16.
天使達の戦場には淡い絶望のような負が蔓延し始めていた。
人類側は戦力が失われ続けている。命が散り、隣人が、友が、戦友が、仲間が、次々と居なくなっていく。
世界の存続に奮起し戦いに身を投じた者達でも膝を付く者達が各勢力に現れ始めた。諦め、武器を手放し、殺されることを良しとし始める者が。
その者達へ諦めていない者達の声は届かない。各国から、世界中から、集まった者達とて、例え猛者とて、諦める者達が出始めた。
ただ、それでも誰一人とて諦めない勢力がある。アステル――王国――帝国――聖国――あの二人と関わったことのある者達ばかりだ。
しかし、諦めていないというだけで、天使達相手に優勢を取れるわけではない。一人、また一人と命を散らせて行くばかり。
ダッキュは望む。
「十二祝福! 神までの道をこじ開けるぞ!」
勝利を。
キアルロッドは、四騎士は、息を荒げながらも望む。
「……二度、天使を殺すのは……きっつかったね……。そしてまぁた復活しやがった……。
おじさんの体限界、置いてって。ニーアも、助太刀は助かったけど、おじさん置いていきなさい」
「あの時とは逆です。私が絶対にお守りいたします」
「守るどころかまだ働いて貰うぜ、キアル。おいらも<灼光>使っちまったんだ、今際の際まで戦い続けるぞ」
「……天使を倒せる力を手にしたというのに、次は神か。……スターフには時間が無い、神を狙うか」
「で、ありますね。ザレイト殿。…………イキョウ殿……ソーエン殿……」
ただ、勝利を。
皇帝ハインツと側近達は望む。
「ダグラス、オルセプスを倒したヤツさ、もう一度やれそう?」
「がはは……無理ですわ……。内臓ズタズタになっちまって呼吸するので精一杯ってもんですよ」
「こほ……ハインツ、大分焦ってるようだな」
「手汗が滲んでおりますわい」
「勿論。私の権威や栄誉とか、どうでも良くなっちゃっててね。際限なく蘇るのは余りにも無法であんまりにも理不尽すぎて今はただ、世界が存続して欲しいってしか思えない。民達が笑顔で健やかに過ごせる明日を作ることに躍起になって焦りを覚えてる。この際私が死んでも良いから、それ込みで作戦を考える。……あーもー! あのバカ共頼りたくないのに早く来いって思っちゃうの腹立ツゥ!」
ただただ、勝利を。
死と、けたたましい音、叫び声、雄たけび、金属音、破壊音、上げ切れないほどの数々が蔓延る戦場は、人類側が劣勢であり続けている。
命が散っていく、見知った者達が去って行く、消えて行く。
この戦場に立つ者達は救世を行おうとしているが、救世主には足りえない。もし、例え、天使を全て滅することが出来たとて、神に抗う術は一切存在していない。だが、それでも抗い続ける。
抗う者が、そこにも――。
「ラリルレさん! 回復する人は選んでください! 無駄に魔力を使わないで!」
「ほじゅう……!」「おいつかない……!」
「無駄じゃないもん! 命、助けるのに、無駄なんてないもん!」
小さな子達は、騒がしい戦いの中で騒がしい声を上げていた。
アステル勢力は、ラリルレが戦いの要と分かっていて全員が死守するように周囲に陣を敷いている。その陣の中心で、いつも可愛がっていた子達が言い争う姿を背後にしてしまっているのがとても心苦しい。更に、内容が命の取捨選択を迫る内容であることが、残酷で泣いてしまいそうになる。
