第2話「超常現象の脅威に満ちた世界」
秋水が転生して思ったコト。
少年漫画みたいな現代伝奇バトル世界で、厨二能力を手にして思ったコト。
この世には人間を脅かすバケモノが存在して、そんなバケモノと戦う組織まであると知って思ったコト。
それは、「日常回が好きだ」である。
本編のシリアスで激アツな戦闘展開も良いけれど。
その隙間で癒しを与えてくれる日常回。
キャラとキャラが時にしょうもないギャグシーンを演じ。
可愛いヒロインたちが、甘酸っぱくもいじらしいラブコメディを挟んで。
シリアスになりがちなバトル展開のある作品だからこそ、それは異常なまでに魅力的に輝く平和な日常。
例えば、たまにはキャラたちが美味しいものを食べているだけのご褒美グルメ回でもいい。
ドキッとするようなデート回、海に水着にカフェに水族館、動物園や遊園地での関係性の進展なんて最高だ。
秋水はそういうのが好きだった。
十代の時、ハマった作品の二次創作を漁るときは、決まって学パロものを検索して巡回した。
なぜなら、少年漫画に出てくる女の子はとても可愛いからだ。
メインヒロインに限らず、サブヒロイン、モブヒロイン全般的に。
秋水は世の大半の男子がそうであるように、可愛い女の子たちが見せる笑顔が好きだった。
少年から青年に成長する過程では、燃えゲーの美少女ヒロインたちにも焦がれるものを覚えた。
学パロみたいな青春と日常を、自分も経験できたら良いのにな。
何度かそんなふうに、益体もない妄想に耽ったこともモチロン一度や二度じゃない。
社会人になってからは、あいにく、そんな暇も少なくなって美味い食事と丁寧な暮らし、ちょっとリッチなQOLに憧れを持つようになったが。
もしも。
もしも、そんな暮らしを自分が実現して。
隣には可愛い異性がいてくれたら。
二次創作みたいな妄想が現実になったなら。
……それって、最高のやつなんじゃないのか?
最強の矛と最強の盾で。
どちらがより強いのかを議論するより。
ふたつを同時に装備して、愛するものを守る。
それと同じくらいに、最高の展開、だったりするんじゃないのか? と。
秋水は思った。
で、じゃあそんな自分に、実力はあるんだろうか?
人間を襲うバケモノがいる世界で、自分の身を守るのは当然、誰かの日常さえも守れるほどの実力が。
果たして、この身に備わっているのだろうか? と。
もしくは、これからこの身に、修めるコトができるのだろうか? と。
秋水は自問した。
老爺が撃ち放つ拳銃の弾丸に、何度も頬や素膚を焼き裂かれながら。
熱くなった傷口から流れ出る血潮が、痛みよりも熱い何かを内側に問い質し。
「オマエに出来るのか」
「……」
「オマエに出来るのか、と訊いている」
「できます」
言葉とは裏腹に、「いや、やっぱり無理かもしれないな」とか考えつつ。
けれど視界の端で、赤熱化した鉛がテールランプのように流れて行くので。
いつも結局は、同じ想いにたどり着いた。
すなわち。
──ああ、もちろん。
実力はある。
秋水に実力はある。
そういうコトにした。
そういうコトになれば、勝てると自信を与えてくれる指標があった。
なのでさっさと、修行編を終えてデザートのような理想郷に向かいたい。
日常回とは言わず、延々と続く日常編を。
青墨秋水は戦いの内に渇望していた。
修行をすれば強くなる。これバトル作品の常識なり。
だったら、例えそれがどんなに過酷だろうと、為すべきを粛々に為すだけだと。
「鬼め」
老爺のドアップが、夢をそこで遮断した。
「最悪すぎる」
「何がですの?」
翌日の朝だった。
秋水はベッドの上で、白目を剥きながら上体を起こした。
あまり寝覚めのいい朝とは言えない。
理由はふたつ。
ひとつは夢のなかで、死人に虐待された過去の記憶が再生されたため。
もうひとつは、妹がキョトンとした声音で、コアラのように秋水に抱き着いていたため。
