第10話 「定時」
朝から、人が少なかった。
いつもは聞こえるはずの足音が、
今日はまばらだった。
生産管理の席は、ほとんど空いていた。
誰も理由を口にしなかった。
聞かなくても分かることは、確認しない方が早かった。
午前中、部長が何度か席を立った。
電話の回数も、いつもより多かった。
声は低く、短かった。
昼前になって、一人の名前が話題に出た。
今日入社はずだった人の名前だった。
「来ないみたいです」
それだけだった。
誰も深く追わなかった。
予定表には、まだ名前が残っていた。
午後、社長室のドアが一度だけ閉まった。
それ以外は、特に変わった音はしなかった。
ただ、空席だけが増えていた。
パソコンの画面には、更新されないままの資料が開かれている。
承認待ちのまま止まっているファイルも、そのままだった。
仕事は、止まらなかった。
進んでもいなかった。
途中で、誰かの携帯が短く鳴った。
すぐに止まり、何事もなかったように机に置かれた。
「連絡、取れないらしいです」
小さな声があった。
それ以上は続かなかった。
生産管理は、しばらく1人になるらしかった。
窓の外は、朝と同じ色をしていた。
時間だけが進んでいるのが分かった。
十七時五十分。
誰も席を立たなかった。
何を区切りにしていいのか、分からなかったからだった。
十八時ちょうど。
チャイムが鳴った。
それを待っていたように、社長室のドアが開いた。
黒田と白川さんが並んで出てくる。
「お疲れさまでした。戸締り、お願いします」
それだけ言って、二人はそのまま出口へ向かった。
足取りは軽かった。
廊下の向こうで、笑い声が一度だけ聞こえた。
残った席には、まだ名前が残っていた。
画面の中にも、同じ名前が残っていた。
誰も、それを消さなかった。
チャイムの余韻だけが、しばらく残っていた。




