09
アステル冒険者ギルド。
ダッキュからの言葉を聞いたローザ、クラリス、ジョニーは、未だ閑散とするギルドホールで――否、動き始めていた。
「クラリスさんは依頼書の作成をお願いします!! ジョニーさんはギルドに保管されてる武具や魔道具を!!」
「任せなさいな。元受付としてしっかりと作るからね」
「はいよ。勿体無いは無しだ、全部持ってきてやる」
慌しく行動を始める三人を、未だ経験の浅いレイラは不思議そうな目で見ている。
「ど、どうしたんですか……? あ、おしごと、わたしもなにか……」
分からない。レイラは他の三人が何をしようとしているのか、分からない。それでも、漠然とした思考の中で『仕事の時の空気だ……』と感じ取って、とにかく仕事をしなきゃと考える。
何をして良いのか分からないけど、何かをしなきゃ。そう思って立ち上がったレイラは、フラフラと右往左往としながらこの場で漠然と、本当にどうして良いのか分からず、自分が何をすれば良いのか、何をしなければならないのかも、分からず。
「あぁ……うぅ……」
本当に、自分はどうすれば良いのか分からなくて、泣いてしまう。
ダッキュから放たれた言葉の数々の意味もまだ飲み込めていない。ローザ達が何故動き出したのかも分からない。何も分からないから、泣いてしまう。自分だけ取り残されてしまったような寂しさを感じて、涙を流してしまう。
右往左往していたレイラの手は、無力に縮こまったままだ。やるべき仕事が分からないから、ペンを握れば良いのか紙を持てば良いのか分からず、やり場も無く縮こまっている。誰かに手を伸ばせばこの手を取って貰えるかも分からず、伸ばせもしない。
――そんな手を、涙を流してるレイラの手を――しっかりと掴んだ者は……三人だった。皆が両手でレイラの手を握った。
「レイラさん、これから忙しくなります」
「あんな事聞いたアステルの冒険者達が黙っていられると思うかい?」
「だったら何処に来るよ、そらぁもちろんここだろな。騒がしくなるから準備しな」
「え……? えっと……それって、つまり――」
レイラの問いは、最後まで言い終わることは無かった。
それは、言えなかったから。最後まで言い終わる前に、音が言葉を遮ったから。
言葉を遮って、ギルドの扉が開かれ三人の少女が入ってくる。その少女達は息を切らしながら現れ、息勇んだ面持ちのまま声を放った。
「ローザさんギルドホール貸して!!」
「ティリスさん……。レレイラちゃんとピウさんまで……」
声を放った主、ひまわり組のリーダー、金髪流剣士のティリス、そしてその側に立つ青髪アサシンのピゥ、赤髪魔女のレレイラの二人を見たレイラは、開かれた扉の外へも目を向ける。
……そこには、大勢の冒険者達が集まっていた。扉の外の光景を全て見ることは出来ない、それでも、レイラには分かる。見えるよりももっと、もっと多くの冒険者が、ギルドの外に集まっていることを。
ティリスが放った言葉に、ローザは力強く了承を返した。その声を待ってましたといわんばかりに、大勢の冒険者が、雪崩れ込むようにホールへと入ってきた。
騒がしい声が、レイラの耳に入ってくる。大勢の冒険者が、レイラの目に入ってくる。ぜーぜーと息を切らして、本当に急いでここまで来た者達の姿が、目で耳で肌で感じ取れる。
先ほどまで閑散としていたはずのギルドホールを、レイラはただ呆然と見つめる。
「どーしたのかにゃ、レイラ」
「ふむ、どうやら面を喰らっているようだ」
「どう、して……みなさん……。あ、お仕事しなきゃ……じゅちゅうですか、ごいらいですか……」
「にゃー……ぽけぽけしちゃってるニャ。にゃあキンス――」
「お前達から――」
猫獣人男衆にゃんにゃんにゃんのリーダー、ニルドと、灰色フードアサシン集団の絶・漆黒の影の一人が、互いに間を見て――そこには誰も居ないことを思い出す。いつも居たはずなのに、居なくなってしまった者を。
このギルドに所属する冒険者達を取り纏める頭目とも言える者達は、あっさりと消えてしまった。本当に、忘れてしまいたくなるほど、あっさりと。
「そうだった……にゃ」
「ああ。そうだった。……。
……レイラよ、聞け。我々二等級冒険者とひまわり組はあの絶望的な神という敵を倒すという目的の為に協議を交わしていた。我々だけで、考えていた」
「だけどにゃ、あんなダキュース様の声を聞かされたらこの町の冒険者は皆動くにゃ。だから良い予感がして冒険者ギルドに急いで来てみれば、皆気持ちは一緒だったにゃ」
「戦うんですか……? だって、え……あの、神さま、ですよ……」