夏も近いというのに、なんて暑苦しい。
悪夢の原因は、間違いなくこのコアラのせいだった。
「……おはよう、夏乃」
「はい、おはようございます。お兄様」
「何をしてるんだ?」
「心音を聞いております」
「コアラになってか」
「まあ。コアラのように愛らしいと?」
「いつからそうしてる?」
「お兄様がグッスリお休みになられてからですわ」
「怖い」
秋水の昨夜の就寝時間は、二十二時半である。
目蓋を下ろして、そこから実際に意識を失うまでのタイムラグを考えても、朝までの時間は優に六時間を超える。
その間ずっと心音を聞かれていたのかと思うと、秋水は妹の将来を案じずにはいられなかった。
身だしなみを整えていないパジャマ姿の妹は、長い黒髪もあってオバケのようにも見える。
サダコアラナツノ。
「夏乃ももう、十六歳の女子高生だろう」
「ええ。そろそろ立派なレディの仲間入りですわね」
「立派なレディは兄の胸板にヨダレを垂らさない」
「えっ!?」
まさか、と言う顔でガバリと離れるコアラ妹。
その隙をついて、秋水はベッドからスルリと抜け出す。
「あっ! 嘘をつきましたわねお兄様!?」
「俺はユーカリの葉じゃないんだ」
「そんなことはありません。夏乃がコアラでしたら、お兄様はユーカリの葉です。絶対にしゃぶりつきますわ」
「オマエは何を言ってる……?」
さては寝ていないため、頭がおかしくなっているんだろうと。
秋水は純粋に怖がりながら、眼がギンギンのコアラ妹から一歩離れた。
……まぁ、昨日は身内の葬儀があったばかりである。
青墨家は今や秋水と夏乃の二人だけ。
それを思えば、妹が寂しさをこじらせて兄に甘えに来るのも、仕方がないのかもしれない。
昨日は結構な肉料理に食指を伸ばしていたが。
夏乃も秋水も、肉体年齢的に食べ盛りなので「それはそれ、これはこれ」だろう。
兄として寛容な態度で受け流すコトにした。
老爺のドアップはなかなかにキツかったが、相手はすでに死人である。
もはや秋水を縛りはしない。
鬼? どっちがだろう……
「朝だな」
「? ええ、朝ですわ」
ともあれ。
新しい生活の始まり。
今日から本格的に、秋水は待望のスローライフを開始する。
初っ端から出鼻を挫かれるのも何なので、まずは優雅なブレックファストと洒落込みたかった。
青墨邸の朝は、兄と妹で対照的だ。
洗顔等を済ませると、まず秋水は二人分の朝食作りを始める。
と言っても、秋水の分に関しては大したコトは無い。
一階の台所に移動して、週に一度冷凍の作り置きをしているご飯をレンジで解凍する間。
納豆や生卵、カットネギを冷蔵庫から出しておき、チンと音が鳴ったら卵かけ納豆ご飯を作る。
質素と思われるかもしれないが、しかし、食材はどれもスーパーで買えるラインナップのなかでも、少しだけお高めなものをチョイスしているため満足度は高い。
醤油もプラスチックのボトルに入っているやつではなく、紙パックに入っている容量少なめお値段高めのもの。
そして、そこまで準備が出来たら、今度は妹の分を調理開始。
夏乃は秋水と違い朝は洋食派のため、トースターで食パンを焼きながら、バターを溶かしたフライパンでサニーサイドアップの目玉焼きを作る。
火加減は弱火。
途中で水を少し入れて、蓋で蒸し焼きにすれば簡単だ。
蒸し焼きにしているあいだ、サニーレタスとベビーリーフ、紫玉ねぎやらタコとエビやらのサラダを小鉢に盛る。
こまっしゃくれた代物だと思うが、洋食の彩りにサラダは欠かせない。
ついでに麦茶と紅茶も淹れて、冷蔵庫から二人分のギリシャヨーグルトをガラスの器によそう。
朝は和食派の秋水だが、こと甘味に関しては洋菓子派。
ギリシャヨーグルトには冷凍のブルーベリーも盛り付け、仕上げに完全栄養食プロテインを三十グラムずつ混ぜる。
味はそれぞれ、秋水がヨーグルト味で夏乃がミックスベリー味だ。
