15.
ユーステラテス、ギルガゴーレ、オルセプス、フォルカトル。四体の天使が倒された事実は、全ての勢力に伝播する。
一の事実として、どのような勢力でも設けている観測隊が他の戦況を見て、見たままの事実を皆に伝えた。
二の事実として、天使達が生み出す雑兵の内、最も数が多かったゴーレムとフォルカトル初期形態が全て消え去った。
三の事実として、天使を倒された光景を見た者達の歓喜の声が、何よりも早く全体に響き渡った。大歓声が、神域を震わせるか如く鳴り響いている。
――――では、この場において全てを見ている神も、この現状をよく理解している。
『ほぉ……』
神は、ルナトリックやチクマ、カフスにバラバラにされた体の内、頭部を宙に漂わせながら、瞳が無いというのに方向は戦場へと向けていた。
次の瞬間には形だけの肉体が収束し、元の姿形へと再構成される。
『あちらもこちらも、なんと感動的な……あぁ、愛おしい……。これほどまでに愛おしい造物達が第二の神を生み出すのだ……』
「――神よ、貴様は何を望んでいる。何故そこまで自分と並び立つ存在にこだわる」
『さぁ、な――』
全知全能の神は問答の最中に頭部を飛ばされる、ルナトリックの魔法によって。
だが、それによって言葉が中断されたわけではない。今の返答こそが、神の言葉の全てであった。本当に、問いの答えは『さぁな』に全て含まれている。
『無意味な幕間に興じるのは生物の特権だ。
愛おしい造物達には、最期まで特権を行使する暇を与えよう』
神は天に手をかざす。何か、何かの力を行使し、権能を持って事象を生み出した。
その事象はルナトリック達の下で発生した訳ではない。背後、戦いの熱が未だに残っている人間達の上空で、光りを有しながら発生した。
* * *
「ハァ――ハァ――クソッ、が……ッ!」
キアルロッドは荒い息を吐きながら膝を突き、しかし睨みつけるように上空へ眼を向ける。
天使を打ち倒した彼が何を睨んでいるのか。それは――
「クハハハハハ! 哀れだな、人間」
「なんッで、お前は――また――!」
――上空に座する天使、ユーステラテス。先程、確かに倒したはずの天使は何事も無かったかのように再臨を果たして神域に姿を現した。
同様の事象が周囲でも起こっている。
多大な犠牲を払ってやっと倒した天使達は、傷一つ無いままに復活を果たして人々の前に立ちはだかった。
歓喜に沸いていた声が絶望に変わり、声すらも出ずに浅い呼吸となって静寂を産む。
強大な敵の復活、戦ったことが意味を成していないかのような再臨、絶望だ、人々の中には絶望しかなかった。
誰かが言った。
「こんなの……勝てっこねぇだろ……」
誰かが言った。
「む、無理だ……倒しても、意味がない……」
誰かが言った。
「ふざけんなよ……バカにすんのも大概にしろよ……」
言った、言った。意気消沈の言葉は、人々に伝播をして静かに絶望を燻らせる。
――とある勢力の一角で、人間共の残骸が吹き飛んだ。轟音と閃光を感じて眼を向ければ、ギルガゴーレの光線が命を軽々と吹き飛ばしている。
――天使に切られ、焼かれ、洗脳され、戦況に大きな陰りが生まれる。
消耗に継ぐ消耗をした人々は、倒しても意味が無い天使に絶望の視線を向け、自らの行いが無意味な事を、脳裏で悟ってしまいそうになる。
抗おうとする者達だって居ないわけではない。しかし、膝を付いた者の方が多すぎる。
王国四騎士達はキアルロッドの元に集い、彼の疲れ切った体を支えながら騎士達で天使の相手をする。アステル勢は四大悪魔を主軸に天使をどうにか押し返そうとする。帝国は二度でも三度でも、戦えなくなるまで戦う。聖騎士は自分達が信じる現人神であるダキュースの御許に集う。
怖じず、立ち上がり、天使に抗えている者達は全て、あの二人と関わりがある者達。あの二人を知っている者達ばかり。心の何処かに有ってしまうのだ、あの二人のバカさ加減は、こんなときでも絶対にバカをやってくれるという、変な希望が。
しかし、膝を付いた者達よりも抗う者達の方が早く、命を散らしていく。
「……ニルド、先にキンス達のところに行くニャ」
「んなぁ……最期までお供できなくてごめんナァ……」
