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第09話:沈黙の王子の真実と、反撃の狼煙

【ギルバート視点】


 カビと錆びた鉄の臭いが充満する、窓一つない秘密屋敷の地下牢。


 天井から吊り下げられた太い鎖が、俺の両腕を乱暴に縛り付けていた。


 ピシィィッ! 


 鋭い鞭の音が鳴り響き、銀色の甲冑を剥ぎ取られた無防備な体に、新たな赤い線が刻まれる。


「さあ、さっさと吐きなさい。あなたのような狂犬を手懐け、わたくしを狙わせた首謀者は誰ですの?」


 苛立ちを含んだカスラッテの声が、冷たい石壁に反響した。


「……何度聞かれても、答えは同じだ。俺の、単独の意思によるものだ」


 口端から流れる血を舐めとりながら、彼女を見据えた。


 痛覚など、とうの昔に麻痺している。

 頭の中にあるのは、エリスの安全と、目の前の敵をいかにして完全に排除するかという冷酷な計算だけだ。


「嘘をおっしゃい! 接点すら乏しいあなたに、父を殺す動機など万に一つも存在しませんわ! その不自然な沈黙、誰を庇っているのかしら?」


「……随分と余裕がないな。こんな王都近くの屋敷に、横領した資金の帳簿を隠し持っているから、他人の影に怯えることになる」


「なっ……! なぜ、この屋敷に帳簿があると……っ!」


 己の失言に気づいたカスラッテは、反射的に口を塞いだ。


(……やはりな。図星か)


 ただの鎌かけだったが、彼女の過剰な反応がすべてを物語っていた。

 この女は狡猾だが、自身の優位を確信した途端に足元が疎かになる悪癖があるな。


「チッ……忌々しい野良犬ですこと。後は、専門家に委ねますわ。

 そういえば、あのお父様の御者は一日ともたずに『壊れて』しまいましたの。

 ……騎士団長ともあろうお方が、それより早く音を上げるなんて無様な真似、なさいませんわよね?」


 カスラッテは、嘲笑いながら扇で顔を隠し踵を返した。


「わたくしは王宮へ戻ります。……王誕祭の準備で、忙しい身ですのでね」


 バタン、と重い鉄の扉が閉ざされ、地下牢に静寂が戻る。


(……王誕祭で、何かを仕掛けるつもりだな)


   ◇ ◇ ◇


【エリス視点】


 数刻後。王宮の回廊。


 私は、四方八方から飛び交う貴族たちの悪意の雑音に耐えながら、足早に歩を進めていた。


 レオン様のおかげで心は折れていないが、やはりこの場所は息が詰まる。


 その時、前方から豪華な衣装に身を包んだ男女が歩いてくるのが見えた。


 第一王子ダストンと、彼の婚約者であるカスラッテ伯爵令嬢だ。


 私は壁際に寄り、深く頭を下げて彼らが通り過ぎるのを待った。


 ダストン王子は『沈黙の王子』と呼ばれている。

 整った顔立ちで口数が少なく、そのミステリアスな雰囲気に惹かれる令嬢も多いと聞く。


 しかし、私の耳には、彼の心の奥底から響く『声』がはっきりと聞こえていた。


(あー、お腹すいてイライラするな。肉が喰いてー。早くお昼寝したいなー)


「…………え?」


 私は思わず顔を上げそうになり、必死に俯いたまま目を丸くした。


 ダストン王子の思考は、空腹による無邪気な悪意だ。ただただ、幼児のように純粋な食欲と睡眠欲だけが垂れ流されている。

 彼は、表面上の沈黙だけで、この国のことなど何も考えてはいなかったのだ。


 その隣を歩くカスラッテからは、それとは対極の、ドス黒いヘドロのような悪意の轟音が響いてきた。


(この愚図……見た目だけは良いのに、頭の中身は本当に空っぽね。まあ、操り人形としては逸材なのよね)


 彼女の心の声は、醜い優越感と共に、さらに恐ろしい計画を紡ぎ出していく。


(今夜の王誕祭……あの忌々しい第二王子の料理に毒を盛り、国王もろとも始末して差し上げますわ。そうすれば、この愚図が王位を継ぎ、わたくしがこの国の全てを支配できる……っ!)


 ドクン、と私の心臓が大きく跳ねた。


 国王毒殺計画。

 しかも、レオン様の手料理を利用して罪を着せるという、悪逆非道な企み。


(ふふふ……内通者の侍女の準備も万全。あとは夜まで待つだけですわ)


 カスラッテたちが通り過ぎた後、私はその場にへたり込みそうになるのを必死に堪えた。


   ◇ ◇ ◇


「レオン様っ!!」


 王子専用厨房で、誕生祭の仕込みをしていたレオン様の元へ、私は息を切らして飛び込んだ。


「どうしたんだ、エリス!? そんなに落ち着いて、用もないのに話しかけるな!」

(訳:どうしたんだ、エリス!? そんなに慌てて、何かあったのか!?)


 乱暴な言葉とは裏腹に、彼から伝わってくるのは一切の悪意がない、温かく澄み切った無音の気遣い。


 その静寂に触れた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が少しだけ緩み、視界が滲んだ。


 私は彼の手をぎゅっと握りしめ、真っ直ぐに青い瞳を見つめ返した。


「……レオン様。どうか、驚かずに聞いてください。私には、他人の『悪意ある心の声』が聞こえる体質があるのです」


 私は、カスラッテと第一王子が企てている、恐ろしい国王毒殺計画の全容を、すべて彼に打ち明けた。


 レオン様は目を見開き、持っていた包丁を床に取り落とした。


 甲高い音を立てて転がる刃物を意に介さず、彼は――


「……それがどうした? そんなありふれた話、誰にも聞かせる価値はない。今まで気づかずにいられて、せいせいしたよ」

(訳:なんだって……? そんな過酷な運命を一人で背負っていたのか。今まで気づけなくて、本当にすまない……っ!)


 彼は顔を歪め、震える手で私を強く抱きしめた。

 呪いの言葉に乗せて吐き出される、痛いほどの優しさと後悔。


「信じてくださって、ありがとうございます。……レオン様、一緒に戦ってくださいますか?」


「決まっているだろう! お前ら全員、俺が地獄へ突き落としてやる!」

(訳:俺が必ず、君と父上を守り抜く。一緒にこの危機を乗り越えよう!)


 力強い宣告と共に、彼の心の中に揺るぎない覚悟の炎が灯るのを感じた。


 温かい静寂を守るための、反撃の狼煙が上がったのだ。

悪意を看破し、ついに二人が手を取り合いました。

温かい静寂を守るための反撃が、今ここから始まります。


お読みいただきありがとうございます。

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