伝奇術師は身体が資本なので、朝からしっかりタンパク質を摂らなければいけない。
それに調理時間と栄養バランスのコスパを考えると、現代でプロテインとか多少のサプリメントは必要不可欠だと思う秋水である。
目玉焼きが半熟で仕上がった。
トースターから程よく芳ばしさを香らせる食パンを取り出し、お皿の上で目玉焼きをオン。
味付けは日によって妹の気分が異なるため、テーブルに黒胡椒、醤油、マヨネーズ、塩、ケチャップを置いておけばいい。
ここまでで、ザッと三十分ほどが経過する。
で、秋水が居間に食器を並べ終えるか、並べている途中あたりになると。
浴室からシャワーを終えた夏乃が、「お兄様ー!」とデッカイ声を出す。
なので、スタスタと妹のもとに向かう秋水。
脱衣所の鏡の前では、肌着姿で髪を濡らしたままの夏乃。
手にはドライヤーが握られ、無言のままにそれを差し出される。
「もう少し早く出てきてくれれば、ぬるくならない内に食べられるんだぞ」
「じゃあ、急いで乾かしてくださいな」
「丁寧にやらないと、怒るのにか……?」
「乙女の髪ですわよ?」
ムフー! と。
秋水がドライヤーを受け取って温風をかけ始めると、妹は満足そうに携帯端末をいじり始める。
動画配信アプリを開いて、若い女の子のあいだで流行りのラブソングを流し、ドライヤーの音に負けないくらいの大音量も流す。
歌はダークな世界観で、彼氏にフラれた女の子が「あなたに髪を梳かしてもらった日から、わたしは狂わされちゃったんだ」などと心情を謳う歌詞が、妙に耳に残るものだ。
理由は知らないが、夏乃は秋水に髪を乾かしてもらうとき、常にこの曲をかける。
今どきだなぁ、と秋水は聞き流す。
そうして髪を乾かし終えると、夏乃は「着替えてきますわ!」と自室に駆け上がって行くので。
特に急ぐ必要もない秋水は、居間に戻ってようやく一息を吐く。
時刻は七時十分前。
ニュースアプリで天気のチェックを済ませると、制服姿になったJK妹が“しゃららん……”と現れる。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言うが。
近頃の妹は、日毎に刮目に値する成長ぶりだった。
校則に反しない範囲でのメイク技術や、身だしなみなどの腕前含めて。速度が違う。
「今朝も美味しそうですわ。お兄様、いつもありがとうございます」
「ん」
サダコアラが良家の子女に様変わり。
変身ぶりに頷きながら、秋水は「食べるか」とアプリを閉じた。
一人暮らしと自炊に慣れていれば、まぁ、この程度の準備は手間でも無い。
だが夏乃は、いつも決まって感謝の言葉を口にする。
甘え上手なのに、妙なところで律儀な妹だと秋水は思う。
それが夏乃の美点だとも思いながら、ふたりはようやくそこで席に着いて食事を開始するのだ。
兄は比較的にゆったりと。
妹は外見や口調とは裏腹に、ちょっと忙しなく。
と言うのも、これは二人の社会性に起因している。
端的に言えば、朝にちゃんと学校に行くか行かないかの差だ。
秋水は今世において、もはやアウトローの道を決め込んでいる。
真面目に登校しないし、最低限卒業資格が得られるくらいの成績しか取るつもりが無い。
大学に入るかは考え中だが、それも高校に入学した理由と同じで、〝その環境下でしか味わえない青春〟をワンチャン楽しもうと狙っているだけ。
でなければ、授業とかまったく受けられる気がしない。
一方で、夏乃はそのあたりが違う。
夏乃は青墨秋水の妹、という立場と属性をドヤ顔で満喫したい。
学校の友だちや伝奇術師の先輩後輩に、「お願いだからお兄さんに挨拶させて」などと頼まれる状況を、心から心地よく思っている。
その嘆願を適当な理由をつけて断るのも、気持ちがいい。
だって縁談とか早すぎるし。
ついでに、祖父も兄も夏乃目線では戦闘キチなところがあるので。
青墨家唯一の良識人として、一般的な価値観や教養を人一倍身につける考えがあった。