戦況の維持、戦場の要。それが分からない天使たちではない。ラリルレを狙うように、陣へと攻め入り崩して、要を排除しようと迫り来る。デミが、フォルカトルが、ゴーレムが、アステルの陣へと踏み入り抵抗を許すことなく進軍を行う。
吹き飛ばされて死んだ、体に穴を空けられて死んだ、一刀両断で死んだ。死因など挙げるならつらつらと書き連ねられる程度には、多くの命が簡単に失われていく。
迫る敵は陣の中心へ――要であるラリルレの下へ、命を殺して進軍してくる。止める事が出来ない敵の進行に、誰もが呼吸を引きつらせながらも果敢に挑んで行くが……無意味に死んで行く。
茂みを分け入るように軽々と、人類を分け入ってくる敵たちを止める術はなく――。四大悪魔は復活し続ける完全体のフォルカトルを殺し続けるのが精一杯。残されたにゃんにゃんにゃんのニルドは獣のような形相で荒々しく陣の中心へ跳び込む。また一人失った絶・漆黒の影の二人も馳せ参じ、太陽の恵みとひまわり組もラリルレの防衛へと当たる――が。
アステルの者達、例え二等級、一等級が集えど、迫り来る敵軍を前に陣の崩壊を許してしまい、実力者達の前、そしてラリルレの前に敵軍が姿を現す。
「不味いです……! ラリルレさん、距離を取り――」
「やああああああああああああああああ!」
ラリルレは飛び出す。敵を倒す為ではない、皆を守るために。
小柄な少女が駆け出す姿は、皆の目には無謀な行動にしか見えない。皆、ラリルレが回復能力に長けている事は知っている、しかし、『回復能力に長けている少女』だということしか知らない。
小柄な少女は戦う者達の間をすり抜け、携えた杖をフォルカトルへと振りかぶる。
反射的に防御姿勢を取ったフォルカトルは――曲刀を叩き割られた上から杖で殴られ、その身を宙へと飛ばされた。その場に居る生者達全てが、その光景にあっけに取られて宙を見上げる。
「ラリルレちゃん……!?」
「すっごいわぁ……。あんな小さい体で……」
一等級を始めとした声はラリルレへと向けられる。しかし、当の本人は苦しそうな顔を浮かべ、目には涙を浮かべていた。
「皆下がって! 私が、守る、から!」
涙を噛み千切る声は、心が痛い。少女が、少女は、一人で敵へ立ち向かおうとしている。一人で、たった一人で、大多数の敵を前に皆を守ろうとしている。
――いつもあの子はニコニコしていた。いつもニコニコさせていたイキョウは何処行った、ソーエンは何処行った、ずっと共に居たロロは何処に行った。泣いている子を放っておいて、あの子を笑顔に出来る奴等は何故ここに居ない。いつも、どんなときでも、こういうときは真っ先に声を上げて騒ぐのが、無条件でラリルレの味方をするのが、お前等だっただろう。シアスタも泣いている、リリムもリリスも、泣いている。皆可愛がっていた子達が、泣いている。
他の者達は『今すぐ手助けを』と思うが、介入するほうが邪魔になる。怪我をすればすぐに治すラリルレの側で、怪我をしながら戦うしかない自分達はあの子の邪魔をしてしまう。
ラリルレは戦う。その身一つで、杖を振るって、力任せに敵を吹き飛ばす。彼女に武など備わっていない。戦い方はゲームでのお遊び程度しか知らない、戦闘なんて知らない。ただステータスを武器に体を動かして戦っているだけ。
神官が有している数少ない攻撃魔法では敵を殲滅しきれない、攻撃なんて避けられない、傷ついた側から自らを回復して痛みを我慢して流す血を止めて痛みを我慢して戦うしかない。
(痛い――)
涙が邪魔をして敵が見れない。
(痛い――痛い――)
涙が止まらない。
