第十話:毒ガス男と、甲子園男
ゴボゴボゴボ……モクモクモク……!
4階の理科準備室から、怪しげな紫色の煙と猛烈な激臭が廊下へ溢れ出してきた。
「うっ……ゲホゲホッ! なんだこの臭い! 目にしみる!」
俺と救井が目を押さえて悶絶していると、煙の奥から重厚な足音が響いてきた。
シュー……シュー……
煙を割って姿を現したのは、顔面にゴツいガスマスクを装着し、白衣を羽織った男子生徒――化学部部長の毒島だった。
毒島は背中に背負った巨大なボンベからノズルを構え、ガスマスク越しにこもった声で不敵に笑った。
「クックック……理科準備室のドアを破ったのは誰だ……? 俺の支給品『SF・激臭麻酔ガスガン』の試供品にしてやる……!」
「また科学部から変なヤツ出てきた!!」
俺が叫ぶ横で、金属バットを構えた野球部の山田豪が、ガスマスクの毒島に向かって一歩前に出た。
「ふん……相手が誰だろうと関係ねぇ。打ち返すのがバッターの仕事だ!」
「山田!? 相手は毒ガスだぞ! 打てるわけないだろ!」
「俺のバットに打てない球はないっ!!」
「無茶苦茶な理論展開すな!!」
「聞き分けのない奴だ……死ねぇっ!」
毒島がノズルを叩くと、ボンベから濃密な紫色の毒ガス弾(高圧圧縮ガス)がシューッと音を立てて連続射出された!
「来ただろぉぉぉ! 絶好球!!」
山田はまったく怯むことなく、踏み込んで金属バットを豪快に振り抜いた!
カキィィィィィンッ!!
「なっ……気体をバットで弾き返しただと!?」
毒島がガスマスクの中で目を剥いた。 打撃の風圧と金属バットのジャストミートにより、圧縮ガス弾が見事な逆ライナーとなって毒島へ跳ね返っていく!
「ぬわぁぁぁ!?」
毒島はギリギリで回避したが、背後の理科準備室に残されていた『危険薬品(高濃度ニトロ)の棚』にガス弾が直撃した。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
理科準備室の奥から、明らかにヤバい光と振動が巻き起こる。
「あ、アカン……! 山田! 毒島! 今すぐ逃げ――」
「逃げん! 俺の打席はまだ終わっていない!」
「俺の実験を邪魔する奴は許さん!」
二人はお互いに引くことなく、至近距離でバットとガスガンを交差させた!
山田「フルスイングだぁぁぁぁっ!」
毒島「全弾アッパー噴射ぁぁぁぁっ!」
ドカーーーーーーンッ!!!!
理科準備室の薬品棚が大爆発を起こし、猛烈な爆風が4階の廊下を突き抜けた!
「うわあああぁぁぁ……っ!(二人分)」
大爆破のエネルギーにより、金属バットを握りしめた山田と、ガスマスクを装着した毒島が、二人まとめて仲良く抱き合うような格好で4階の窓から校庭へと吹き飛ばされていった!
「山田ーーー! 毒島ーーー!」
俺と救井が窓から身を乗り出して叫ぶ。
ドカーン! と校庭の砂場へ一直線に落下した二人。 まさにその激突の瞬間、地面からまばゆい紫色の光線が爆発した。
チュドォォォォン!!
光が収まったあと、砂場には二人の姿は影も形も消え去っていた。
(※校長室のふかふかソファへ同時に転送され、「おやおや、爆発音したと思ったら二人組? 煎餅食べる?」と校長先生に温かく出迎えてもらっていた)。
「……見事な……相打ちやった……」
俺は白煙が上がる校庭を見下ろしながら、ポツリと呟いた。
自分の夢に殉じた山田と、科学の狂気に生きた毒島。 最後は二人揃って自爆転送という、あまりにも虚しく、そしてバカバカしい散り様だった。
『あー、担任の坂本です。ただいま山田くんと毒島くんが同時に消滅しました〜。ナイス相打ち!』
「ナイス相打ちとか言うな!!」
『えー、これで残りはついに約25人くらい! 4階の薬品の臭いがすごいから、みんな換気してね〜』
アナウンスにツッコミを入れながら、俺は大きく息を吐き出した。
「……行こう、救井。あいつらの(アホな)戦いを無駄にしないためにも」
「うん……!」
南出也年の命がけのサバイバルは、いよいよ中盤戦へと突入していくのだった――。