そんなワケで、二人の朝は対照的だ。
「いってきますわー!」
「いってらしゃい、気をつけて」
食事を終えて間もなくすると、夏乃が元気に玄関を出ていく。
秋水は食器の後片付けをして、ロボット掃除機の電源を入れる。
最近になって、秋水は家事の手間を減らすために家電の入れ替えを行っていた。
洗濯機はドラム式にして乾燥機能付きのものに変え、掃除機は丸っこいオートステーションタイプにしてみた。
しかし、自動掃除機のほうはまだまだセンサー機能に難があるのか。
床に物を置きがちな生活スタイルでは、手動のほうが効率的だったかもしれない。
痒いところに手が届かないもどかしさを感じて、なんだかんだでクイックルさんにも頼らなければいけなかった。
「家事代行サービスでも使ってみるかな……」
秋水は思案するが、しかし、意外と小金持ちなので他人を自宅に入れるコトに抵抗がある。
また、自分はともかく思春期の夏乃は嫌がるかもしれないなと、どうにも踏ん切りがつかない。
なので、いつも思ってしまう。
「──ブラウニーとかコロボックルとか、家事妖精のA.N.O.M.A.L.Y.でも捕獲できればな」
あいにく、そんな都合のいいA.N.O.M.A.L.Y.が出たという話は、汐坐ではまったく聞かないのだが。
イギリスや東北地方ではあるらしいので、いっそ旅行がてらに、出張依頼でも引き受けようか? と思案する毎度この時間帯だった。
なお、この考え事はクイックルさんを使い終わると、毎度秒速で消失する。
今の秋水にとって、時間は多い。
ちょっとした贅沢を楽しむだけのお金もある。
日常の小さな不満は、喉元過ぎれば有り余る〝余裕〟に呑み込まれて攫われていく。
……もっとも、老爺は遺産を残さなかった。
秋水と夏乃の祖父は、自らが伝奇術師として稼いだお金を、ほとんど武器やらの購入にアテていた。
もちろん非合法だ。
そして残りの大半は、A.N.O.M.A.L.Y.の被害者たちを援助する組合などに寄付していた。
夏乃の学費さえ、残されてはいなかった。
──オマエがいれば、青墨は問題ない。
「実際、その通りではありましたけどね」
やはりそれを、秋水は肉親のやるコトだとは思えない。
肩をすくめ、鼻を鳴らしてしまう。
死人に文句を言っても仕方が無いので、すぐに気を取り直すが。
「今朝の家事は、こんなものかな……」
今の秋水は、本当に自由だ。
前世で手に入れられなかったもの。
時間とお金を、少なくとも真っ当なサラリーマン水準よりかは潤沢に持ち合わせ。
若さまで取り戻した。
ここまで揃えば、もはやある程度満足してしまっても不思議じゃない。
けれど。
「…………」
けれども。
現状の秋水は、満たされていない。
他人から見れば、充分にズルをして経済的な贅沢を叶えているのに。
やはり三つ子の魂は百まで、なのか。
老爺亡き後も、秋水が手にした幸せは〝ひとりで楽しめるものの延長線上〟でしかなかった。
やっているコトが、ちょっとお金に余裕の出てきた三十代独り身の男と変わらないのだ。
「俺はこのままじゃ……」
蕎麦を打ち始め、カレーにこだわり、自宅でラーメンのチャーシューを作り始めてしまう……かもしれない。
家電を入れ替えるとき、大してスペックに詳しくもないのに、ハイエンドモデルばかり買いたくなってしまった。
これは傾向だ。
そう、すでに傾向があるのだ。
電気圧力鍋など、ホテルのビュッフェや給食の配膳台の上でしか見た事ないような、業務用に近いものを欲しいと思ってしまっている。
だって大容量だし、たくさん作れるし、ゴテゴテしていて頑丈そうで凄く頼り甲斐があって、何かあった時に便利そうだし……
「──ハッ」
マズイ。
このままでは完全に、秋水は異常独身男性、になってしまうだろう。
異常独身男性、に。
脳内の妹、イマジナリーナツノに絶叫される未来が見える。
──クソ邪魔ですわー!
