第8話「給湯室の電子レシピ」
昨日、午後、給湯室だけが妙に静かだった。
昼休み、同僚が電子レンジの前で立ち尽くしたのがきっかけだった。
扉を閉め、ボタンを押しても、機械は反応しない。
表示灯だけが点いたまま、沈黙している。
「……社長、これ壊れました」
「新しいの、必要ですよね」
「毎日使いますし……」
社長は顔を上げもせず、短く言った。
「了解」
それで話は終わった。
少なくとも、私たちはそう思った。
翌日、電子レンジは“届いた”。
昼前になると、なぜか皆が給湯室に集まっていた。
箱はくたびれていて、
開けた瞬間、空気が一瞬止まった。
白いはずの表面は黄ばみ、
内側の角に、取れない茶色い染みがあった。
そして――
誰かが、指でこすって、すぐにやめた。
「……これ、中古じゃない?」
少し間を置いて、別の声が重なる。
「社長、自分の家で使ってたやつ、
持ってきたんじゃない?」
返事はなかった。
代わりに、別の問いが静かに投げられた。
「ってことはさ、
社長は会社の経費で新品を買って、
それを自分の家に置く、ってこと?」
「当然でしょう」
その瞬間、
聞こえた気がした。
誰も声を出さなかった。
それが、答えだった。
----16時半。
社長が社長室から出てきて、
鍵を持っている人にだけ、短く声をかけた。
「それでは、戸締りをお願いします。
お疲れさまでした」
白川さんと社長は並んで歩き、
楽しそうに笑いながら、ドアの向こうへ消えた。
廊下に残された私たちの耳に、
最後に届いたのは、社長の声だった。
「で、
どのメーカーの電子レンジがいいかな?」
その問いは、
誰にも向けられていなかった。