腹部が斬られた者、肩が抉れて片腕が消し飛んだ者。二人は最期まで希望を託し、命が尽きて砕け散り、空へと粒子が昇っていく。
残された一人は獣のような雄たけびを上げ、涙が落ちる頃には敵陣へと刃を振り払っていた。
「……ふぅ……スノーケア様へお使えするのもここまでか……」
ゴーレムの残骸が周囲を埋め尽くす中、戦槌が重苦しく落ちる音と共に静かな声が三日月髭から放たれる。
「衛兵長!」
「グスタフさん!」
「ならず者みてぇな傭兵がよくここまで立派になれたってもんよ……。衛兵達、最期の命令だ――勝てよ」
砕ける命は天に昇り、跡形もなく散っていく。
「我々よ、先に逝ってる。人類に勝利を」
満身創痍の影は、敵陣へ入り込むと共に己が身へ刃を突き立てる。直後に起こったのは周囲全てを飲み込む影の濁流が敵の雑兵を葬り去る光景であった。
「さらばだ、同胞よ」
「我々も、ザンエイ一門の願いに準じるとしよう」
「神殺し。その使途がまさかあの二人だったとはな。納得は出来るが理解は出来ん、あの二人は冒険者の我々にとって愛すべき大バカな後輩だ。死なせはせん」
抱いてした使命がある者達は、死を厭わず、悲しまず、同胞を見送る。
――次々、次々、死んで行く。イキョウとソーエンが知っている者も、そうでない者も、命有る者達が、次々と。
絶望的な光景を前に、立ち上げれない者達は次々死んで行く。立ち上がり、世界の存続を願う者達は、倒したところで復活する圧倒的な相手を前に無駄に抗い死んで行く。その抗いが、無駄ではないと信じて。
* * *
「くふふ、到着――」
『ほお?』
背の乱戦など一切意に介さない侍は、風の如く神の膝元に現れ――一閃にて、腕を切り飛ばす。
ただの人間には出来やしない行為。次元の違う神に対して何の策も講じることなく、たった一本の刀で切り飛ばした人間へ、神は目の無い顔を向けて声を出した。
『なんとも興味深い者だ』
「あら? う・そ・つ・き」
現れた侍――ナナは神から放たれる光りの槍を、背後に飛び退き宙にて刃と交わらせながら後退をする。
『造物風情に嘘つき呼ばわれりされるとは、それすらもが愛おしいな』
「ほーら、貴方は嘘に気付けてない嘘つきなのよ。無関心と言い換えても良いわ。
人間を愛おしいって思ってないはずよね? そこまで興味があるはずないじゃない。だって、私達も同じだもの。ね――」
ナナは飛び退いた後、腕を組んで姿勢を整えてから――ルナトリック、チクマ、カフス等の下で一人の男に顔を向ける。
「――おじいさん」
「――ナナよ、貴様は神と腰を据えながら無駄口を叩くためにここへ至ったのか。それとも、神を殺すためだけに立っているのか。選べ」
「やだぁ、こわぁい。……結構限界近そ?」
返答は無い。ナナも、ルナトリックやチクマの体に何が起こっているかは理解していない。だが、肌で感じ取る空気が、答えを物語っていた。
カフスは、カフスだけは、背後の乱戦、絶望の散命に気を取られて居るが、他は神だけにしか目を向けていなかった。
「私に神様のお気持ちなんてなーんにも分からない。分かりたくもなーい。だって、つまんなそーだから。
でーも、詰まんないことってのはね、私良く知ってるの。だから、神様が詰まんない奴だってのも分かってるし、退屈な奴だった私が、貴方に同情しちゃってるわ」
ナナの背後では、ルナトリックとチクマが無言で散開をした。言葉の問答に付き合うことをせず、ナナの言葉にだけ耳を傾けるように。
「貴方はね、目的の為に私達が必要だから愛おしいって思ってるだけ。そこには種とか個人に向ける愛情も興味も愉悦も優越もなくて、無関心にただ、愛おしんでるだけ。
結果だけに心を躍らせ、過程なんて一切楽しんでないし興味も無い。でも、心躍る結果が近づいているから、辛うじてようやくたった少し目を向けて『愛おしい』って言ってる。
きっと、絶対、確実に、貴方は自分の目的が近づいているこの瞬間でなければ、どれだけ私達が抗おうとそーんな空虚な言葉を向けることすらしなかったでしょうね」
『そうだが?』
さも当然のように返された言葉は、当然だから返された。そしてそれ以上の言葉は返ってこない。
だからナナは不適な笑みさえも浮かべず、ただただ詰まらなそうなため息をつく。
「貴方って喜怒哀楽ある?」