「ぐぅ……!」
たしかに、そうだ。
そして、ありがとうと脳内妹に感謝する。
脳内妹をシミュレーションできた自分の理性にも、サムズアップを送る。
まだだ。
こうやって客観的に物事を判断できるうちは、まだ予備軍のはずだ。
そうとも。
秋水はまだまだ、予備軍。
神妙にかぶりを振った。
三回も自分に言い聞かせなければならない事実に、若干眉間のシワを濃くしながらも。
問題点は明確だったので、ふぅ、と腰に手を置いて息を吐いた。
──なにがイケナイって。
「どう考えても、ソロ活なのがよくないよな……」
ソロ活を強いて来た老爺がよくない。
秋水は結構、強い。
汐坐の伝奇術師のなかじゃ、正直、筆頭なんて呼ばれるくらいには強くなった。
たとえば──
午前十時半頃。
身支度を済ませた秋水は、携帯端末の通知に従って駅の路線に向かう。
わざわざ玄関を開け閉めする必要もないので、鍵は持ち歩いていない。
汐坐市は広い。
地理的な特徴を説明すると、首都圏北西部あたりの丘陵地帯から、間に河川、台地、市街地などを挟んで、南東の半島や湾岸までをまるっと一つの“市”扱いしている。
世界が改変された結果だ。
日本の一部地理名は、A.N.O.M.A.L.Y.が存在する歴史によって、見知らぬものに変わっている。
秋水が知る限りではあるけれど、汐坐市なんて市は以前の日本には無かっただろう。
だが現在、秋水が暮らしているのは汐坐という名前の街だし、駅にも汐坐と名前のつくものが多い。
北汐坐駅から伸びた電車の路線。
都市部からは離れた少々田舎臭いそこは、梅雨の時期もあってか日本人の心の原風景。
ノスタルジーを微かに刺激した。
ジメジメとした土の匂い。
水色と薄桃色の紫陽花。
傘を差して歩く秋水の耳には、路線に並行して生い茂る草むらからカエルの鳴き声も届いた。
平日の昼前である。
天気も悪い。
周囲に人気は無く、あたりは霧のような雨粒のヴェールに包まれていた。
しかしながら、秋水が少し歩いていくと、次第に異常な光景が視界に入ってくる。
真っ赤な踏み切り。
「テケ テケ」
「 テケ、テケ……?」
「テテて ケ テケテ」
怪異が蠢く。
それらは穴の空いたアスファルトに、真っ赤な水たまりを作り。
腕だけで、踏み切りのそばを這いずっていた。
携帯端末には、つい最近、この踏み切り内で人身事故が起こったと情報が添えられている。
悲劇的な事件や事故が起こった場所では、物語が生まれやすい。
人々の声と耳目が集まりやすい。
そのため、時にはこうして都市伝説の鋳型を使って、A.N.O.M.A.L.Y.が発生する。
なお、コイツらはべつに死者の霊だとか怨霊ではない。
そういうA.N.O.M.A.L.Y.もいる事にはいるが、今回のは事前に通知されている被害者情報と数も特徴も合わなかった。
そのため、強いて言えば情報災害のようなものだ。
「グロいなぁ」
「──テケ」
「テケテケテケ!」
「テケtッ……!?」
「〝カン〟」
燃やす。
すると、怪談テケテケは雨のなかでも勢いよく燃えた。
秋水の術式とは、情報強度が違うのだ。
しかし、三体いた内の一体が直前で危険を察知し、ゴキブリのような動きで不動明王の焔を回避する。
その速度はまさに、小学六年生が本気で投げるドッヂボールくらいだ。
油断をすれば組み付かれ、腹を抉られ胴を引き裂かれる。
が、秋水の術式はあくまで倶利伽羅剣。
「テ──ケ……」
「はい、おしまい」
物質化させた日本刀(黒剣)で普通に斬り捨て、事なきを得る。
