12.
数には数の強みがある。個には個の強みがある。
この戦いにおける最も多い切り合いは、増殖したフォルカトルとギルガゴーレが生み出したゴーレム達対、数え切れないほどの人間達だった。
そんな中、ラリルレ達子供組一団は、アステルの冒険者や住民達と共に迎撃を行っていた。
四大悪魔は初期状態のフォルカトルやゴーレム共を物ともせずに吹き飛ばし、アステル勢力の中核となりて戦いを繰り広げている。
しかし――だからと言って、この戦場を全て守りきれるわけではない。
一人――
「グァッ!!」
また一人――
「チクショウッ!! 皆――勝てよッ!!」
――戦場から消えていく。体がひび割れ、ガラスや氷のように砕けて、この場から命が、魂が、消えていく。
「――<ヒール>、<ヒール>!! <ひーる>!! おねがいだよ、しなないで、みんなしなないで!!!!」
ラリルレは泣きながら必死に回復魔法を絶え間なく飛ばして、消え行く命を必死に繋ぎとめようとしていた。
「……ラリルレよ――」
「ラリルレさん、魔力温存してください! 死ぬ人……見捨ててくだ、さいッ……!」
シアスタもまた泣きながら、魔法を飛ばして戦っていた。奥歯を噛み締め、言いたくも無い言葉を喉から搾り出して、この残酷な戦場に立っていた。
甘さなどこの戦場でもっとも不要なモノ。それを理解しているシアスタは、理解しているからこそ心が痛み、泣きながらでしか戦う事が出来ない。
「まりょく、わたしたち……」「ほじゅうする……」
「まだ沢山あるからいいもん! まだ、わたし、たたかえるもん!」
命が失われていく戦場は、ラリルレにとっては酷な光景だった。
旅の治療で、どうしても寿命で治せなかった者を看取ったこともある、魔法では直せない肉体の問題で死んでしまった者の側に寄り沿ったことだってある。しかし、ここまで多くの命が失われていく光景は、あまりに陰惨だった。
――そんな、奮闘する少女の上空から――漆黒の騎士が轟音を立てて振り落ちてくる。
その落下は寸での所でロロが触手で周囲の者達を弾き飛ばした故に犠牲者が出ることはなかったが、衝撃で周囲の者達は敵諸共吹き飛ばされて、この場に立っているのはまたも、ロロが触手で必死に抱きとめたシアスタ、双子、ラリルレだけだった。
人の壁が円をなす中で、漆黒の騎士と子供達だけが相対している。
「が、ガランドウル!!」
目の前の敵を認識したシアスタは、嘗て見た敵の姿をまた眼に焼き付けて声を出した。
「――ゲゼルギア、殿」
「……久しいな」
ガランドウルのヘルムは、ただ一点だけを見つめている。それは、ラリルレの頭に座すロロであり、嘗て仕えた主へと。
「ロ、ロロさん! 昔従えてたんですよね、また仲間にできませんか!!」
「――嘗て私を打ち負かした少女よ」
「しゃ、しゃべった……」
「――君には尊敬の念を、そして彼らにも、同じ思いを。
戦いに狂うのではなく、戦わなければ狂う私は、戦う事を止められない。従えたいのならば、壊れるほどの狂気を私に見せ付けてくれ。混沌とした、別のあり方があると焦がれたあの誘いを」
「ロロさん翻訳を! 何を言ってるのか分かりません!」
「狂気以上の狂気を見せ付けろ、ということだ。……ラリルレよ、ここは我に任せてくれないだろうか」
ロロは触手を伸ばし、険しい顔をして泣いているラリルレの涙を掬うと、励ますようにほっぺをぺちぺちと叩く。
「ロロ、ちゃん……?」
「ラリルレの涙は、とても暖かい」
そう言って地面へと降り立ったロロは、小さな体で触手を広げてガランドウルと相対する。
「二度も我の前に立つとは。随分と自惚れたものだな、ガランドウルよ。また貴様をバラバラに裂いて混沌の底に沈めてやろう」
「――私は、あの狂気の嘆きに触れて天使の使命に疑問を持った。はずだった。だが、再構成されたこの体ではあの疑問が愚かなものだとしか思えない。
ゲゼルギア殿、今の私は天使だ。過去の私ではない。それでも――また、私を使命だけの天使ではなく、ガランドウルとして貴方様の配下にしてみせよ。そろそろ私も狂ってしまいそうだ」
「暗’(くら)みの中でもがくが良い――」
ロロは暗き闇を体から放出すると、白い地面を黒に塗り替え周囲に闇の飛沫を展開する。さながら、黒い沼に黒い蛍が飛んでいるような光景で、ガランドウルとロロは対峙していた。そして――
「ラリルレ。我は少々離れるが、泣くな」
それは、ロロなりの精一杯の励ましだった。
振り向いたロロの言葉は、ラリルレが言葉を放とうとすることも待たずに――
「我が世界に堕ちよ <深遠の虚底>」
――白い大地に闇の大穴を開け、自らの身とガランドウルだけを暗闇に落とし、この場を去った。
