる存在。
「……やぁ、墓守君、クライブ君たち」
声が歪んでいる。おぞましき存在へとなりきる前に朽ち果ててしまいそうな彼等は、それでも皆から最後の砦のような信頼する眼を向けられていた。
「グル、ッフッフ……。ガル。ル……。優しく、なりすぎ、ましたかね」
「嘗てのようには、いかないようで。後は、お頼み申した」
「悪、魔、的、にお願い、します。アステル、民、も、居る、ので」
「……承知した」
絶望した者達を、僅かに残る理性で守護していた彼等は――墓守の言葉でホッとしながら、塵となって消えていった。
* * *
「クソ! クソッ!」
神が区切った領域へ、ボロボロな体を動かし槍を振るう者が居る。血を飛び散らせながら、それでも軋む体に止まることを許さずに。
「止めろキアル! 死んじまうぞ!」
「スターフだって同じだろ! 灼光の時間が迫ってるんだ! イキョウだってソーエンだって同じだ! 何が人類最強だよ! 王国を救ってくれた礼も、世界を救い続けてくれた礼も、まだ何も返せてないじゃないか!」
キアルロッドの目には、ハッキリと神や二人の姿が写っている。写っているからこそ分かってしまう。あれじゃ勝てやしない、あんな、あんな、静かな二人には何も任せられない。任せられないなら自分がどうにかすべきだというのに、それすらできない。
だがそれでも、キアルロッドは槍を振るうことを止めない。
その姿を、騎士団は不安がりながら眼を向け、そして静かに見下ろしていたザレイトは――。
「……全体、構え!」
皆が始めて聞くような、否、始めて聞いた、腹に響く大声を出して空気を締める。付き合いの長いキアルロッドやスターフも、初めての事に驚いてあっけに取られながらザレイトへ眼を向けた。
「……私は古い体質の人間でね、何をどうするかと考える暇が有るならば、とにかく攻め、守る。とにかくひたすらに攻める味方を、私はとにかくひたすらに守り続ける。策など戦う中で考えていけば良いという信念で盾を構え続けてきた」
「さすがザレイト副団長!」
静かな中で上がる声は、ザレイトを信奉するイカれ騎士だ。
「……振れば当たる剣が当たらぬならば、当たるまで振れ。魔法を外してしまうなら当たるまで撃ち続けろ。くたばるにしても出来得る限りを尽くせ、それまでは私の部隊が盾となりて皆を守ろう。――その為にはまず、この壁を破壊することから開始する!」
野太く腹に響く大声は、騎士達に限らず大勢からの短い返事を持って皆の意志を明確にする。
武器を握っている者達はその武器を壁へぶつけ、魔法を放てる者は魔法を放ち、中には魔力切れを起こしてフラフラになりながらも杖で壁を叩き始める者も居る。
しかし……その中で。
「……コロロ、しっかりしなさい」
「…………はい……で、あります」
メイドと、金髪の騎士の声は、静かに交わされた。
――――
「カレサイド! マガラギ! トット! 私やだ! まだバンダナさんとフードさんのお家遊びに行ってない!」
「はいさ。俺もクレイジーモンスター達からエリクシルの情報貰いたいしね」
「某もフード殿とは東国談義をしたい」
「私もバンダナちゃんにおっぱいぎゅーってしてほしぃ!」
* * *
「腹ッ立つなアイツ等ァ……! 何モタモタ戦ってるんだよ! さっさと神殺せ! ゲール! ダグラス! マクグリス! さっさとこの壁を壊せ! 攻撃効かないならあのバカ達の足持って神の事殴りつけろ!」
帝国の皇帝は、憤慨しながら無茶難題とも思える言葉を言い放つ、が。
「……なるほど……確かに既存の武器が効かねぇってんならアイツ等武器にすりゃ良いのか……。
よしテメェ等! 王国の奴等に遅れを取るんじゃねぇぞ! 帝国軍の意地を見せてやれ!」