報酬は危険度に応じて比例するため、今回の場合は二〜三万円程度だろうか。
「卒塔婆祈角に比べると、だいぶしょっぱい」
引かれる税金も考えると、普通に小遣い程度だ。
とはいえ、普通に考えれば十分過ぎるほどにこれもバケモノ。
新米の伝奇術師は苦戦するとも聞くので、自分のときはどうだったかなー? と秋水は記憶を遡ろうとして例のドアップだったのでやめた。
報酬と言えば、昨日の鳶瀬山の件がどちらかといえばイレギュラーだ。
「次は……げ、山界歩きか」
噂をすればなんとやら。
傘を差したままで、秋水は続いて鳶瀬山に向かった。
午前十一時前。
向かった先は、千祠の森とはべつの禁足地。
A.N.O.M.A.L.Y.には自然信仰や土着特有の神も含まれる。
いわゆる、ヌシと呼ばれる獣が土地神と化して異界を作りもする。
携帯端末には、『松の木が生えたゾンビ』の目撃情報が画像付きで添えられていた。
「って、コイツら昨日の大学生の仲間かな……?」
チャラチャラとした服装の男たち。
いまやその肌は松皮に変わり、眼窩からはダークグリーンの葉っぱが茂った枝が飛び出る。
松界主を怒らせると、人間はこうなる。
そして、眷属化された人間は接触によって親の異界を拡大しようとする。
分かりやすく言うと、松の木ゾンビに触られると自分も松の木になる。
「ウボォぁぁ……」
「森林火災には重々気をつけないとな……」
相手は死者だ。
火葬をして弔うつもりで、彼岸へ送り届ける。
ちなみに、人間が土地神の眷属を消滅させたところで、当のA.N.O.M.A.L.Y.は別段怒らない。
それもまた自然の摂理だと考えているのか。
あるいは、最初から本気で異界の拡大を狙っているワケでもないのか。
秋水は念のため松界主の様子を見ておく。
異界の深部に足を進めると、小山のように立派な体躯のイノシシ神がいて。
イノシシ神は背中から、松の木や松茸などを生やしている。
牙もしっかり松化しているので、一眼で尋常の生物ではないと分かる姿だ。
イノシシ神は秋水をチラリと見ると、特に興味も示さずノソノソと歩き始める。
「なんだ、移動するのか……?」
「…………」
返事は当然無いが、もしかすると山の神なりに火気を嫌ったのかもしれない。
どことなく迷惑だと睨まれたような気がしたが、しばらくすると松界主の踏みしめた足跡から植物が生っていく。
カラカラになった松ぼっくりも大量に落として、イノシシ神は姿を消した。
後に残されたのは、松の若木と松茸。
「季節じゃないが、美味そうだ」
秋水は何となく「これやるから帰れ」と言われた気がして、松茸を回収する。
実を言うと、山界歩きの退治依頼があるときは、毎度このようにして山の幸を期待している。
しかし、秋水以外の術師が同じように依頼をこなそうとすると、痛ましいことにゾンビの仲間入りをするケースも多いそうだ。
ただ、たまに遭難者が松茸を食べて飢えをしのぎ、自力で下山するなんて話も耳にするので、何かしらの禁が条件なんだろうと秋水は思う。
報酬は四〜十万円前後。
ウォーカー系は市街地に降りると甚大な被害を出しかねないので、結構割高に設定されている。
午前十一時半過ぎ。
場所は鳶瀬山から変わって、渓谷から流れる北汐坐町の川岸。
水辺は古来より呪術的な意味を持つ。
水難事故も起こり得るので、夏を目前に控えたレジャー施設ではA.N.O.M.A.L.Y.が出やすい。
水死者の手。
水底より手招く溺死への誘い。
秋水の術式とは相性が悪い、と思われるかもしれないが。