レイラは未だ、状況に取り残されている。
幸か不幸か、レイラの周りには強い者達が居た。パーティのように実力を伴った者同士でもなければ、貸家の隣人でもない。側に居たのは副ギルドマスターたちだ。そして、レイラ自身は弱い故、気持ちや思考を共有できずに、まだ、ダッキュの言葉を飲み込めては居ない、取り残されている。
ただ、レイラは呆然と立ちながらも、先ほど三人が握ってくれた手のぬくもりは感じていた。そして、優しさもまた。
冒険者達の到来で他の三人が慌しく動き始める中、レイラは段々といつもの騒がしさを感じて、どこか安心している自分が居る。そしてきっと、この気持ちを、ローザ達が『信じて』と言ってくれている気がする。
そんなレイラへ、語りかけるのは太陽の恵みの三人。マール、シーカ、サンカだった。
「あのあの、レイラちゃん!! 気持ちは、分かりますです!! 私、本当のこと言うとすっごく怖いです!! 神様見てぷるぷる震えてました!!」
「皆そうだったよ。でもね……あの神様を前に、動けた者達が居たんだ。
スノーケア様が、ルナトリックが、チクマさんが、力を行使していた。彼等は……知っていたんだろうね。どこか策を講じて戦ってる気がしたよ。予見していたかのように冷静だったね」
「で、でも……同士、と、ソーエン、さん……は、きっと違うんだ。だって、荒ぶってた……同士が、あんなになるのも、ソーエンさんが、怒るのも、見た事無いんだ……。私、見ていることしか、出来なかった……!! ――」
サンカは、あの戦いの情景を思い浮かべて涙する。
「――なのに、キンスさん達、動いた!! 同士を助けようとして、あんなに怖いのに、神さま相手に立ち向かった!! 私も助けたかったのに、動けなかったのに、キンスさんはモヒカさんはフローさんは動いたんだ!! 平和の旗印さん達しか動けなかったんだ!! なんで私はあのとき動けなかったんだ……っ!! なんで、私達はあのとき何も出来なかった……!! どうし、ごめんね……なにもできなくて、ごめんね……!!」
サンカはぐすぐすと泣き始める。壊れたイキョウを思い浮かべて、ボロボロになった男を思い浮かべて、泣く。
その思いは、冒険者達の総意だった。『あのとき、万が一にも自分達も動けていたら、何かが変わったかもしれない』 そんな思いが頭をずっとよぎる。
バカだったはずの二人に世界を背負わせてしまった故の悲惨さを見て、そして恐ろしき神を見て、見てるだけの世界で自分の未来は何処にある。自分達は動けなかった、平和の旗印のように動けなかった。
でも、それでも、動けなかった自分達の心の中には、彼等三人が信念を貫いた姿がしっかりと残っている。
段々とレイラの思考に蔓延る靄が晴れてきた。段々と、段々と。そんなレイラの視界にはっきりと映り始めるのは、サンカの大声で目に涙を浮かべている者たちだった。
そんな中、とある一段が声を出す――見るからに柄の悪そうな、強面の犯罪者顔集団が。
「強面組一同、正直キンスの兄貴たちが居なくなったって実感が沸かないんですわ」
「あんな簡単に消えちまわれると、どうにも……な。でも良く考えたらよ、ここに居るんだ、まだ居てくれるんだ」
言葉と共に、強面組は自らの心臓に拳をぶつけ、力強い表情を向ける。
他の冒険者は、その言葉に続くように言葉を放った。
「私達、勇気を貰いました!! 神様に立ち向かう勇気を!!」
「勝てる勝てないじゃねぇ、自分の意志を貫き通す強さを教えて貰った!!」
「キンスさん達は神に抗ったんじゃない、自分の守りたい者を守るために動いたんだ!! だったら俺達もやってやるよ、世界を守る為に戦ってやる!!」
「うははははは!! 誰があんなバカ二人組に救世主やらせるかってのよ!! あいつ等はいつもみたいにバカやってろってんだ、俺達が世界救ってやっからよ!!」
次々上がる言葉は、声が集まり勇ましい布告へと変わって行く。
皆、心の中には恐怖がくすぶっている。だが、それを塗り替えるのはイキョウとソーエンの顔、そして平和の旗印の三人の姿だった。二人は去って行った、三人はあっさりと消え去ってしまった。ここには居ない。だが、それでも、思い浮かぶ楽しかった日常の光景は、すぐ側あるように冒険者の心に残っている。
悲しむのも、弔うのも、尊ぶのも、全て後だ。世界が壊れてしまっては、何を思うことも出来ない。
世界を勝ち取ろうとする冒険者達の意志は瞳に宿り、確かな意思を秘めてギルドの職員達へと向けられる。その瞳が、レイラの心には死を覚悟する者達の瞳に思えた。
「そんなの……だめ……です……、死んじゃう、の、ダメです……」
