17.
『――――アイツ等生きていたのかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
怒号のような――否、確かな怒号が戦場に響き渡る。
ひたすらに平坦な態度であった神が露骨な感情を露にし、瞳の無い頭部は憎らしげに現れた二人を睨み続けていた。
「あら、貴方にもちゃーんと感情あったのね。私達には興味薄々だったくーせ……にッ!?」
露骨な怒りを見せている神は、ナナの言葉への返答を荒い攻撃で返し大きく吹き飛ばす。
『邪魔な存在だ、要らない存在だ、新たな神に一片たりとも混ぜはせん! 何故生きている、死を律と成して与えたというのに――!』
怒り狂う神はもはや周囲など気にしていない。相対している敵など目もくれず、あの二人だけに視線で怒りをぶつけていた。全知全能だというのに、疑問をもぶつけて。
だが、対して、対照的な者が居る。
「ッフハハハハ! 流石は馬鹿共だ! 座標を固定しようと世界に縛り付けようと――我輩が万の策を立てようともあの阿呆共の二には適わんな!」
「あの二人に出し抜かれるの大好きだからって笑ってる場合じゃないよルナトリ! 想定外の事態なんだよ、イキョウくんとソーエンくん、このままだと、死んじゃうよ!」
「想定外が想定内である。我輩とて、人並みの幸せな人生を送って欲しいのだ。イキョウとソーエンには末永くな。……我輩も老いたか、来ることを望んでいないならば冷淡に排除をすべきだというのに、最期まであ奴等の『らしさ』を目にすると思わず嬉しさを抱いてしまうのである」
「二百歳超えてるんだから老いてる自覚くらいしててよ……。……ルナトリがそこまで気に入ってるのは分かるけど、僕だってあの二人が大好きだよ。
想定外の想定内である場合の策を頂戴。あの二人が出し抜かないような、完璧な策を」
二人は神を警戒しつつ、離れた位置からチャットにて言葉を交わす。
現れた二人を視る者が居た。異端な者達へ希望の兆し、日差し、光芒を視つめて呆けるような、盲目の瞳を向ける者が居た。
「おお……アレじゃ……。アレが、ウチの視た未来……。あ奴等、イキョウは邪神化しておったのか――ソーエンは後釜の君臨者になっておったのか――。収束しておる――虚ろの存在であるイキョウは自壊し、友を失ったソーエンは神域に未来永劫座す神の代わり……揺れぬ天秤の歯車となる――。……あ奴等、人じゃったのじゃぞ……?
迷うな! カフスを救う為ならば全てを犠牲にすると誓ったであろう! 良いのじゃ、これで良いのじゃ! ウチが見た未来に到達出来るなら、収束するなら、それで良い!」
視た未来に収束することに歓喜を覚えるダッキュは、同時に嘆きを覚えて言葉を吐く。だが、自分が最も優先すべきことを履き違えない為に、叱咤の声を上げて自らを諌めるしか無い。ダッキュはルナトリックの、チクマの、カフスの策なんか信頼していない。そして知る未来に収束しているなら、神を倒すにはあの二人しか信頼できない。それしか、方法が無かったから。故に、視た未来に収束するなら、予定通りあの二人を犠牲にする。救いたい者を救う為なら、冷淡にあの二人を切り捨てる。
決心めいたダッキュの表情は、ダキュースの顔のようで、ダッキュの子供らしさはどこにも乗っていなかった。
* * *
オルセプス 対 キングレイス
銀の騎士と、金の霊王が対峙し、帝国軍の者達に囲まれながら両者は退治している。
「モ、モンスターだぞ、アレ……み、味方……なんだよな……?」
「モンスターだってよ、自分達の世界、壊されたくないだろうし……よ……。天使に敵対くらいするだろ……」
金と銀の対立を見る帝国軍は、銀の騎士には怖気ることはない。見知らぬ敵であり、ただ倒すべき者であるから。
しかし、金の王には怖気づく。キングレイスの脅威を知っており、レイス系統の最上位モンスターであり、畏怖すべき強力な存在と資料や図鑑または情報で良く知っており、だが知らない黒いオーラを纏い、そしてモンスターだというのに味方に付いているから。
