第11話「社員たち、静かに起業する」
業績が悪化してから、会社は人を減らした。
だが仕事は減らなかった。
一人が二つ、三つの部署をまたぐのが常態となり、
誰が何を担当しているのかさえ、もはや曖昧だった。
部長の肩には、いつの間にか重さが積もっていた。
物流部門が切られてからも、荷は動き続けている。
問い合わせ、クレーム、調整、数字の辻褄――
実務は消えず、ただ名前だけが消えた。
そしてそれらは、すべて部長のところへ流れ込んだ。
ある日、ついに堪えきれなくなり、
部長は社長と向き合った。
「物流をなくしたあとも、
実質的な業務は続いています。
全部、私が処理しています」
淡々と、しかし逃げ場のない事実だった。
「物価は上がり続けています。
ですが、私の給料は十数年、一円も変わっていません。
評価として、昇給をお願いしたい」
社長はしばらく黙り、
そして、軽く言った。
「やらなくてもいいよ」
その瞬間、
部長は胸の奥で血を吐いた。
怒鳴りもしなかった。
机を叩きもしなかった。
ただ、
これだけ捧げても、
自分は一度も“認められて”いなかったのだと知った。
数日後。
部長は、別の部署の部長とともに、再び社長の前に座った。
「新事業が必要です」
「私たちが中心になって、新会社を立ち上げたい」
「成功すれば、必ず社長にも利益を還元します」
それは、最後の誠意だった。
社長は少し考え、
当然のように言った。
「それでは、私が新会社の社長になる」
二人の部長は、ほんの一瞬、言葉を失った。
視線が交差し、
そして、丁寧に、しかしはっきりと断った。
「今回は、見送らせてください」
その日の夕方。
部長は社屋の裏で煙草を吸っていた。
煙はまっすぐ上がらず、風にちぎれていく。
隣に立つもう一人に、部長は呟いた。
「代表者は、どんだけ冷たいんだ。
おいしい汁をいっぱい吸ってから、切り捨てる」
時計を見ると、16時半。
社長は、また早退していた。
白川と並んで、いつになく楽しそうに笑いながら。
誰も追わなかった。
誰も引き留めなかった。
その背中を見送りながら、
部長は煙草を地面に落とし、静かに踏み消した。
――会社を立ち上げるとは、
看板を掲げることではない。
奪われ続ける場所から、
自分の時間と名前を、
取り戻すことなのだと。
その日、
まだ何も始まってはいなかった。
だが、
終わったものだけは、確かにあった。