(痛い、痛い、痛い――)
涙が流れ続けて止まってくれない。
体が痛くて泣いている訳ではない、こんな怪我で泣いている訳ではない。
ラリルレの頬に、線の傷が生まれて血が流れ出る。
「こんなの――痛くない!」
杖を構え、体を光らせ、回復魔法で自らを癒したラリルレが流す涙は、自らの痛みを嘆いている訳ではない。
「キョーちゃんの心は、ソーちゃんの心は、もっと、もっと、痛いもん!」
彼女は叫びと共に杖を薙ぎ、敵を吹き飛ばして足元に光り輝く魔法陣を展開させる。
振る星のように流線を描いた輝きの数々は敵を滅して手勢を減らす、が、すぐさま再度、敵が押し寄せてくる。
来るなら倒す、皆を守る為に。ラリルレは直後にすぐ魔法を発動させようとし――自らの視界に写るUIを認識した。
「魔力が――」
枯渇しないわけがない。ひたすらに回復魔法を使い続け、補充も追いつかないままに支援をしていた彼女の魔力は、寧ろよくここまで持った方だ。
魔力が切れて、ようやく、ようやく、ちょっとだけ、ラリルレはゾっとした。怪我は治せば良かった、怪我を治し続けていれば死ぬことなどなかった。しかし、魔力が切れた今、自分はこのまま戦い続けていれば体力切れを起こして死ぬ。例え復活できたとしても、死んでしまうこと事態がただただ怖い。回復という牙城を失ってしまった今、その恐怖が心の底から滲み出てくる。
しかしそれ以上に、思うことがある。イキョウもソーエンも、こんな恐怖を前にして死ぬことを厭わずに戦い続けていたのだと思うと……心が痛くて痛くて、張り裂けそうになってしまう。
「痛ッ――」
恐怖と心の痛みに意識をとられたラリルレは、デミからの魔法弾をその身に受けてしまう。『きっと、人から殴られたらこんなに痛いんだろう』と、思う。回復魔法を失い、初めて痛みの重みを実感して、その重みが心に響く。だが。
「――くないもん!」
こんな傷が何だ、イキョウもソーエンも、もっともっと酷い傷を何度も負っていたのに、泣き言を一つすら上げている姿を見たことがない。
ラリルレは杖を振るいながら敵を倒す。
フォルカトルが斬りつけてくる。ゴーレムが殴りかかってくる、閃光を飛ばして焼いてくる。デミが魔法弾を飛ばしてくる。
「痛くない――痛くない! こんなの、全然痛くない!」
戦うラリルレの叫び声は、どんな音よりも周囲に響き渡る。その声こそが、皆は痛い。そして理解している、ラリルレが回復魔法を使わないということは、魔力が枯渇した証拠。
あの少女はこのままでは死ぬ。その事を理解できないものなど居ない。だったら、足手纏いになろうとも、自らが死んで彼女が悲しもうとも、それでも生かすこと以外考えられない。
アステル勢力は雄たけびを上げて突貫を始める、冒険者も衛兵も戦える市民も、世界の明日より少女を守るために。
――――散って行く、次々命が散っていく。無残で冷酷に、ただただ命が散っていく。
名を叫ばれて散っていく者、勝利を祈って散っていく者、大切な者の名を呟いて散っていく者――光景が、声が、目に、耳に、入り込む。
傷ついた少女は泣き、涙を流し、叫ぶ。守ると決意した者達が、散っていく。守ろうとしているのに、守ってくれようとして、散っていく。その現実に泣き叫ぶ。
溢れた涙は眼に溜まり、視界を覆って盲目にしてしまう。足元がぐらつき、心が遠のいて、叫ぶ声には猛々などなく悲痛だけが込められていた。
こんなの嫌だ、こんな現実があるなんて嫌だ、守るから、守るから!
