第3話「6ピタ退勤」
登場人物
社長:黒田 翔
愛人:白川 玲奈
社員A
社員B
平日の社内は、常に戦場だ。
電話は鳴り止まず、チャットは赤く光り、
プリンターは息つく暇もなく紙を吐き出している。
明日は三百個、緊急出荷。
しかも――全数検品。
社員Aはテープを貼りながら、すでに無の境地に入っていた。
社員Bはチェックリストを握りしめ、数字を追うだけの機械と化している。
「これ、今日中に終わるんですかね……」
Aが呟くと、
Bは返事の代わりに深くため息をついた。
終わるかどうか、ではない。
終わらせる前提なのだ。
時計は、容赦なく進む。
十七時四十分。
十七時五十分。
――そして、十八時ちょうど。
社長室のドアが、まるで合図のように開いた。
黒田翔が腕時計をちらりと見て、軽く肩を回す。
そのすぐ後ろに、白川玲奈。
二人とも、運動用バッグを持っている。
社長は忙しそうな現場を一瞥し、
どこか他人事のように、柔らかく言った。
社長「大変そうですね」
社員全員の手が、一瞬止まる。
社長「それでは――戸締り、お願いします」
玲奈は小さく笑って、社長の横に並ぶ。
玲奈「今日も混んでそうですね、ジム」
社長「そうですね。でも予約してますから」
予約。
その言葉が、やけに静かな室内に落ちた。
社員Aの額に、じわりと汗がにじむ。
社員Bは検品済みの箱を持ったまま、立ち尽くす。
A(……私たち、予約してるのは残業だけだな)
二人は有酸素運動の話をしながら、
有酸素どころか酸欠寸前の職場を後にする。
エレベーターの扉が閉まる瞬間、
玲奈の楽しそうな声が、かすかに聞こえた。
「今日は脚、追い込みましょうか」
――追い込まれているのは、
ここに残された人間のほうだ。
時計は、十八時二分。
誰も「お先に失礼します」とは言わない。
言える空気では、最初からない。
社員Bが箱を持ち直し、低く言う。
B「……じゃ、続けますか」
社員Aは無言でうなずいた。
この会社では、
六時ぴったりに帰れるのは、社長と愛人だけなのだ。




