13.
「ナナナちゃんさん、右。フォルカトル初期形態五」
「くふふ。蘿蔔」
「前方のゴーレムはあたしが対処するっス。メアメアちゃんは絶対にあたし達から離れないで」
「は、はい……」
乱戦極める戦場にて、最も敵を引き付けている三人の集団があった。
フォルカトルを、ゴーレムレギオンを蹂躙し、遥かな殲滅スピードで確実に数を減らしている強力な集団。敵に囲まれた中でも、戦場にポッカリと穴を開けて前方に道を切り開いている。
メイド服の女性は至って冷静な表情で周囲の状況を把握し、指示と援護をこなす。小柄な巫女服の女性は、刀で好き勝手に切り伏せながらも指示による効率的な殲滅を実行して戦っていた。
「四、二。メアメアちゃん抜刀、左に居合い」
「は、い……! <フェザーシャープ>!」
メイド服の女性から指示を受けたセイメアは、刀に風を纏わせ、居合いにて放たれた陣風の刃でゴーレムを一刀両断する。
彼女がナナの強引な特訓で培った力は、天性の才能と天才な師のおかげでゴーレムを両断することは可能となっている。だがそれでも、圧倒的な力を持つメイド服の女性と巫女服の女性と比べれば微々たる力だ。殲滅の速度が圧倒的に違いすぎる。
「じょーでき♡ 私も真似してみよっ、へざーしゃーぷ」
セイメアが努力を経て得た自分だけの一刀は、ナナによる一太刀の十刀にて再現された。風の刃を一刀繰り出すのが精一杯な彼女の前で、十の刃が宙に飛んで目の前の敵を蹴散らす。
「……ナナナちゃんさんふざけないで本気でやって、今ので五秒誤差できた。あと今の普通にむかつくんで。メアメアちゃんバカにしてんの?」
「やーん、淡々ヤイナこわーい。
分かってるでしょ?」
「…………ごめんなさい……」
ヤイナとナナの、機知のやり取り。勝手知ったる仲だからこその言葉少なげな会話。それを目にしてセイメアは不安の様相を浮かべる。
「違うんス……メアメアちゃん、ごめんなさい……」
「……店長……。……ヤ、ヤイナさん、分かってます、大丈夫です、受け止め、ます……! 指示を……っす……」
「……自己嫌悪で――泣きそう……。……もぅ、本当に……。
目的、行く手を阻んでくる邪魔な奴等排除。どーせ禄でもない考えで戦ってるナトナトとクマちゃんの援護に行くっスよ。パイセン達が絶対に神と戦わないよう、あたし達でケリ付けるっス」
ナナが迫り来る大軍を切り伏せて前線を維持し、道をじわじわと切り開きながら空いた時間は、ヤイナの瞳がセイメアを悲しく見つめる時間でもあった。先程五秒の無駄が生まれたとのたまっていた彼女こそ、心に無駄なもやもやを抱え続けている。冷静になれど、冷酷にはなれなくて。
「……メアメアちゃん、あたしが絶対に守るから……神様と戦う為に力を貸して――――」
「ヤイナさん。――私が絶対に貴女を守るから、私の守りたい者達を守らせてください」
はっきり、しっかり、よどみの無い口調で告げられた言葉。セイメアを一番知るヤイナだからこそ、一番感じられる意思。今までずっと庇護しようとしていた者から向けられた、対等な言葉と寧ろ庇護してくれるような言葉――それは微笑みに乗って、ヤイナへと告げられる。
こんな、こんな局面だからこそ、告げる側は確かな意思を告げて、受け取る側は苦しさを抱いているなかで真っ直ぐに受け取ってしまう。
好きが好きになった感情、大好きがもっと大好きになった感情、惚れていたのに更に惚れる感情。そんなの、ここで抱いて良い感情ではない、ときめいて良い場合ではない。だから、あのヤイナですら思いを飲み込んで、未だにスレた感情が残っている目を敵へと向ける。
「有象無象の犠牲と天使は背後に放って、ただ神殺しを慣行する。リミットは、パイセン達がこの戦場に襲来するまで」
「はーい。――柳暗花明」
ナナは姿勢を低く構え、逆手にて刀を握る。それだけで周囲全ての雑兵が切り飛ばされ、前方の大きく道を切り開いた。
