20.呼出
熱い風の中に、虫の羽音と自身の呻き声だけが低く響いている。
ぶつり、ぶつりと大蜂が舌を刺す鋭い痛みは、一時も止む事はなかった。焼き立てられ乾き切った喉からは、もう僅かな呻き声が漏れるだけになっている。爛れた背は皮肉を失って、身を藻搔くと鉄柱に骨の当たる渇いた音がした。
おとこが苦痛に呻き身を捩りながら、もう二度とはこの苦しみから逃れる事は出来ないのかも知れないと不安に怯え始めた頃、赤青の獄卒鬼等が姿を現した。
───呼出しだ。
涙さえ枯れ果てた目でじっと見上げるおとこに、獄卒鬼等はそう言った。
青の獄卒鬼が金挾みを手に近づき、引き伸ばされ張り付けられたおとこの舌を無造作に引き千切る。腫れ爛れた舌を千切り取られる激痛に、おとこが叫ぶ───
耐え難い苦痛が引くと、おとこは漸くこれまで苦しめられていた痛みから解放された。ほっと息をつく間もなく、赤の獄卒鬼がおとこの身を縛る鉄鎖を解く。柱におとこを括っていた鎖と枷が解かれると、おとこは身を支える事が出来ずにどさりとその場に倒れ込んだ。
焼け爛れた背からは皮肉が失われ、骨が露わになっている。舌を失った口から血を流し、力無く呻き藻掻くおとこを見下ろして、青の獄卒鬼が言った。
───死なせてやるか。
赤の獄卒鬼が頷く。
青の獄卒鬼が、手にした鉄棒を振り上げる───
ままにならないその身に強い衝撃を感じて、おとこの意識は久方ぶりに闇に落ちた。
───活、活。
何処か遠くで声がした。
不意にそれは耳元で轟くような声になり、おとこは目を開ける。
見上げると、目の前に獄卒鬼等が立っていた。
───立て。
そう命じられ、恐る恐る身を起こす。案に反して身体の何処にも痛みは無かった。振り返ると、千切り取られた舌は既に塵と消え、最猛勝の羽音も遠くなっている。
剥ぎ取られていた僧衣が、おとこの足元に投げられた。
───閻魔王様の呼出しだ、覚悟せよ。
獄卒鬼等が吼える。
震える手で慣れた装束を身につけ、僧形になったおとこは覚悟する。
幼い頃さえ延べられなかった御仏の手が、この期に及んで延べられる筈もない。裁かれれば、地獄の底へ堕ち込んで、これ以上の苦しみを際限も無く受ける事になるのだろう。
己の罪を思えば、仕方がない。
ただ、願わくば罪の報いが隔てなく下されることをとそう思いながら、おとこは震える足を踏み出して、獄卒鬼等の後に続いた。