『それすらも世界が願い、■が生んだものだ。他の問われるよりも遥か以前から知っている』
「あーあ……そっか。うん、私もね、昔から知ってた」
ナナは刀に手を添えて、一歩たりとも動かない。
「でもね、私は、感じた」
言葉と共に――ナナの動きに変化は無い。風も、音も、何も、発していない。
だが――神は手を眼前にかざすと同時に、見えず、察知もできない現象の斬撃を全て掻き消す。
「私は有限を生きる人間だし、貴方は無限の時を過ごしてきた神様。絶対に理解し得ない存在同士で、きっと私に理解できないことなんて沢山あると思うの」
『あぁ、もう良い、知っている。この問答の先にある答えを言ってやろう。造物よ、貴様の内にある怒りは、■を殺すに値せぬよ』
「――――くふふ、そー」
神が放った怒りという言葉。その言葉にそぐう態度など、ナナは一切表に出していない。否、出し方が良く分からない。ナナは生来から怒った事が一度も無かった。怒るほど他人に興味も無く、気に喰わないなら去るだけ、怒る必要がある事態なんて一度も遭遇したことがなかった。だが、今は、今だけは、心の中でずっと燻る感情が消えない。
「ソーエンが、イキョウが……ね。とっても辛そうだったの。私ね、多分これね、イラって来ちゃったってやつ? なの」
『なんだ、それは。何者かの名か? ああ、知らないならば奴らのことか』
全知全能が、ソレ達をしらない。作り出した世界の全て知る者であるはずなのに、知らない。
そんな事に、ナナは疑問なんて持たない。ただ、本当に、心底、ため息を付く。
「ナナナちゃんさん!」
「師匠!」
そんなナナの下へ、二人の女性が合流を果たした。
ヤイナは先に突っ走ったナナを追うため、セイメアを抱えながら飛んで移動し、ナナの下へと着地する。
「くふふ、楽しいの来た♡
ヤイナ、弟子、アレダメよ。ダメだから殺したいのに、殺し方分かんない♡ 匂いがね、死の匂いが全然しないの」
「だったらとにかく攻撃ぶっぱなっス! 早く倒さないと! <アストロノーツ>!」
「<旋風>」
二人の攻撃は神へと向かうが……体をすり抜けて、何の意味も成さずに背後へと過ぎ去った。神自身も、今の攻撃には何一つとして感心を向けず、何の反応も見せないまま――ルナトリックとチクマの攻撃だけを防いだ。
「チッ……世界ハッキングでもしてチート使ってるんスか死ね」
「はっきんぐ……ちーと……?」
「ナナナちゃんさん、何でナトナトとクマクマちゃんの攻撃だけは効いてる感じなんスか」
ヤイナはこの場において最も戦いの感に優れているナナへと疑問をぶつけた。
「えー? わっかんなーい。でも、あの二人変な力使ってるわね……歪んだ、この世のモノじゃない力――あのおバカから感じた奴……?」
「パイセンから……? も、もしかして……あの総魔の領域の、ぞわぞわするやつ……!?」
ナナから言葉を聞いたヤイナは、急いでナトリとチクマにチャットを繋げる。
「ナトナト! クマクマちゃん! やめて!」
ヤイナにとって、二人が扱ってる力は、『分かんない』。わかんないけど、嫌だから止めて欲しくて、声を荒げて叫ぶ。
あんな力、この世にあって良いモノではない。目にしただけでおぞましさを感じ、憎悪と破滅を具現化したような力など、人が扱って良い代物ではない。
「……切るぞ」
「――心配してくれて、ありがと」
二人からは、それだけの言葉を返されてチャットは切れた。
「ナナナちゃんさん! ナトナト達、ダメ! 絶対に、止めさせて!」
「や、ヤイナさん……?」
「止めさせて止めるようなら、ここには居ないわ。
優先するのは『仲間を失わないために止めること』? 違うわよね、『神を倒すこと』よ。無為な過程に目を取られないで、有益な結果が有益な過程も生むの」
「でも、攻撃……ナトナト! クマクマちゃん!」
ヤイナは叫ぶ。
「その力、あたしにも貸して! 一緒に戦わせて!」
神と戦うルナトリックから、チクマから、返答は無い。
「無理でしょーね。だってあの二人、私達のこと大好きだもの」
「じゃあナナナちゃんさん、どーやって攻撃したんスか教えて!」
「さぁ……? 切りたいから切れた……? 私からしてみれば、どーして攻撃できないのかがわからなーい」
「そんなことっ、言ってる場合じゃないんスよッ……!」