人が天使に圧倒されるなら、天使を圧倒するのはナナ達異常者だ。殺し殺されの戦場には死が蔓延る、人も、天使が生み出した雑兵たちも。人間側が不利であってもその数を均衡化させているのは、突出した者達が確固たる強さを持って戦場に君臨せしめているからに過ぎない。
「急ぎましょ」
その声と共に、ナナ達三人は神の御許へと駆け出した。
* * *
「ふへー……昔のボクすっごくつよーい」
「無理はするでないぞ! ソーキス!」
巨大なスライムが無秩序に暴れ狂う中、相対する者が居る。
ソーキスは両手を突き出しスライムの触手を多数操りながら、嘗ての自分であるマリルフォールから振るわれる巨大な触手を弾いては押し合い、他の者達を捕食しないよう食い止めていた。
全てを食らうスライム、マリムソーキス。この個体の目的の一つにはこの者でしか成しえない項が振り分けられている。それは、混沌を喰らい無力化するというものだ。それこそがこの天使の最大の役割であった。
知性や意思を捨ててでも何でも喰らうことに特化させなければ摂理の外にある力に対抗できない。所謂神の全知全能とは、自ら生み出した世界においての全知全能であり、理外にて生まれたイレギュラーな混沌を完全無力化するためにはそれ専用の手段を講じなければならなかったのだ。
だがそれゆえに、何でも喰らう力と役割を与えられたマリルフォールは文字通り何でも喰らえる力を有している。単純だが強力な力は、体全体に及んでいるからこそ生半可に触れられるものではない。
「んへー……お、もい……!」
唯一、この場で唯一、ソーキスだけが触れても喰らわれることなく奴を押し留めることができる。
マリルフォールは無差別にこの戦場を食い荒らそうと、人間、生み出された雑兵、果ては天使すら構わず巨体を動かし、無邪気な赤ちゃんが興味を惹かれるように動こうと震える――が。ソーキスの小柄な体から、バカ力とも思えるパワーと数多の触手で進行を食い止められていた。
「ダッキュー……! おつきのみんなー……へるーぷ……!」
「ぐぅ……! すまぬ……!」
ソーキスの背後ではダッキュ、そして十二祝福と呼ばれる教皇の懐刀達がフォルカトルとデミの群れを相手取りソーキスの防衛を行っていた。
この戦場における最大戦力の一人、ダッキュは天使達の力を知っている、戦った経験がある。故に優先すべき順位も理解している。
マリルフォール、ギルガゴーレ。この二体は天使の中でも最も大量破壊に優れていて、なんとしてでも押さえ込んでいなければすぐに人間側が壊滅してしまう。だからこそマリルフォールを押さえ込める唯一の存在、ソーキスの防衛を行いながら自らは妖術と聖属性魔法を用いて遠方からギルガゴーレの拘束を行っていた。
ダッキュは割ける力を最大限に割り振って何とか戦力の均衡を保とうとしている。天使が再臨する未来など知らない、こんな未来は見たことが無い、どんな未来にも存在していない。絶対的に、歯車が、狂っていることを、怖気の芯から感じている。それでも勝ち筋を模索し続けている。だが、ダッキュ自身得意なのは拘束や封印などの援護的戦術であり、直接的に力を振るうのはあまり得意ではない。それが、嘗て勇者達と一緒に戦ったときの役割であり、引っ張ってくれる皆が居たからこそ自分は援護だけに集中できていた。
だが今は、自分が前線に立ちながら不得意な直接戦闘をし片手間に周囲への援護を行い続けれなければならなかった。類稀なる力を持ち、独りになってしまい、何時しか長になってしまったダッキュには、昔のように手を引いてくれる者達は居ない、頼れる仲間が前に、側に居ない、戦いを引いてくれるものが居ない。
(このままではここで足を止めるだけになってしまう――!)
ダッキュは十二祝福達と共に敵と戦いながら思案する。
(天使は捨て、人命は見捨て、神へ向かうか――じゃが、天使を放置すれば背後から刺される――神めェ……余計な手駒を増やしおってッ……!)