緊迫する視線が集う先では、銀と金が言葉を交わす。
「鎧を着込んだ王が、剣と盾を携えた騎士に適うと思っているのか? 混沌を得たくらいで図に乗るなよ騎士以下の王が」
「ハッ――ハッ――ハッ――。王が携えるのは――武具に在らず――軍勢が――王の剣であり盾だ――。行軍せよ <死した怨軍>」
キングレイスの号令で現れた軍勢は、死霊系モンスターの軍勢。ただ敵を倒す為だけの軍勢は、敵を殺す為に存在している。故に、オルセプスが鏡で写し鏡像を映し出そうとも――敵であるオルセプスを滅するために召還された軍勢は、敵であるオルセプスを倒すというだけの目的を持ち、その邪魔になる故に鏡像体は自刃をする。生み出された側から消える鏡像は、オルセプスの味方にならない。複雑でそれぞれの願いを持つ人間ならばともかく、一律に一貫した目的を持つ死霊の軍勢は全て、オルセプスを滅することだけを願いとして動いている。
混沌を有する王の軍勢は、ただ敵を滅する為だけに行軍を開始した。
ギルガゴーレ 対 デスロードリッチ
「ギガガ、テキ、ハイジョ <ゴーレガーディアン>」
「カラララララ! 土くれの兵がおるぞ土葬の時間じゃ!」
現れたゴーレムの兵隊に、リッチはスケルトン共を召還する。
禍々しい混沌の文様を骨に浮かばせるスケルトン共は次々とゴーレムの兵隊に喰らい付き、そして――。
「棺桶くらいはくれてやろう。尤も、葬られるのは土くれの方じゃがな」
取り付いたスケルトンは骨が肥大化、変形し、ゴーレムを突き刺しては覆いこんで地表に生える骨の棺桶を作り出す。
「ガララララララ! 死を蝕む土くれにしては良い棺であろう! 此度は貴様等が葬られる側に回れぃ――デカイ土くれ。貴様、見下ろし続けて不愉快だ」
「ハイジョ――混沌、存在シテハナラナイ」
デスロードリッチは骨の手で乾いた指鳴らしを行い、自らの身に骨を集わせる。
集う骨は折り重なり、連なり、個となり、果てはギルガゴーレの巨体を追い越すほどの図体を得て、骨集う巨大なスケルトンの集合体を生み出した。
「ガラララララ! 我々死者が混沌の滅びを迎える前に貴様等天使を滅ぼしてくれる!」
巨大な土くれよりも巨大な骸骨。怪獣同士の争いは大規模な神域を戦場として開始される。
フォルカトル 対 デュラハン
「虚しきことよ、イキョウ、ソーエン|心躍った者達が滅び行く様を見るのは」
「――」
「騎乗の首無し騎士よ|名を――」
大量のフォルカトルが囲う中、完全体の個体と首無し騎士は相対していた。
しかし、フォルカトルが言葉を言い終わる前にデュラハンは大量の霊腕――黒い文様が浮かぶ――を召還し周囲全てのフォルカトルに指を向ける。
「<宣告の死指>」
即死の魔法を、一切の躊躇無く向けられたのは完全体も同様。
戦場に慈悲など無い。それを体現する如く突きつけられた死は完全体未満のフォルカトルを問答無用で殺して行く。その光景を完全体のフォルカトルは静かに見ていた。
無感情に眼を向けていたのではない――。刹那、フォルカトルの体はブレ、直後に甲高い金属音が辺りに響き渡る。音がなるよりも早く、両者はすでに交差していた。
「二対二|良き切り結びを何卒お頼み申す」
馬上の騎士と二体一対の武士は互いを殺すに値する敵と見定め静かに視線を交わす。
* * *
人類対天使の戦況は一変した。たった二人が現れ、配下とも思える四対のモンスターを召還したことによって人類側の優勢に傾き始めている。
ガランドウルはロロが異空間へと連れ去り、マリルフォールは内側へ蠢くだけ、ユーステラテスは何故か復活をせず、ギルガゴーレは巨大な骨とぶつかり合い、オルセプスは死霊の軍勢と個対軍の戦いを繰り広げ、フォルカトルは首無しの騎士と斬撃をぶつけ合っている。
現れた者達によって覆された戦場に呆けた目を向ける者が多数居る。人類側の総力を挙げて戦っていた戦場が、こうも簡単に覆されて良いものなのだろうかと、優勢の現実を疑ってしまう者さえ居る。
