第12話「誰のミス」
午前中から、部長の声だけが少し多かった。
「社長、あの送金、今日中にお願いします。
工場、もう待てないので」
同じ内容を、時間を空けて二回言っていた。
社長は最初、「分かってます」とだけ返した。
午後になって、ようやくワークフローが回った。
白川さんが社長室に入り、
しばらくしてから席に戻る。
「送金、完了しました」
それで終わるはずだった。
少なくとも、その時点では。
一時間後。
役員から電話があった
「不良、まだ解決してないですよね。
どうして先に送金したんですか?」
短い沈黙のあと、社長の声が聞こえた。
「白川のミスです」
それだけだった。
その瞬間、オフィスの空気が少し止まった。
夕方になって、白川さんはほとんど喋らなかった。
社長も、何事もなかったように仕事を続けていた。
以前も、似たことがあった。
同じ注文に、二重で送金したことがある。
その時も、最終確認は社長だった。
ただ、周囲に共有されたのは、
「白川さんの確認漏れ」という説明だけだった。
理由は単純だった。
社長は、責任者だった。
白川さんは、隣にいる人だった。
十六時半。
打ち合わせを終えた客を、社長が入口まで見送っていた。
「本日はありがとうございました」
そう言いながら頭を下げ、
ドアが閉まる直前、社長は振り返った。
そして、自分の席にいる白川さんへ、軽く手を振った。
「行こうか」
白川さんは小さくうなずき、
静かに席を立った。
「戸締り、お願いします」
二人はそのまま並んで出ていった。
残された画面には、
まだ未読のメールがいっぱい残っていた。
誰も、もう催促しなかった。