「嫌だ……嫌だよ……! やめて! 皆下がって!」
そう叫んだラリルレの襟を誰かが掴んだ、それは、ニルドだった。
彼は力任せにラリルレを後方へと飛ばす。獣のように猛っていた彼は微かに、最期に、ラリルレへと優しい視線を送り、敵陣へと突っ込んで行く。あの目を知っている、ラリルレは知っている。誰かを守るために、死を覚悟している者の目だ。イキョウが、ソーエンが、していた、目だ。
「ニルドちゃん――!」
飛ばされたラリルレが落ちた場所は、シアスタと双子や若い冒険者達、子供が集められている場所、乱戦の中心地点、絶・漆黒の影の二人が必至に後世の者達を守護し続けている場所。
ラリルレはステータス的には強い、この場の誰よりも強い。だが、そんな強さなど関係ない。ここに集められているのは、大人から見れば子供と思われている者達ばかり。皆、皆、そんな者達を守護しようと動いている。そこにラリルレが放り込まれたということは、そういうことだ。ラリルレの強さを目にしても尚、アステルの皆はそう、判断した。
敵勢力が段々と乱戦を支配し領域を広げている中、ラリルレは飛び出そうとする。だがその行動は、絶・漆黒の影の一人が手で遮ったことにより止められてしまう。
「絶影ちゃん! 私戦えるから!」
「ならん!」
止められた、冷静沈着を体現するような集団<絶・漆黒の影>から、大声で。
「――子供は宝だ。そして子供の笑顔は宝の輝きだ。世界の未来を守るというのは、子供を守るも同然。我々は、皆は、未来を失いたくはないのだよ。
同胞よ」
「……ああ」
敵に囲まれる中、絶・漆黒の影はフードの奥から目配せをして意志を交わす。
「さらばだ、残りし同胞よ。未来を守れ」
「了解」
去り行く影は、乱戦へと突貫して自らに刃を突き立てる。
「――巻き込んで済まぬな、皆よ」
「いいっすよ絶影さん、子供達守る為ってんなら」
「俺達じゃ倒せねぇんです、あの黒いのぶちかましちゃってください」
「……あの世で会おう <影呑>」
散っていく、死んで行く。人が、次々死んで行く。
体に傷を負ったラリルレは、その痛みよりも心の痛みが激しく痛む。皆、希望を抱いた表情の裏には絶望を押しとどめて諦めないよう一生懸命になっているようにしか見えない。這い寄る絶望を無理矢理押さえ込んでいる表情が、希望の顔に硬さを生んでしまっている。
戦う大人達が、そうだ。振り向けば、集められた若い子達の顔には絶望が滲み出ている。シアスタ達も、太陽の恵み達も、そうだ。
大人達が抱えている絶望がここにある、子供達が滲み出している絶望がここにある、死が目の前で起こり続けている。
絶望と死の恐怖が蔓延しているこの場で、ラリルレは膝を付いて地面に身を落とす。流し続ける涙は地面へとうに落ちていた。
皆が死んで行く、神官である自分はその死を止められない、レベルがとっても高いのに皆を守れない。無力感が体を襲い、力無い自分の下に敵が迫り来る。味方は劣勢、敵は優勢、敵勢力の足音と共に人々は死んで行く。
誰かが肩を揺すったり声を掛けてくる、命が散る声が聞こえてくる。それすらラリルレの内には響かず、自分の遠退く意識が全てにモヤを掛けて絶望が湧き上がる。
「――ラリ――さん、敵が!」
「てききてる――」「さがって――みんなぎゅーぎゅーに――」
言葉が理解できない。だが、大事にしてる声が無意識に顔を動かせ呆然と戦場を見る。
敵が来てた。迫ってた。死んで行く。皆死んで行く。
涙を流し続けるラリルレの周囲は敵が迫り、そして円状の戦場は次第に内周を狭めて、敵も味方も全員密を形成している。