一番の理想は天使を全滅させて神と戦う事。二番目の理想は皆に背中を預けて力を持つ者達が神に立ち向かうこと。だがそのどちらも無理だ、この戦いにおける主柱の一つであるダッキュが抜ければ戦線は崩壊する。一人で天使を一体押さえ込める力を持つ者などダッキュ以外には居やしない、巨体で強大なギルガゴーレを解き放てば誰も止められない。
遠方では光りの鎖と柱、体を貫通するような輝く棘で動きを止められているギルガゴーレが、どうにか脱しようと重苦しい音を立てながらもがいていた。その姿と膨大な音が、戦場の光景と音に混じって遠く彼方までこだましている。
一歩歩くだけで数十人の命を奪えるゴーレムは、一歩たりとも動かしてはならないのだ。
マリルフォールも同様に、人類の下へ近づけてはならない。だがこちらは、魔力すら喰らう体故にダッキュの有する術の一切が通用しない。だからマリルフォールはソーキスに任せ、自分はギルガゴーレを押さえ込むしか手立てがない。マリルフォールと相対できるものなど、元天使のソーキス以外に存在していなかった。
ダッキュは遠方で神と戦っているカフスの姿に険しい目を向ける。
「早く……速くそっちにウチも……!」
焦る思考は、それでも優先順位を冷静に判断している。天使をこちら側で請け負わなければ、カフス達に脅威が及んでしまうことを。
「どうしたら……どうしたらいいんじゃ……! アーサー……みんな……!」
信頼し、背中を預けられる者が誰一人居ない。ダッキュにとって、側近である十二祝福達はそれに足り得ない。一応は、万が一の為に天使と戦えるような訓練は積ませている。だが、彼等彼女等全て、自分と並び立ち背中を預けながら戦う存在ではなかった。手下や部下、下の者達であり、肩を並べる者達には成り得ない。
「……ねぇ、ダッキュ。昔のボクを倒したら、もっと楽になる?」
背後からの問いかけ、冷静な言葉。その声にダッキュの耳は反応し、心の何処かに嫌な予感がよぎって思わず振り向いてしまう。
その隙を逃さないフォルカトルは、躊躇無く切りかかるがその刃はアヤセとロイエスの刃によってからがらに止められた。
「ソーキス……? な、何を考えてるのかは知らんが、止めぃ! 嫌じゃ、絶対に認めん!」
「ふへー……。ボクに敵を倒せる力はないけどね、あっちも食いしん坊、こっちも食いしん坊。お互いに食べ合う大食いバトルならボクでも天使と対等に戦えるよー。
……底なしの食欲よー、うなれー」
ダッキュの引き止めは間に合わない、何を言う前にソーキスは動き出した。
全ての触手を解除し、ソーキスらしくない素早い走りで巨大なスライムへと果敢に近づいていく。
そのソーキスすら喰らおうとするマリルフォールの迫り来る触手を――ソーキスは見開いた眼で追い、嘗てのあの男達のように見切り、華麗に避け、胴元まで接近した。
「ソーキス! 止まれ! 無理じゃ!」
「ふへへー……だいじょーぶ。今のボクが、からっぽなボクに負けるはずないから」
振り返るソーキスは、軽く手を振り『行ってきます』の意志を伝えると――――背をスライムの中へと落とし、蒼い体の中へと沈み込んでいった。
異物ではない何か、自分の肉体であるのに自分ではない何かに入り込まれたマリルフォールは、混乱と称せるように体を震わせ、巨体を内側に流動させ始める。思考回路が禄に無い天使は、入り込んだ何かが内側から喰らおうとしてくる感覚を覚えて本能的に自分もその何かを喰らおうとし始めた。
傍から見れば何が起こっているのかは分からない。それでも、マリルフォールが前進することを止めた事だけは事実として理解できる。
喰うか喰われるかの攻防は、マリムフォールの内側で起こっている。その攻防に手を出せる者は天使にも人にも存在しない。誰も手を貸すこともできないが、敵にも邪魔をされることもない。
ダッキュの思考は苦肉と苦渋と焦燥で溢れるが、それでも――
「――この戦線はソーキスに任せるのじゃ! 防衛は中止、ウチ達は他の天使の殲滅を! 捕らえているギルガゴーレの牙城を崩すぞ!」
――飛ばした指示に十二祝福からの返事が返され、敵との攻防を継続しつつも戦域の変更を行った。背後に、ソーキスを一人残して……。
* * *
(……食べて食べられるから、おなか膨れておなか減る……。すごーい……混ざってるみたいだけど、何かが抜け落ちてるみたーい……。おにいさん達が記憶なくしちゃうときも、こんな感じなのかな……。
全部食べられそうになっちゃう。しっかりしてないと頭ぼやーってする……溶けてく……溶けてる……)