ラリルレの口は、言葉を放つ前に閉じられた。何を言って良いのかが分からない、去り行くロロへ何かを言いたかったのに、その言葉が何も浮かばない。そしてもう、居なくなってしまって言葉は届けられない。
戦いの音が鳴り止まない中、アステル勢力の誰かが言った。
「皆! ロロが、あの口うるせー説教タコが、変な力使ってガランドウルを引き受けてくれた! この隙を逃すなよ絶対にな!」
「んだよ説教されんのはテメー等が身の丈に合ってないクエスト選んでッからだろがバーカ! ロロ結構おちゃめだかんな! この前なんてキンスさんと一緒に頭ツルツルさせるためのオイル塗ってたんだよ食堂でよ! アレ笑っちまったぜ!」
「ロロちゃんタコなのにすっごく強くて戦いにも詳しいですからね! 私達と手合わせしたときみたいにガランドウルも触手でポーイしてくれますよ!」
「……だから、信じてるぜロロ」
「「「よっしゃ行くぜウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」」」
アステル勢はこの戦いにおいて一番士気が高かった。何と言う理由も無い、ただ、あのバカ二人の背中が多くの者達の心に残っているから。しかし、この士気は空元気に近い。無理矢理に引き出している騒がしさでしかない。
戦術、戦略、この戦場にそんなものはない。生きるための我武者羅が、人間達の等しく抱く戦意だった。だがそれは、勝つ見込みがあって我武者羅になっているのではなく、敗北と世界の崩壊を遠ざけ必死に今を掴み取ろうとする足掻きに見えてしまう。
なぜなら、消えて行くのだ。命が。死力を尽くして天使に挑む者達が、次々消えて行ってしまうのだ。
先の言葉も、ある意味では鼓舞だった。いつも通りの軽口を叩き、信じる心を向け、雄たけびを上げるのも、自らの戦意が喪失してしまわないための鼓舞だ。
――そんなこと、皆分かっていた。明るい口調の裏には、今にも心臓が破裂しそうなほどの緊張感を持っていたから。
――そんなこと、ラリルレも理解している。皆が、死にたくないのに、周りの人たちに死んで欲しくなくて自らを鼓舞し犠牲にしてでも戦おうとしていることを。
「ろろちゃん……! ……キョーちゃんっ……ソーちゃんっ……! …………」
どうしたら良いか分からない。いつも居てくれた者達が、居ない。死んで行く命に回復が追いつかない。
どうにかしなきゃ、どうにかしなきゃ。そんな思いばかりが、取り残されてしまったラリルレの中で反響を繰り返して、解決策が何も見つからない。
「ラリルレさん……」
「――治さなきゃ、助けなきゃ……。でもキョーちゃんとソーちゃんがとっても悲しんでたのに――私は何をしてたの……? やだぁ……やだよぉ……」
「ラリルレ……」「ま、まりょく、いる……?」
子供達にとっては、いつもラリルレが精神的主柱だった。崩れない明るさでいつも照らしてもらっていた。しかし此度の戦い、否、此度の一件全てで、ラリルレは今まで見た事がないくらいに追い詰められている。
ロロが側から居なくなってしまったことも、大きいのだろう。
「――……<リジェネドメイン><エンドフィールど><バッドリじぇくション>」
――少女が唱えた言葉に応じて、体から光や波動が生み出され、出来うる限りの範囲を力場で照らす。
その力は全て、全てを救おうとする魔法であったが――シアスタの目にはラリルレの魔力が体から急速に失われているようにしか見えなかった。
「ラリルレさん! 消耗が激しすぎます! このままだとすぐに枯渇して――」
「――守る……皆、守る……!」
うわ言のように呟くラリルレの言葉は、確かに結果を生み出している。即死以外の攻撃を受けた者達は、即座に回復して死を免れてはいる、が――。簡単に死んでしまう者達を一秒だけ長く生かし続けたとして、そこに意味は無い。
「らり……るれさんッ……! 選んでください、命の選別をしてください! 貴女はむやみやたらに力を使って良い人じゃないんです! 力を持つ者として、力を振るうべき先をしっかり見極めてください! じゃないと……勝てません、勝てないんです! 捨てる命は見捨ててください!」
「ラリルレ……」「シアスタ……」
双子は、シアスタは、ラリルレは、初めてだった。このような状況が、そして酷な言葉を交わしあうのは。
「リリムさんリリスさん! 止めます、手伝って!」
「ぅ、うん……」「わかった……」
「邪魔しないでよ!」
子供達は、戦場の中でもみくちゃになりながらも互いに意思を貫き通そうとした。それが、四人を良く知る周りからはどれだけ辛い光景に見えてしまったことか、そして本人達も、どれだけ辛いことか――。
この場だけではない。世界の命運を分ける戦乱の中で、心の苦しさが、どこでも蔓延していたのだった。




