18.
人類の進軍よりも、騎士と影が火花を散らせるよりも前に、件の二人は神の御前に君臨していた――否、神もまた、件の二人を目掛けて急速に飛び、互いに衝突をしていた。
『何故だ、何故だァ……何故だ! 何故貴様等如きがまだ生きている!』
「足りない全知全能の頭で考えろ」
神は怒号にも似た声を上げながら無数の光弾を撃ち放し、それをソーエンの銃弾が全て破壊し穿つ。
光弾と銃弾の雨が弾けて星々よりも無数に輝きを放つ中、その間を抜けて移動する存在が在る。狩人型のシルエットは、もはや駆けると表現できる移動ではなく宙を流動する影となって神の眼前にズルリと躍り出た。
「<無、頼――切――>」
『消えうせろ空の器がァ!』
赤黒い無数の線が放たれると同時に、神は光の筋を重ねて生み出し対消滅させた。
その光りは影の体をも切り刻む――が、細切れになった影は収束し、元の形へと戻る。その様は、どこか神と似ているようで。
『器すら失ったのか、ならばお前はもはや何者でもない! 邪魔をするな意思も無い外側の無が! 元の無へと還れ!』
神は空から光りの鉄槌を振り下ろし、轟音と振動を持って影ごと地面を叩き潰す――が。鉄槌の下から影が液体のように這い出てきて人の形をとる。
「ま、も、るんだ……まも。る。んだ……」
影は蠢く。言葉の意味も分からず、うわ言のように空虚な声を繰り返し出して。そして、引いた神へと、虚ろな足取りで再接近を始める。
その姿を見て神は“鬱陶しい”と感じる。
神は、世界の内側にある万象の創造主だ。マンガ家がキャラクターを生み出し、世界観を生み出し、匙加減でどうとでもできるように、それこそ気分一つでキャラの生き死にや行動を操れるように、万物を司っている。その逆も然りで、二次元が創造主である作者に干渉することはできないように、凡百の生物達は神へ干渉することは出来ない。加えて、二次元の世界を造り出せる三次元の存在が、同じ三次元の存在を造り出せないように、神は神を創れない。
だが、目の前の存在や混沌はまた別の存在だ。次元の枠外から現れた存在であり、互いに干渉し合うことはあっても思い通りに操ることも、気分一つで消し去ることもできない。それが、神にとってわずらわしい。生者共は気分一つで何時でも消せるからこそ、優位的な立場から愉悦して眺める事が出来る。だが、目の前の何をしでかすか分かったものではない奴等が野望を前に邪魔してくることが本当に鬱陶しい。
それでも手立てが無い訳ではない。世界とは、法則とは、内側の万物とは、元は神が無の中で生み出したモノだ。それ等全ては、神が齎した“律”という力が根源にある。“律”とは全ての定め、法則、決まり、基底の基準だ。この律を打ち込めば、無に対してであろうと法則が創れる。死という概念が無い無でさえ、死を定められる。
何故目の前の二人は、以前に打ち込んだ律に従ってないのかは分からない。が、少なくとも影響が無いわけではない事は、噴水前の惨劇で確認してある。
故に神は律を形にした光の杭をその手に生み出し、まずは目の前で向かってくる流動の影へと打ち込もうとする――――しかし。放たれた援護射撃で、律は壊された。それはまるで、何よりも優先して脅威を排除するような手早いものであり――
『――』
――もし神に、表情があるならば愉悦の笑みを浮かべていたことだろう。
ソーエンの行動で、この“律”という力を警戒していることは分かった。つまりそれは、この力へ強い警戒と脅威を向けている証拠となる。
神の推測は間違っていなかった。だが、思っていた以上に相手はこの力を警戒していた。であれば邪魔者共を排除するために振るう力は、コレを使えば良いだけだ。
『次こそは確実な死をくれてやろう――確実に、二度と間違うことのないように。まずは、お前等が持つ“復活の力”を削ぐとしようではないか』
神にとって――例えば、ラリルレやナナ、ヤイナは復活の力を持っていようが脅威ではない。復活の力を行使させないまま殺すことが可能だ、自らが生み出した万象の範囲内に居る者達故に。ルナトリックやチクマは、態々奪うまでも無い。あの者達は魂が混沌に蝕まれ始めている。その行く末は魂の破壊と消失であり、復活する為に必要な存在の根源すら失うということだ。