ダグラスの音頭に、帝国兵達は大声を上げて壁へ突貫を始める。
「こほ……。ハインツもバカになった気がするな」
「わっはっは! ……何だかんだ言いながらも信頼してるのじゃよ、あ奴等を。
魔導砲部隊構え! 神が何じゃ帝国は皇帝陛下こそが崇め奉る存在ぞ! 我が国の主よりも高みに居ると勘違いしている愚か者は何が何でも粛清せい!」
突撃音と覇導砲の轟音は、帝国の戦う者達へも波及して、皆が壁の破壊へ動き出す。
* * *
アステル勢は、ひまわり組、ミュイラス主体で既に動き出していた。あのバカ達がバカですら無くなってしまったことには、自分達に不甲斐なさを感じてしまって。
ラリルレ達も、この場には駆けつけていた。イキョウとソーエンが戦っているなら立ち止まっては居られないとは思って走り続けていた。
――だが、ラリルレは痛む心が抑えられなくて、そして二人と神が戦う姿を見て――地面に膝と両手を付きながら、呆然と大地へ涙を流し続けている。
「わたし、が、呼んじゃった…………二人共、とっても痛いのに、呼んじゃった……」
二人が神域へ姿を現すのは、確定事項だった。それが覆ることはない。だが、そんなコトなど関係なくラリルレは、自分が呼んでしまったから二人が来てしまったのだと思ってしまう。とっても痛い二人の分まで自分が頑張るって思ってたのに、それでも名前を呼んでしまったことが、心に激しく後悔を生み、そして二人が静かに、悲しそうに、とっても寂しそうに戦う姿を見てしまって、何故二人の名前を叫んでしまったのだろうと、後悔の念が頭に渦巻いて気持ち悪ささえ感じてしまう。
シアスタや双子にとって、ラリルレは精神的主柱だ。ずっと、頼ってきた主柱が今回は崩れてしまっていて、だからこそ自分達がこれまでどれだけラリルレに救われ甘えてきたのかを自覚させられる。
もしソーキスが居たのなら、へらへら笑いながらラリルレを励ますことが出来ただろう。もしロロが居たなら頓珍漢な事を言ったり、居るだけでもラリルレの精神的主柱になれただろう。もしイキョウやソーエンが居れば、問答無用でラリルレを元気付けられただろう。もし、パーティの大人勢が居てくれたらラリルレへ核心的な言葉を掛けられただろう。
だが、ラリルレへ甘えていた自分達にはそれ等が何一つ出来ないことをこの戦いで自覚させられ――
「シアスタ!」
――割って入った声に、シアスタはハッと顔を上げる。聞き覚えの有る声、片時も忘れることの無い声、大好きな――
「し……しょう……っ!」
――シアスタの師匠、アザリスタの声だった。
人の間を縫って駆けつけた師匠へ、シアスタは縋るように抱きつく。自らの不甲斐なさやイキョウ達の姿、様々なことがいっぱいいっぱいとなって、抱きついた体は振るえ、師匠の服へ涙をしみこませながら泣いていた。
そのシアスタの姿を、アザリスタは優しく抱き締めながら、自らは安堵の声を漏らしながら慰める。
「やっと合流できた……生きてて良かった……っ!」
「師匠……助けてください……っ……! ラリルレさんが――ラリルレさんが!」
シアスタの悲痛な声を受けたアザリスタは、安堵に呑まれてしまいそうになる心を律してラリルレへと顔を向ける。深い失意と悲しみに心を蝕まれている、小さな女の子の姿を、眼に映す。
しかし、アザリスタだからこそ分かってしまう事がある。大切な二人を失った経験がある彼女だからこそ、あの絶望はちょっとやそっとの何かで払拭できない事も、すぐには立ち上がれないことも。――ラリルレは、もはや戦える状態ではないことも。
寧ろ、小さな女の子がここまで戦ってこれたことは賞賛に値することではある。だが、小さな小さな細い肩では、背負っている悲しみがあまりにも大きすぎる。