だが、そんな中でもこの機を好機と見定め動ける者達が居る事は確かだ。此度の元凶、全ての元凶は神、狙うは神。ならば、天使をモンスター達が引き付けている現状で最も有効な行動は神を滅するために動くこと。
幸い、ギルガゴーレ、オルセプス、フォルカトルは人へは目もくれず相対しているモンスター達に夢中となっている。であれば、当初からの目的としていた神の排除へと動くのは今が最も好機。
各勢力は例外なく全て、神へと向かおうと前線を上げて行く。敵、世界の崩壊を齎す元凶、それを排除するために。
だが――神を目指す足取りの前に立ちはだかる者が居る。ただ、神を遠く背に、佇む騎士。漆黒の鎧を携え、両肩にはクライブを乗せた空洞の鎧。
数多の人類が集う神域にて、ただ佇むだけで全ての足を止めた。風格が、威圧が、存在が、そこに居るだけで関門と成している。
ダッキュはその風貌を知っている――仲間であるザンエイの親友、王に仕え忠道に尽くした静かな騎士と知っている。
「貴様――! そこをどけ! 旧知の仲とて容赦はせぬぞ!」
(――――君は、私を知っているのか……」
混沌によって歪んだ存在から、声が出る。
漆黒の騎士には碌な記憶が無い、全ておぼろげな記憶しか残っていない。漆黒の騎士――王の墓守は死後、死しても尚死した王に仕えることを望み、愛用していた鎧に取り憑いてアンデッドと化した身だ。自らの名は覚えていない、友達の名が分からない。それでも、そうなってでも、王に仕える意志だけは僅かすら欠けることなく在り続けた、騎士だった。
愛した王の側で、愛した国の傍らで、それを守り続け静かに見ていることが好きな騎士だった。
主に忠義を尽くす騎士は、ならばここで何を全うする。今の主の為ならば、失った記憶など要らない、地に突き刺した剣の柄を握り、ただ言葉を放つのみ。
「崩壊に身を窶す主――その親愛なる友が言った、『邪魔者は排除しろ』と。ここより先に踏み入るならば、貴様等全ては邪魔者となる。有象も無象も、切り捨てられたくば足を動かすと良い」
「「ファック」」
騎士から放たれる城壁のような威圧、クライブが構えるハサミの穿孔感。それが全てを竦ませる。
絶対的な存在である神を前に『足手纏い』など、人類側は理解している。だがそれ以上に、何が何でも神殺しを成さねば成らない。個の力が足りていないなら物量で、一の神に数多の物量で攻めることを――例え自分が死んでも――それを成さなければ、世界が終わってしまう。我が身可愛さ、甘え、最善の策、そんなものここには存在していない。一度だけでもしくじれば世界が終わってしまうこの状況に、二の手は無い。
皆が希望を抱いて戦っているのではない、勝たなければならないから勝利を求めているだけだ。その意思で突き進んだ者達は墓守と相対している、だがその意志で立ち上がれず動けない者達は人類の背後に置いて行った。生き残った者達全てが突き進んだのではない、膝をついて戦う意志を失くした者達は皆、人類の背後においていっている。
予定されていた救世主であるイキョウとソーエンがダメであろうと、世界を救おうと、それはこの後に起こる結果であって今は未だ到達していない。不確定となった未来へ無条件な信頼を寄せるほど、世界崩壊を前にした者達は悠長にしていられる暇は無い。
何より――皆が抱える不安はあった、救世する者達の姿は救世に値するほど希望に満ち溢れていないことに。そして何より、二人を知る者達こそ思うことがある。今のあの二人に対して、『イキョウだから』とか『ソーエンだから』とか、『バカなアイツ等ならバカやって、バカなことしでかしてどうにかするだろ』という、漠然としているが確かな信頼感が全く持てない。皆は求めていたのだった、この戦いに現れるあの二人がバカ騒ぎをして勝手に喧嘩して、全部ひっくり返してしまう姿を。二人に向けていたのは輝かしい希望でも、圧倒的な戦闘能力でもない、ただ『お前等ならなぁ!』というだけの漠然とした信頼感だった。