だが、目の前の二人は違う。影の奴には残存しているその力が、銃を撃ってくる奴には万全に備わっているその力が、確実な死への妨げとならないよう消さなければならない。
新しく法則を生み出す律ならば、律は在り続けなければならない。だが、有るモノを消し去るだけならば、消し去った瞬間に律は成されて役目を終え、消える。
特に、目の前の不確定要素達が持つ、“ゲームの力”は不確定の中で唯一確定されている要素だ。他から――世界の内側に居る者から与えられた確定的な要素だ。ならば、目の前の不確定要素共が持つ確定要素から、一つ一つ確実に消していけば良い。
神は、最初からこうしておけば良かった、先に打った手は愚作であったと、内省しながらも邪魔者を消し去る手立てへ足を速めるように動き出す。
大きく空へと飛び上がり、接近していた二人を見下ろしながら――
『<消滅のり――』
二人の座標へ律を生み出し制定しようとした瞬間――遠くから放たれた魔法により神の体は宙へ投げ出された。
瞳の無い神は、目を向けずとも何が起こったか見えている。ただ、見えていたのに見えていなかったのは、見下ろしていた二人へ夢中になっていたからだ。
『ルナトリックめが邪魔をしおって……ッ!』
神の眼下、白の大地では神を追ってルナトリック、チクマ、そしてナナやカフス、ヤイナ、セイメアが走りそれぞれ接近を始めていた。そして行動を阻害したのは、死に損いの片割れ、ルナトリックの魔法だった。
先程までであれば抗う姿に漠然とした愛おしさを向けていた神であったが、目の前の邪魔者共を排除する邪魔をされれば、怒りのような感情が沸いてくる。
しかし、それが隙となって――宙を蹴るソーエンと、流動体で浮かび上がる影の接近を許してしまった。
「<ら、い、切り>」
「ケイオスラストリゾート」
至近距離で放たれた濁流する混沌の砲撃と、体を切り刻む無数の残撃。
一方は神の体を大きく抉り、一方は全身を切り刻む。
だが、その攻撃へ応戦するように、損害を受けた神はどの部位よりも早く両腕を形成させて二人の体へ掌を突き立てる。
『<消滅の律>――!』
力の発動と共に、二人の体は光りに包まれ、その光りが甲高い音を立てて割れる。まるで、何かが壊れたかのように。
ソーエンはフードの奥にある眼をチラリと動かし何かを確認した。何をされたのかが分からずとも、実感があったのだろう。
そして、神もその視界でソーエンの視線を見て確信する。復活の力が失われたことを視覚的に確認したことを。
生物にとって死は何にも勝る根源的な恐怖だ。だからこそ復活する力は心理的な余裕を生んでいたことだろう、ならば失われ死に近づいたことを実感したならば、心に恐怖が生まれ、その恐怖は隙を作ることとなるだろう。
『次は、偽りの力を削いで――ッ!』
体を再構成させた神は、次なる手も言葉も放つ前に、躊躇の無い二人から同時に蹴りを入れられ地面に叩きつけられる。
地に落ちた神は叩きつけられると同時に、上空から振って追撃を仕掛けようとする二人の姿を見て、即座にバリアを展開し攻撃を防いだ。
『鬱陶しい……』
地面に寝そべったままの神は、吐き捨てるように言葉を呟く。思い通りにならない。あまつさえ想像していたことにすら従わずひたすらに邪魔ばかりしてくるのが、心底鬱陶しい。
更に、二人の混沌を受けた肉体は、痛みこそ生まれないが不快感が走って鬱陶しい。その、二人の混沌が神という存在すらも蝕んでくる故に態々体内の混沌を消滅させる為力を行使する羽目になるのも鬱陶しい。バリアの上から攻撃を繰り返してきて、騒がしい音を立てているのが鬱陶しい。だが巡り巡れば、やはりあの二人の存在自体が鬱陶しい。
『邪魔だァ――!』
鬱陶しさは腹立たしさとなり、そして荒々しい力となって光の放出を生み出し二人を大きく吹き飛ばした。
怒りを力と成して放出したとて、底にある怒りが消えることは無い。そして二人がまた向かっているのがその怒りへ更に火をくべる。
だというのに、邪魔者達を早く消したいというのに、後方からはルナトリック達が、前方からは生者共が、集い始めて邪魔者を消す為の邪魔になる要素が増えていくことにも、愛おしさよりも腹立たしさを覚えてしまう。