ヤイナは、彼女は、目に涙を溜めながらナナの肩を掴む。早く、何でも良い、焦燥が、もどかしさが、彼女の心を支配する。
「……私もね、勝ち筋が分からないの。切っても切っても切るだけ、血も流れなくて、体の何処にも傷が生まれない。そんな相手だってのにルナトリックとチクマは戦い続けている。そこに策が無いわけ無いじゃない」
「その策が、あの力なら――」
「ね? カフカフちゃん」
ナナは上空にて羽ばたいているドラゴンへ視線を向ける。
カフスは、三対の翼をはためかせながら、必死に背後の戦線へ出来る限りの支援や援護を行っていた――が、ナナの言葉によって意識をこちらへ戻した。
「神を固定するって言ってた――でも、私には教えてくれなかった。
私は、世界に根付いた生命。ルナトリックとチクマは、混沌の力を得て理から外れた。全知全能が及ぶのは、三人の中で私だけ。二人には及ばない。だから、全ての答えは二人だけしか知らない」
「じゃーあ、どうしろって言われた?」
「――力を削げ」
「りょーかい」
ナナもナナとて、立ち止まって会話をし続けるためにここに居る訳ではない。
カフスの返答を聞いたナナは跳躍を持って飛び出し、他を置き去りにして神へと刃を向けた。
だが、取り残されたヤイナ、セイメアは、出来ることを失ってこの場に留まっている状態だ。
「何か、何か、あたしに出来ること――早く、早く――パイセン達が来ちゃう前に――」
「イキョウとソーエンは、来ない。来れない」
「え――――?」
「ルナトリックとチクマが張った陣は、世界を繋ぎとめると同時に二人を世界へ繋ぎとめるための陣。次元を超えて、神域には辿りつけない。
だから、大丈夫。二人は、大丈夫」
「――――」
カフスから語られる言葉は、確かにヤイナの心に納得を齎す。
例の二人は、この局面でさえこの場に姿を見せていない。だったら、ルナトリックとチクマが講じた策は有効なのか、ここまで予定通りなのか、と思う。だが、同時に――カフスが必死に、神と天使の戦場へ両方の支援をしている姿が、想定外の事態になっているとも思える。
「カフカフちゃん……」
「私が聞かされてた話とは違う。でも、どうにかしなきゃいけない、しなきゃ、いけないっ……」
「案ずるな結晶龍! 貴様は余計な支援などせず神殺しに集中するのである!」
「ルナトリを信じて!」
二人の言葉と共に、神の胴体は吹き飛ぶ。
ヤイナにとってはその光景が不安でしかなかった。常世の力では神に触れることすら出来ないというのに、二人は神に触れるどころか身を破壊することをも可能としている。神の力を削いでいるような光景は、自らの命をも削いでいるようにしか見えない。
「ナトナト……クマクマちゃん……!」
『幾ら力を失わせようと、■は在リ続けることが世界から望まれ、最初に生み出した原初の理だ。消えることなど決してありえない。だというのに何故、そこまで抗う。何故、抗える。あぁ……愛おしいな……』
「くふふ。“愛おしい”が空虚すぎて呆れた笑い出ちゃう。呆れて笑ったの、は・じ・め・て」
一刀にて神を細切れにしたナナへ追従するかのようにヤイナとセイメアも魔法を放つ。が、意味を成さない、体をすり抜ける。
無為。背後で起こってる、人類と復活する天使達の戦いも――消耗が全く見えず健在していることが当然のように体を再構成する神も――この戦いに、終わりというものがあるならそれは人類側の敗北だけとしか思えない。
この無限に続くか如くの戦いには何が必要か、それは全てを覆す絶対的な一が必要だ。否、二、が必要だ。だが、それが現れてしまったら、それを失うことになる。しかし、その二が絶対に現れないよう、ルナトリックは手を打っていた。
そのことにヤイナは安堵しながらも、セイメアも安堵しながらも、では、この戦いを終わらせるには――と、頭に疑問を浮かべてしまう。
抱いた疑問の答えは、神へと対抗できる者達――ルナトリック、チクマ、カフス、ナナ、この四人をキーパーソンとして戦う他無い。
勝つ、とにかく勝つ、自分達だけで絶対に勝つ。その純粋な思いだけで、神に勝利の意志を向ける。それはまるで、倒しても無意味な復活する天使達を相手にしている人類達のような行いだった。