そうで在って欲しかった、そう居続けて欲しかった。だが、現実は違う。強いには強い、助けられたというのは紛れも無い事実、戦況が変わったのも事実。だというのに、今のあの二人に漠然と漫然と絶対的な信頼感が生まれない。アイツ等ならあの神ですら文句言いながらぶん殴ってしまえるだろうとは、絶対に思えない。
ならば一層、信頼感の無い二人なんか任せておけず全軍が進軍を始める。
「忠告はした。寄らば斬――」
「させぬ」
漆黒の鎧が動こうとする狭間に刃を入れるのは、暗殺者の風貌をした、残された一人の影。
両者は刃をぶつけ合い互いに視線を交わす。
「……小太刀――馴染みのある感触――」
「墓守殿。ここまで至りようやく理解した。ザンエイ様の親愛なる友、トリステル殿だな」
言葉は互いの刃の交わる中で火花と共に交わされる。
「漆黒の影殿――そなたは――?」
「故すら失われた当主、ザンエイ様の技巧と意志を代々受け継ぎ、後世に平和を願い続ける“影だった者達”だ。
貴方様に対し敵として刃を交えてしまうことに嘆きを覚える。が。理解をしていただきたい。皆勝利を掴み取る為にこの場に居るのだ。スノーケア様が戦っている、ルナトリックが、チクマが、ナナが、ヤイナが、セイメアが、戦っている、だったらなんだと言うのだ全てを任せて傍観をしていろと? そのようなこと、出来るはずが無いだろう。
笑えてしまうのだがな……出来るはずが無いと言ったことも、あの二人が普段道理に現れてくれればできたかもしれないのだ、寧ろ全てを巻き込み覆し、いつものように酒盛りでもしながら熱い声援を送れたかもしれぬのだ。だが、叶わぬのだ。
この場に存在する者達全てが、イキョウと同胞を信頼していない。不条理な神を前に理不尽を突きつけて最も覆せるであろうあの二人が、ここには居ない。世界崩壊を前に万全なる信頼を勝ち取れるものなど他ならぬあの者達しかいないというのに……居ないのだ! ならば総力を挙げて足掻き戦うしかないだろう!」
火花を散らし、互いの刃がぶつかり合う。
「理解している、理解る、その意志は。だが――限界なのだ、我が主は。ただ安らかに死ぬことを、安寧を望んでいるはずであったのに、自らが何か分からないほどに崩壊してしまっているのだ。淡い願いも、記憶も、意志も、全て失い、人としての人格すら失い、人の形すら失い、残っているのはたった一つの意思、その意志だけで動いているのだ。
嘗ての騒がしくも静かな主はもう居ない、影の中でも声一つ聞こえない。……失いたくは無いのだ、これ以上。私は暖かな喧騒が賑わうアステルが好きだ、私以上に、人であろうとした主はあの暖かな喧騒が好きだった。だが、もはや、静かな主に喧騒は要らない。ただ、ただ、静かに、眠らせてやってくれ。私以上に何も無くなった彼の――我が主の、邪魔はしないでくれ」
言葉を向けられた絶・漆黒の影は――否、同胞が散り残された一人の彼は、小太刀を振るい刃を鋭く交わしながら言葉を吐く。
「我々は――我は! 認めん! あ奴等に死の静寂など似合うはずもないだろう、生のバカ騒ぎこそ似合いだろう! こちらからすれば邪魔なのは貴様だ!! 世界の命運へ足掻く人類の妨げ、あの二人へ互助をすることを妨げる壁なのだぞ貴様は!」
「……この故も知れぬ懐かしさ……。忘却に去った友は冷徹であったが冷酷ではなく残酷ではなかった……の、だろう。その意志を、君も受け継いでいるのだろう。
……ソーエン殿から仰せつかった言葉も守れてはおらぬ。多くの命を後ろへ流してしまった、残酷な死へと向かわせてしまった」
「トリステル殿も分かっていることだろう。ここで貴方からご慈悲の一刀で殺されようが先でどのように死のうが、我々にとって変わることではない。
今の同胞にとって我々は邪魔者と見られようとも、貴方はまだ我等を命と見てくれている。この命を最期まで、使わせてくれ」
「…………皆の背中と、影殿の背後で絶望に膝を付いている者達は私に任せて欲しい。天使共が生み出した雑兵は私が全て対処しよう」
「感謝する」
漆黒の騎士と残された最後の絶・漆黒の影は互いにすれ違う。
墓守は雑兵を掃討するために、影は神を打ち倒すために。




