番外【年明けの朝礼】
登場人物
社長:黒田 翔
愛人:白川 玲奈
社員:岡本さん
社員A/B/C
年明け最初の朝礼は、
いつもより空気が重かった。
寒さのせいではない。
みんな、なんとなく予感していたのだ。
社長は珍しく背筋を伸ばし、
原稿も見ずに話し始めた。
「本日は皆さんにご報告があります。」
ここまでは、よくある前置きだった。
「私事ですが――
白川さんにも新たな命を授かり、
七月に出産予定となりました。」
一瞬、会議室が静止する。
……白川さん?
視線が、無意識に岡本さんへ流れ…
岡本さんは、五月の出産予定で、
まだ、発表されていない話だったが。
社長は続ける。
「私生活を含めて、
第二の人生を、全力で頑張っていきます。
2026年は、新たな挑戦の年にします。」
誰も拍手しなかった。
拍手を求められているのかどうかも、わからなかった。
朝礼が終わると、囁き声が連鎖する。
「……名前、間違ってない?」
「岡本さんじゃなかった?」
「七月って言ったよね」
「じゃあ、白川さんって……」
答えは、誰もが知っていた。
ただ、口に出さなかっただけだ。
昼休み、コピー機の前で誰かが言った。
社員A「社長、離婚したんだよね?」
社員B「去年したって聞いたけど……多分」
社員C「離婚成立のその日、
黒田一家と、白川さんで食事をしていたらしい。
お祝いに」
社員A「うそでしょ……」
誰も驚かなかった。
驚くには、もう色々と見すぎていた。
後から分かったことは、こうだ。
離婚の調整が続く一方で、
別の人生は、先に進んでいた。
そして、順番を整理する前に、命の方が先にやってきた。
社長は、順序を間違えたわけではない。
ただ、都合のいい順番で話しただけだった。
岡本さんは、その日も普通に仕事をしていた。
まだ誰にも言っていない。
言うつもりがなかったわけではない。
ただ、言う前に、別の命のほうが先に「報告」された。
夕方、少し顔色が悪いことに気づいた人はいた。
それでも、誰も声をかけなかった。
声をかけた瞬間、
「会社がまだ承認していない出来事」に
触れてしまう気がしたからだ。
岡本さんはその日定時で、静かに席を立った。
この会社では、
人生にも、順番がある。