「……ラリルレちゃん、双子ちゃんも」
だからせめて、大人である誰かが、その荷の重さを軽くしてあげなければ成らない。
――シアスタと共に、アザリスタに抱かれた双子も声を上げて泣き……ラリルレは、自失した面持ちでただ、抱き締められていた。その空虚さもアザリスタは分かってしまうから、戦うことを止めて、子供達を母親のように優しく抱き締め続けるのであった。
* * *
千切れてはくっつき、切られては収束し、引き裂かれては引き合う影は、神の眼前で急に停止をしながら空を見上げる。
「なき、ごえ、が、きこえ、る」
「――もう、今のお前には聞こえるだけだ」
停止した影ごと、ソーエンは影の背後から神を撃ちぬき、神は物ともせずに停止した影へ律を制定しようとした。その神からの攻撃を、呆然と停止していた影は自動反射のように体を変形させて避ける。
「やはり混沌の力を使うしかないか――孤絶葬縁」
「――無虚空異境」
『させぬぞォ!』
律の光は破壊され、混沌の力は遮られ――。
* * *
区切られた領域内での激闘が、光りと混沌がぶつかり合う中、チクマ達もまた壁を破壊しようと動いていた。
「とーってもかたぁい。刃が全然とーらなーい」
「戦いの中で用いられていた壁ではない、世界を隔絶する次元の障壁である。よほど神も、阿呆共を始末したいようだ」
「ナトナトなに余裕ぶっこいてるんスか! 壊すの手伝って! クマクマちゃんも!」
ナナ、ヤイナを始めとし、カフスやセイメアも壁を壊そうとしている――が、何よりもこの状況を理解してるであろう二人は傍観するように壁を前にして立っているだけだった。
「――ルナトリ」
「ああ。干渉できる程度には回収と準備を終えておる」
魔法を放ち続けるヤイナには、二人の交わしている言葉の意味が分からない。だが、横眼に写る光景に――その手が止まってしまった。
ルナトリック達はただ、神へ攻撃し消耗させていたのか。否。
ルナトリックは右手を上げている……上げた右手に……光りが宿り始める。その光り、は、この戦場で何度も見た、何度も何度も見た、類の、ものだ。
「ナトナト……それ……っ」
ヤイナの言葉に、ルナトリックやチクマからの返答は無い。しかし、確実に、その光りは――神と同種の輝きだ。
人の身に、混沌と神の力。到底、ただで済むような生易しい力ではなく、正しく人の身には過ぎたる力だ。ルナトリックだから扱えているとて、ルナトリックでもただで済む訳が無い。
ヤイナには、そして見てしまったセイメアには、混沌や神の力とは分からないまでも、ざわざわする力と神と同じ光りをその身に宿したルナトリックが、無理をしていることなど理解せずとも語らずとも分かってしまう。例えルナトリックが、平然と立っているように見えていたとしても。
イキョウやソーエンのように、ルナトリックもまた自分の肉体を壊してでも宿した願いに身を窶している。反って、あのバカで直感的な二人よりも理論的に体を壊していることを理解している彼の方が、痛々しさと悲壮を感じてしまう。
踏み入ってはならない禁則地へズカズカ入り込んでからそこを禁則地と知ってそれでも気にせずテキトー歩き続けられる二人。禁則地であることやその理由を知っても尚踏み入って降りかかる厄災に身を晒してでも奥地へ進むルナトリック。覚悟の重みがあるとするならば、それは後者であろう。
「チクマよ、行くぞ」
「――言われなくても、どこまでも」
ヤイナやセイメアがルナトリックを止めるよりも前に、彼は壁へ手をかざし――神が隔絶した領域の壁を、同種の力の行使によって破壊した。