生者を愛おしんでいたことも、目前にある願いも、どちらも邪魔をされた。抱いていた歓喜や愉悦が、あの二人のせいで怒りへ塗り変わって行く。それが、やはり、腹立たしい。
前門と後門で、神の包囲網は完成されつつある。だがしかし、そんな有象無象共などへ神は眼を向けては居ない。依然見続けて、睨み続けているのは、あの二人だけだった。
『■の……邪魔を――するなァ!』
「ならばさっさと死ね。
イキョウ、ただの攻撃では時間が掛かる。一気に決めるぞ」
「――」
集う包囲網よりも、誰よりも早く神に接近する二人。ソーエンの言葉に影は何も返さず、しかし接近を止め距離を空けたまま――――片腕をダラリと軽く上げて――――。
その行為は、人々には何をしようとしているのかが分からない。神すらも、次に起こることが想像できない。だが確実に、神は何もさせないよう、切っても穿っても意味を成すか分からない影の体を破壊し一時的に行動を阻害しようとする。
光弾の雨を、斬撃の現象を、放――つ。
「――無虚空異境」
影の体から、黒い何かが滲出すると、ソレらは爆発的に広がって辺り一帯を呑み込んだ。
半球状の黒は、しかし内部は暗闇にあらず。暗闇に見えるというのに、傍からは影の姿も、ソーエンの姿も、神の姿も、変わることなく視認できる。
「前に総魔の森でやろうとしてたやつ――! ナトナト! あれ、ザワザワするの、なんスか! 絶対に使って良い力じゃないっスよね!」
「……阿呆が染め上げた混沌――その本質の一端である」
不可解な光景、見ているだけで心がざわつく光景へ、人々が大声やどよめきを向ける中――
『何だこれは……お前、何をし――』
――神をもが声を向ける中――突然、闇の中におぞましい獣のような牙が現れ、神の右腕を呑み込んだ。“食べて体内へ落とした”というよりは、“喰われて消滅した”。
その事実に気付いた神は、すぐさま右腕を再構成させ、距離を取る為に転移をしようとした、が。
「『――動くな』」
『ッ!?』
静かな声で、動きが強制的に止められる。まるで、従うことが絶対とされてしまったかのように。
指の先すらも動かせない中、神はこの現象を起こした張本人たちを、その眼で見る。
ただ佇み、ダラリと上げた片腕を向けている影と、体にオーラのような紅黒い混沌を纏っているフードの男を。
「――」
影は何もしていない。だが、この産み出された黒の空間の内側から、黒い槍やナイフ、牙、揺らぎの波紋がぶつかり合って起きる連鎖爆発、泥のように滴った何かが体に落ちて始まる侵食――あらゆる攻撃が、神の体を蝕んで行く。体をいくら再構成させたところで、全身が消えても再構成させたところで、次から次へと体が蝕まれて消滅していく。
『これ、は……まさか……!』
まるで存在を削ぎ落とされているような、初めての感覚ではある。だが、だからこそ分かる。
『無か――この領域は――無の世界かお前! お前如きが世界を生み出したとでもいうのか!』
「まも、る。みんな、を……」
言葉が、答えにならない。会話にならない。回答が得られない。だが、回答が得られずとも神は己の言葉に間違いは無いと理解している。
ならばこの世界から脱して外側にある己の世界へ逃げれば良いだけなのだが――
「『自害しろ』」
――強制的な行動で動きを阻害している男が居るため、逃れることが出来ない。
神に死はなく、自害という行為をすることは出来ない。だが、命令の本質は『死』ではなく『消えろ』だ。そして、有るものは消滅させることが出来る力を、神は有している。
『おの、れ……!』
神の右手には、自らを消滅させる為の律が産み出された。だが、その杭を付きたてたからといって神の存在が消えるわけではない。神は世界から望まれて生まれた存在だからこそ、消滅したところですぐにまた消える直前の状態へと戻される。神は自らの手で消える手段は持ち合わせていない、神を真に殺せるのは、混沌の力か、神と同等の力を持つ別な存在だけなのだ。