そのへんは応用が効くので問題無い。
不動明王の倶利伽羅剣は、弘法大使・空海が唐から持ち帰った密教と深い関連を持つ。
そして伝承において、倶利伽羅剣には漆黒の龍が巻きつくとされていて、龍王や龍神は東洋では水と縁深い。
空海には雨乞いの祈祷で、龍を呼び寄せた逸話もある。
したがって、
「〝灑水龍索・倶利伽羅龍王剣〟」
「〝──!?〟」
水怪と化し、蛇のように秋水へ巻きつき水底に引き摺り込もうとしたA.N.O.M.A.L.Y.は、水難祓いの咒式によって斬り裂かれた。
「抜けば玉散る氷の刃ってのは、原典が違うか」
南総里見八犬伝に伝わる妖刀村雨。
それに似た流水の剣を操って、秋水は淡々とレジャー施設を後にする。
傘は一度も手放すコトが無かった。
報酬は三万円未満。
時刻は十二時前だった。
つまり秋水は午前中だけで、三つもの依頼を片付けた形になる。
「……普通、これだけの活躍をしてたら、嫌でも人に囲まれるものだと思うんだよな」
トボトボと帰路に着きながら、秋水は敢えてしばらく徒歩を楽しむ。
たしかな実績。
加えて、筆頭という立場と肩書き。
組織に属する人間なら、本来、それなりの人間関係を自ずと構築しているものだろう。
だが秋水は、普通とは違う環境に身を置いていた。
青墨秋蔵──つまり、先代の筆頭の厳命によって、汐坐の伝奇術師協会には不文律が敷かれているのだ。
──汐坐の術師は、まず筆頭の出動を待機してから動くべし。
──青墨秋水はひとりでいい。誰とも組ませるな。
──許可なく近づいたものは覚悟せよ。
「孫息子をどれだけ、自分の後継に据えたかったのやら……」
筆頭の座のコトではない。
修羅という意味での後継だ。
老爺は刀を砥ぐように、秋水を孤軍奮闘の窮地に追い込みたがった。
その意図は、無論、修行の一環だろう。
しかし、秋水が十四歳になったあたりからは、そんな修行もほとんど意味を持たなかったはずだ。
秋水は強かった。
にもかかわらず、寿命を迎えるまでソロ活を強制したのは、孫息子を徹底的に歯車に変えるためだったかもしれない。
治安維持装置。
平和機構。
A.N.O.M.A.L.Y.と戦うだけの部品。
もっとも、そんな目論見は叶えてやらなかったし、最後に垣間見た縁側での笑顔を振り返ると、どんな真相があったかは分からない。
あの青墨秋蔵が、A.N.O.M.A.L.Y.となってよみがえるはずもなく。
とにかく、目下一番大事な問題なのは──
「死人が敷いた不文律は、もう破られてもいいんじゃないか……?」
A.N.O.M.A.L.Y.はその性質として、時間経過で強大になりやすい。
これはこの世の物語が、認知度や歴史によってどれだけ人々に影響を与えているかを鑑みれば、分かりやすいだろう。
ほとんどそれと同等の理由で、A.N.O.M.A.L.Y.は不滅性を誇っていくためだ。
つまり、有害なA.N.O.M.A.L.Y.は初動で潰したほうがイロイロ楽であり、無駄な静観や様子見はかえって人間側のデメリットになる。
秋水は禹歩によって瞬間移動が出来るので、携帯端末に連絡が入れば基本的に即時対応が可能だ。
入浴時やトイレにいるとかではない限り、大抵五分以内には現場へ急行できる。
そして、幸か不幸か単身でA.N.O.M.A.L.Y.を倒せてしまうコトが多いので、べつに誰かと組む必要性は感じていない。
汐坐市のA.N.O.M.A.L.Y.は、今後も基本的に秋水が片付ければいいと考えている。
──では、現状の何を変えたがっているのか?