「にゃはは、そんにゃ泣くなレイラ。みんにゃは死にたいから死ぬんじゃにゃいにゃ」
「そーニャそーニャ!! 自分の命を賭ける価値のある戦いと判断したんだニャ」
「んなぁ……できれば死にたくはないけどなぁ……」
ニャンニャンニャンの三人は、泣いているレイラへ笑顔を送る。
「それで良い、我々が持っているのは覚悟だ。ただ死に行くのではなく、死を覚悟してでも戦う意志で戦って生きろ」
「死ぬことを前提にする冒険者など居ない。レイラよ、我々はここへ返って来る――と、約束は出来ないがな。せめてお前は、我々の事を笑顔で見送ってくれ」
絶・漆黒の影はレイラの泣いている姿を止めようと、何とか励ます。
「あ・の・ね!! こういうときは嘘でも絶対に返って来るって約束するモノなのよ!! そして最後に不吉なこと言わないで!! 冒険者らしくゲンを担ぐような言葉言いなさいよ!!」
「ふ、む……キンス等の真似というのは……どうにも難しいものだな」
「レイラぁ~、大丈夫よぉ、私達は絶対に帰って来るからぁ。だ・か・ら、泣かないで頂戴」
「終わったら冒険者の皆で打ち上げしよーよー。皆で笑ってぱーっと楽しむのー。皆でー、ね」
「みんな……それって……」
声が、冒険者達から上がる。
「ったりめーよ!! あのバカ二人も一緒にだ!!」
「一緒に戦ってくれたら割り勘にしてやるよ!! 戦わなかったらあいつらの奢りな!! 皆、それで良いよな!!」
次々に、合意の声が上がる。
本当なら、ここにキンス、モヒカ、フローが居たなら『それはちょっと酷だろ』と言っただろう。もし、ここにあの二人が居たら、文句を散々に言った挙句にどうしてか二人で喧嘩を始めたことだろう。
少し、それを期待していた。皆、実はこの集まりの中に平和の旗印やバカ二人が居てくれるんじゃないかと、思っていた。――そんなこと、あるはずもないというのに。
そのことに一抹の虚しさを感じる冒険者達の前では――食堂のおばちゃんことクラリスが、眉を潜めながら一枚の紙を持ってカウンターに立つ。
「まったく煩いったらありゃしないよ。おかげで依頼書も禄に作れやしないじゃないかい」
そのクラリスの言葉に、隣に立つローザは笑みを浮かべながら言葉を向ける。冒険者達も皆、似たような顔を、期待するような顔を、向けていた。
「おばちゃん!! 依頼書見えねぇから読んでくれよ!!」
「クラリスさん、早く早く!!」
「あいよ任せなさいな。依頼内容は『世界を救いな』 依頼主は……そうだね、テモフォーバの名前でも勝手に使っておくかい。報酬は――要らないでしょ? ロマンが大好きな冒険者にとっちゃ、世界を救ったってのが何よりの報酬だからねぇ」
「ワハハ!! ちげぇねぇ!! さすが元一等級冒険者だ、俺達のことを良く分かってらっしゃる!!」
この戦いの果てに、金など要らないだろう。世界を救う戦いに、報酬など要らないだろう。なにせ、世界を救ったということが何よりの報酬になるのだから。
発破をかけるような、士気を上げるようなクラリスの言葉に、冒険者達は騒がしい言葉の数々を返す。もし仮に大金が用意されていても、この戦いの士気には繋がらないだろう。感情と希望の戦いに、現物の報酬など無粋でしかない。
しかし――
「あとね……帰ってきたら美味しいご飯作ってあげるから、絶対に帰ってきなさい」
――いつもおいしいご飯を食べさせてくれる食堂のおばちゃんが、寂しそうに言った言葉には、騒がしさを返すことが出来ない。
故に冒険者達は『必ず生きて帰って来る』という絶対の意思を、口には出さずに静かに返した。
戦うことは元より決意していた、生還する意志も確かに持っていた。しかし、それでも冒険者達はクラリスの言葉で、更に決意と意志の強さを増す。
固まった決意と意志が揺らぐことは無い。後は、残された時間の中で作戦を講じるだけだ。少しでも希望を手繰り寄せるために。
「おーおー、盛り上がってからに」
すぐさま作戦会議に入ろうとしていた冒険達を見下ろすかのように、階段からジョニーが降りてくる。その手には、多くの魔武具が抱えられていた。
「お前さん等、ギルドに保管されてる代物好きに使ってくれや。ちょいと何人か来い、運搬手伝え」
――武器が、防具が、魔道具が、冒険者達の士気を更に高める。勝機を高めてくれる。
「すみません商業ギルドの者です!! サイコキーマさんからこちらをと――!!」
――息を切らした商業ギルドの者達が冒険者ギルドに現れ、更に戦力を増強してくれる。
限られた時間の中で、アステルの者達は未来を掴み取るために皆、奔走していた。