しかし、消えないとて、絶対である神が気に入らない奴から命令され、従わされて自害を繰り返させられる。不愉快な奴から鬱陶しい蝕みを受けて力が削がれて行く。そんな奴等からそんなことをされ、不快な気分を嫌と言うほど味わわされ、振舞われ続けるなど、耐え難い屈辱的な行為だ。
『忌々しいいまいましいいまいまシイ忌々しいイマイママシイ忌々シイ!』
募る怒りはソーエンの強制を強引に振りほどき、全身からけたたましさを感じてしまうほどの激しい光を上げて無の世界を正しき世界に塗り替える。
眩い光りに周囲の者達は顔を覆い、覆った手や腕さえ貫通する眩しさが止んだところで光景を瞳に映せば――白色の炎に包まれた例の二人と、まるで消耗しているように方膝に手を置いて何も無い顔貌を二人へ向ける神の姿が映った。
「チャンス、か……? 魔法部隊! 射撃開始!」
神を打ち倒す為に募った者達では、これを好機と見る者達がいた。
各国の部隊や、遠距離攻撃を行える者達は次々に魔法や弓、中には手持ち式の大砲を神へと撃ち放す。
だが、その全てが神の体を通り抜けて、無意味と化す。それどころか、余計な手出しをしたことによって――
『邪魔をするな』
――手出しした者達の下へ、宙を走った亀裂が襲い掛かった。そしてその亀裂に触れた者達は例外なく――
「へ……?」
「何、何なのよこれ!!」
体に亀裂が入り、走る光のヒビに驚愕と恐ろしさを感じたまま、砕け、割れ、散っていく。
短時間、神の一行動で、十万人ほどの人間達が簡単に死んだ。それだけでも次元の違う脅威度と恐ろしさを痛感させられてしまうが、更に攻撃が意味を成さないことがそれらに拍車をかけ、そして焦りを生んでしまう。
人々は見ていた、ルナトリックやチクマ、カフスが神へ攻撃していた光景を。そしてソーエンとイキョウらしき者達も神へダメージを与えている光景を。故に、自分達の攻撃も通るものだと思っていた。そもそも、自分達の持つ武力が通用しないなど思っても見なかった。だが、今なら分かる。身に染みるほど良く分かる。
神は、文字通り次元が違う存在なんだ、と。
だが、だからと言って何もせず傍観し続けることなど出来ない。ここに立っている者達は、この戦いでも心が折れず世界を救う為に立ち続けていた者達だから。
何か手立てを――それを探る前に、一つの声がした。
「イキョウ。もう一度だ」
その声の主は、白い炎を振り払って相方であろう陰の存在へ声を掛ける。声を掛けられた影は炎すらも呑み込んで、狩人装束のシルエットへと戻った。
消耗――は、見られない。だが、世界を守るような気高さや熱意、勢いも感じられない。酷く静かで、凍てつく冷たさと虚しさを感じてしまう。彼等も何かを守ろうとしている事は確かなのだが、淡々と、作業感すら感じてしまうほどに、勇猛さや勢いや、それこそ万人が希望を向ける勇者のような救世主たる存在だとは思えない。
『鬱陶しい……』
対して神にも、顕著な消耗は見られない。呼吸をしない神にとって、息切れや疲労など起こる訳も無いが、しかし微かに、脳内へ響くような声が弱まっているような気はする。
しかし、神がどのような状態であれど手出しをすることが出来ない群衆は、何か策を講じる他無い。
その群集の眼前では、再度影が腕をダラリと垂らし、ソーエンがオーラを纏い始めるが、神は天から光の線を二人へ降り注がせて行動を阻害した。
瞬間、神の背後からはルナトリックとチクマ、そしてナナが攻撃を仕掛け、カフスが上空から結晶の槍を降り注がせる。
『控えろ、愛しき者共。先ずはアレ等を排除してからだ』
その攻撃は神の体へ届き、結晶の礫が砕けて粒子として舞う中で……。神は変わらず君臨したまま、他には眼を向けずに言葉だけを放つ。
「――待ってなんか居られないよ!」
「くふふ、刃の通りが良くなったかーもね」
次なる攻撃を仕掛けようとしたところで、神は羽虫を遮るような無関心さで周囲に半透明の壁を張り、二人と己だけが存在する領域を作り出した。
『さて、排除の続きを――』
言葉が終わる前に、両者はぶつかり合う。
激しい攻防の応酬は、神と二人が対等に戦っている様に見え、その光景はやはり人々の希望とはなりうる。通用しない者と通用する者では雲泥の差があり、救世主までとは見られなくとも流石に強き者達として周りの者達の目には映っていた。