絶望的な状況には疲労の呼吸と浅い呼吸、緊迫、恐怖、負の息が蔓延り張り詰める。
皆が出来ることは一秒でも長く抗うことだけ、勝利を掴むに至らない、至れない。誰もが頭に過ぎる、ここで終わりかここで死ぬのか負けるのか。
こんな状況、アステルだけではない。他の戦場でも起きていた、無限に復活を繰り返す敵を前に、疲弊した人類が押され天秤が敗北へと傾き始めている。
何処かの国の誰かが願った、誰でも良いから助けてくれ。一人の騎士が願った、皆を守ってくれ。皆が願った、救世の主の到来を。
ラリルレは――願わない。あの二人がここに来てしまうことを、願えない。だから声で叫ばず、心で叫ばず、望めず。ただ皆が死んでいくのを、血と涙を流してみていることしかできない。
「――ちゃん……」
声が漏れる、
「キョー……ちゃん……ソーちゃん……」
死んで行く者達を目にし、心が漏れてしまう。
「キョーちゃん! ソーちゃん! 皆を助けて!」
意志が、漏れてしまう、叫んでしまう。ダメだと分かってる、呼んではいけないと分かっている呼んで来るものでもないと分かっている。しかし声に出さずに居られない、こんな状況、あの絶対的な二人以外に塗り替えられる者は居ない。
皆だって分かっていた、呼んだところで現れるわけがないと。それでもラリルレの言葉が火種となって心にあの二人の姿を思い描く。戦いながら、守りながら、怯えながら、身をより合わせながら、死に際にさえ。
乱戦の音に紛れた大声は、銀河の星空にまでこだまする様に響き渡り――。
――――急に天使達の進行が止まった。全、天使が、敵が、空を見上げ手を止める。
何事だ、何が起こった。唐突に戦闘が停止したことにより人々も手を止め、敵の視線を追って空を見上げる。
そこにはただ延々と広がる銀河の星空が広がるだけ……――――否
――亀裂が、銀河の空に亀裂が走る。
「おいおい……なんだい、アレ……。神様の領域に無理矢理押し入ろうってのかい……」
敵に囲まれていたキアルロッドは、疲弊しきった体を座り込ませながら冷や汗を垂らし天を見上げる。
――大気を揺らすほどの衝撃が走る。
「亀裂――もしやあ奴等、次元を……!?」
目の見えないダッキュですら分かる、神域という空間の空、次元に、ヒビが入り始めていることを。
――轟音が、何度も何度も吠えあがる。
あまねく者の目に写る、天のヒビ。まるで自分達の世界に入れられたヒビをやり返すように走る天のヒビ。
ノイズのような衝撃音が響き渡る、大気を揺るがすほどの衝撃が腹部に響く…………ガラスが砕けたような音が甲高く鳴り響き――。
――――空に空いた大穴から、何かが滴り落ちてきた。黒く、ヘドロのような、液体のような何か。
その“何か”はラリルレの前にビシャリと落ちて地面に黒い水溜りを作り出した。
「なに……これ……?」
ラリルレの呟いた言葉は、皆の総意であった。思っていたモノと、者と違う。何かが降って来た。
直後、その疑問に答える為なのか、一人の男が空から降り落ち、白の大地へと着地する。
待っていた、皆が、望んでいた、者。
黒いフードに紅いマフラー。こっちは知っている、皆が望んでいた者の片割れ、ソーエンだ。どんなときでもコイツ等なら、と思わせてくれる者の片方が現れたことは、皆にとって希望の光りが、一筋心に射したと同義だ。その姿に安心を覚え、歓喜に沸き立ってしまいそうになる。
だが、もう片方は? 片割れは? いつもニコイチの二人が、何故、片方だけ現れた?