それは男の、切なげな独り言に十分に詰まっていた。
「彼女が欲しい……」
満たされない空虚さを埋めるため。
優しく、朗らかで、且つ柔らかな癒しを求めて。
秋水は異性を欲していた。
異性との繋がりに飢えていた。
気がつくとその欲求は携帯端末を操り、協会に向けてひとつのメッセージを送信するに至っていた。
〝結婚を前提に、男女交際可能な方を探しています〟
秋水は現在年齢は十七歳だが、中身は三十歳。
結婚を視野に入れた恋人探しが、もはや当然の選択肢だった。
なお、このメッセージが汐坐の伝奇術師協会に激震をもたらすコトを、この時の秋水は予想さえしていなかった。
本人にあったのはただ、朴訥なまでの「彼女が欲しい」それだけ。
世界はA.N.O.M.A.L.Y.の脅威に抗うため、術師と術師の結婚を奨励している。
だから、協会が担っている結婚相談所的な役割を、秋水は試しに使ってみたに過ぎない。
決して、汐坐市内の伝奇術師界隈に大激震を迸らせるつもりはなかった。
──だが、その軽率さが必然的に妹の逆鱗に触れた!
「バカな!? お兄様!?」
汐坐の男性伝奇術師は、一世代前の大事件のせいで非常に数が少ない。
そのため、登録済みの伝奇術師がアプリ内で結婚相談を行うと、自動で女性術師(こちらも登録済み)に周知が行われる。
ピコン! 新しい会員が登録されました!
「夏乃ちゃん様が動揺してらっしゃるわ!」
「これは本物なのね!?」
「繰り返す! ニセではないわ!」
「っ、しまいましたわ……!」
和やかなお昼の休憩時間に、青墨夏乃は教室で携帯端末を片手に歯軋りする。
すでに一部の掲示板では、大量のお祭り騒ぎが始まっていた。
【朗報】青墨秋水婚活を開始【勝つのは私だ】
【祝】我らが筆頭、恋人を欲しがる【私以外は下がれ】
【緊急速報】名乗りを上げるならいまか!?【ネット大荒れ】
【筆頭彼女募集中】退魔四家が動き出す模様【暗闘開始か】
【本日の妹様】ご乱心【ガセではないらしい】
【牽制】すでに協会にマッチング希望のアクセス集中【鯖落ち間近】
【本日の秋水様】傘を差したまま無双される【相変わらず最高すぎる】
【悲報】汐坐の女術師はしゃぐ【BBAは身の程を知れ】
【悲報】汐坐の小娘ども早くも思い上がる【筆頭は絶対姉萌えで歳上好きだもん】
「キイィィっ!」
少女の周りでは、級友や先輩後輩複数の女子が大騒ぎを開始する。
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tips
◆テケテケ(怪談)|脅威レベル2
都市伝説を鋳型に発生した情報災害系A.N.O.M.A.L.Y.の一種。
駅や路線、踏み切りにおいて発生頻度が高い。
冬場はさらに頻度が高くなり、数を増すと異界化の可能性あり。
術師殺害率:40%
◆松界主|脅威レベル4
自然信仰環境型土地神系A.N.O.M.A.L.Y.の一種。
汐坐市北汐坐町鳶瀬山に異界領域展開。禁足地指定。
自然秩序を乱す存在を松の木ゾンビに変えるなどして祟る。
山のヌシであるイノシシ神。
恵んでくれる松茸は美味しい。
術師殺害率:70%
◆水死者の手|脅威レベル1
水難水怪水魔系A.N.O.M.A.L.Y.の一種。
川や海、プールなど人が命を落としかねない水辺に発生する。
霊感が高い者が囚われやすい。
術師殺害率:20%




