番外1.行商人の話
王都にいくつも豪邸を持つ行商人ドメインコロアには、それだけの成功を導いた秘密がある。彼は年に何度か、召使や部下に黙って一人、姿を消すことがあった。そして何日かして帰ってきたときには、ドラゴンの皮などの超高級品を、手押し車に積んで戻ってくるのだ。怪しげな闇商人と取引しているとも、違法な形で隣国と貿易しているとも、そのほか様々な噂が彼の部下には広がっていたが、だれも真実を知ることはなかった。
(ま、それもそのはずなんだよな)
ドメインコロアは一人、にやりと笑う。まさか王都から遠くの森の中に、行けば必ず希少なアイテムを売ってくれる民家があるなんて、信じられる方が無理な話である。彼はかつて偶然その家の娘がドラゴンを狩っているところを目撃し、以降その家と取引しているのだった。まだ言葉も話せないような赤ん坊でありながら、ドラゴンを、皮肉にも赤子の手をひねるかのように屠るその娘は、冗談抜きに一国を滅ぼせそうで心底恐ろしかったが、幸いなことにその暴力が自分に向くことはなく、毎回彼にとって利益しかないような取引をすることができたのだった。
(今日は何をもらえるかな……前のときと同じくらい、上質なレッドドラゴンの皮だったら……金貨一万枚くらいの追加ボーナス……もう一軒家を建てようかな、それとも娼館で派手に使おうか……げへへ……)
思わず下品な想像をしてしまい、ドメインコロアは垂れてきたよだれを慌てて袖でぬぐった。気づけばもう例の家の前である。最強の少女が敵に回ることはこれまでなかったが、刺激をしないように用心するに越したことはない。なんといっても、あれほどの力が自分に向けられてしまったら、自分は塵も残さずに消滅してしまだろうから。
「ぎょ、行商の者ですが……何かご入用のものはありませんでしょうか?」
ドメインコロアは少し緊張しながら、いつものようにその家の玄関先から声をかける。すぐに、イパタネーアという名のこの家の奥さんが現れた。
「あらあら、いつもありがとうございます」
おっとりした美人の奥さんが出迎える。娘の姿はないようで、ドメインコロアは少し安堵した。
「今日は――そうですね、香辛料をいただいていいかしら」
だいたいここの家で求められるものは決まっている。香辛料か魔導書か、ほかにも人里離れた場所での生活でどうしても足りなくなるようないくつかの品さえ用意しておけばよい。多少値は張るが、もらえるものに比べればてんでどうってことはない。
「はいはい、香辛料ですね、こちらをどうぞ……で、お代になるものをいただいてもよろしいですかね?」
今日は何が出てくるか。ドメインコロアはどきどきしながら待つ。しかし、
「それじゃあ、こちらのタケノコでもどうぞ」
――そう言うイパタネーアから渡されたのは、かごにいっぱい入った、ただのタケノコだった。
(たけ、のこ……?)
そこにあったのは、どこからどう見てもただのタケノコであった。レッドドラゴンの毛皮でなければ、一角獣の角でもない。ただのタケノコだった。ちょっとは数があったが、王都に持って帰っても二束三文でしか売れないような、ただのタケノコであった。はっきり言って、今渡した香辛料の方が、はるかに、比較にならないくらい高い。
「えっと、いつもは、レッドドラゴンの皮とか、いろいろ珍しい魔物のアイテムなんかあったような気がしたんですけど……」
恐る恐る尋ねるドメインコロアに、イパタネーアは少し困ったように、でも誇らしげに笑う。
「それがねぇ、あの子、王都の魔道学院に入学しに行ったのよ。弟のルビルートもいっしょにね」
「ま、魔道学院に……」
なんということだ。そもそもこの家に魔導書を持ち込んだのはドメインコロアである。あの子の機嫌を取ろうとしてのものだったが、彼はかつての選択を激しく後悔した。
「家に残ってるアイテムは夫婦で使うものだから渡せないの。ごめんなさいね。でもこのタケノコも結構おいしいわよ」
タケノコとドラゴンの皮に大した差を見出していなようなその発言にドメインコロアは愕然とした。まぁ、そのガバガバな価値観のおかげで、彼はたらふく儲けさせてもらったのだから、本来はあまり不満を言うべき立場ではないのだが、期待が大きかっただけに、落胆が隠せない。
それじゃあ商売あがったりだ。こんな家、二度と来てやるか――と叫びそうになって、慌ててそれを押しとどめる。もしもそんなことをして、あの女の子の恨みでも買ってしまったら、自分は骨も残らない。行商に来る頻度を下げるだけでも、恨みを買わないとは限らない。
(ってことは、つまり――こんな割の合わない商売を、これからずっと続けなくっちゃいけないってこと!?!?!?!?)
ドメインコロアは愕然として、脳内で膝をがっくりと地面についた。一刻も早く、あの女の子には実家に戻って来てほしいと、切に願いながら。
そしていつもは超高級アイテムを持って帰るような時期になぜか大量のタケノコを王都に持って帰ったドメインコロアは、召使や部下たちに本気で心配された。