渦巻く疑問の答えは出ない。ただ――ソーエンの声で、答えは示された。
「――行くぞ、イキョウ」
開戦の宣告、言葉、一人しかいない男が放った合図のような声。
彼が言葉を放った直後、黒い水溜りが蠢き人の形を作り出す。濁流する流動体のように蠢き作り出したのは、狩人装束に身を包んだ者のシルエット。黒い影が立体となって浮かび上がり、帽子型の影の奥底、頭部にだけは暗い瞳が浮かんでいるだけの存在。人型であって、決して人ではなかった。
何だアレは、一体なんなんだアレは。皆はそう思うことしか出来ない。生物ではない黒い何かが生み出した影が、何なのか全く理解できない。
だというのに、名が、聞いた事のある名が、ソーエンの口から放たれてしまったことは確かな事実だった。
「ぇ……は……? ソーエン、さん……今……なんて……」
シアスタが放つ、現実を見定められないような呟きの声。その声にソーエンは振り向かない。
しかし、天使達敵は、全てが二人を警戒するように目を向け顔を向け体を武器を構えて、人類など二の次、標的は――今滅するべきはあの二人と、全ての注目を集めている。
対して二人――と数えて良いのか分からない存在達は、銃を構え、黒の影をダガーのような形に収束させ、動き出す。
「邪魔だ雑兵共」
「――<無、頼――切り>」
――静かな声。たった二人のたった二つの声が発せられた直後――戦場には無数の弾丸が降り注ぎ、光景全てに赤黒い線が走り、次々と撃ち砕き、切り殺して行く。
あれほどまでに人類が拱いていた敵達は、たった二人の些細な力で簡単に葬り去る。この行動だけで敵の半数が消え去った。ずっと戦い続けていた者達よりも、この二人だけで倒した敵の数が圧倒的に上回った。
たった二人で戦況をひっくり返す、ひっくり返せる存在。まさしく無双、だが、並び立つ者達だからこその有双。しかし勇壮なる行いの背中に映るのはただただ悲壮だけだ。
敗北へ傾いていた戦場は今、人類側へと大きく傾いた。そのことに沸き立つ者もいる、あっさりと敵が散った様を見てあっけに取られている者も居る、二人の強さに圧倒され呆然に意識を奪われている者も居る。
笑えるほどのおかしい強さ。圧倒的な敵を上回る圧倒的な笑えるほどのおかしい存在達。それでも普段ならば、アステルの者達は『まぁ、コイツ等だしなぁ……』と思ってしまうが、今は思えない。
「同、胞……」
「あのあの、そ、その……人、黒い影の……」
「君はソレを、何て、呼んだんだい……?」
おかしいではないか。その影が呼ばれた名は、人の名のはずだっただろう。
望んだ者達は現れた、全てを覆せる者達が現れた。しかし、思い描いていた姿と違う。こんな、こんな姿の者ではなく、こんな静かな者達ではなかった。
「――ックハハハハハ! 現れたか! 生者以下の虫けら共が!」
皆の疑問に答えは無い。疑問の意思を遮って現れたのは、天使ユーステラテス。フクロウのような仮面をつけた、全て人の手で形取られている天使。その存在は上空から君臨するように二人の下へと参上する。
「この我自ら、貴様等を滅っし――」
ソーエンは周囲を圧するような闇を出現させながら飛び上がり、頭部を掴んで地面に叩きつける。
イキョウが無数の線を中空に走らせ、体を切り刻む。
露出した核はイキョウの混沌によって蝕まれ、纏わり付く闇が虫食いのように呑んで消えていった。
「邪魔だといっただろう、雑兵が」
天使一体を倒す為に各勢力が苦労を重ねてようやくからがらに倒した敵が、たったの五秒であっさりと滅んだ。
異常だ、強さが。こんなことありえて良いはずが無い。
敵も味方も、双方同じ考えを抱く。何より危機を、そして混沌を察知した天使達が、何よりも優先して二人を殺そうと、高速で接近を始めていた。
「デスロードリッチ、デュラハン、キングレイス、王の墓守」
ソーエンの呼びかけは何の存在を呼んだのか。ソレ達は、イキョウの影から這い出てきて姿を現す。
四体のモンスター達がイキョウの背後に控え、主に忠誠を誓った家臣の如く、そして勇猛なる騎士の如く、怨敵を迎え撃つ為に戦闘の意思を示していた。例外なく四体とも、イキョウと近しい禍々しくも虚ろな闇を纏って控えている。
それはまるで、魔王に付き従う四天王のように。
「雑兵共の相手はお前等がやれ」
「御意に」
デスロードリッチの短い返事と共に、四体は風の如き散開をしてこの場から消え去った。
それに続いて二人も、皆に何も言わず跳び、神を目掛けて去って行く。
果たして――
「お、おい、なんだよ、あれ、あんな二人が救世主だってのか……?」
「勇者様ってより、御伽噺の魔王じゃねぇかよ……!」
――皆が望んだ救世主は、皆が望んだとおりの輝かしい存在達だったのだろうか。




