第四十九幕
相変わらずの薄暗い通路。
ここはシオンが住んでいた洋館。
主が居なくなってから月日が経っても相変わらず嫌な空気は漂っていた。
季節はもう真冬。
もうすぐ全てが壊れ始めたクリスマスだ。
「ったく…さみぃーな」
「あら、気が回らなくてゴメンなさい」
よく食事をした食堂にシオンはいた。
「別に寒いのは嫌いじゃねーけどな」
「そろそろ来るころだと思ったわ」
席につきながら紅茶を優雅に飲んでいるシオンの姿は以前とまったく変わっていなかった。
変わらぬ気品。
全てを見通すような目。
そして俺が悩んでいる時優しく接してくれたシオン=クロッカスという存在。
だが、人間じゃなく吸血鬼。
「それで?答を聞きたいのだけど?」
「その前に一つ聞きてぇ事がある」
「何かしら?」
シオンは紅茶を飲むのをやめ話を聞く態勢になった。
「お前は何をするつもりなんだ?美子を殺すのか?」
「別に。興味がないわ。そんなもの」
「じゃあ…」
「退屈なのよ。私は今まで七百年生きてきた」
七百という長い年月を聞いてまったく想像出来ない自分がいた。
「私は戦いに興味がなくてね。それに人間も好きだったのよ。食べ物も動物で我慢してたし」
「じゃあなんでそっちにいるんだよ?」
「ある人間に裏切られてから私は人間を食糧としか見れなくなった」
「裏切られた?」
シオンはどこか懐かしむように話し始めた。
「だいぶ昔の話よ。そうね、五百年前だったかしら?私はある人間に恋したのよ」
恋したという言葉に少し驚いた俺。
魔と人間が愛し合うという話はまったくないわけではない。
けれどこいつがそんな風に恋するなんて思ってみなかった。
「ある時私はその男に思い切って吸血鬼って事言ったのよ」
「で?」
「化物!!と罵倒され教団に連絡され術師が来たのよ。私は必死に逃げたわ」
「それでお前は人間を…その男を憎んでいるんだな」
「いいえ、憎んでないわ?興味が無くなっただけ」
「じゃあなんで氷華の兄貴に近付いた?」
その時一瞬シオンの表情が固まるのを俺は見逃さなかった。
「それは…任務だから…」
「本当か?」
「……何故そんなこと聞くのかしら?」
「お前は他の奴と雰囲気が違った。だから救えるなら救おうと思う」
俺がそう言った瞬間彼女は普段の感じからはまったく想像が出来ないくらいの大声で笑った。
「ハハハハハハ!救う!?何をバカな事を言ってるのかしら?あなたいつからそんな甘ちゃんになったのよ。あなたに何が出来るの!?」
「わかんねぇ、けど救うと言ったら必ず救う」
今の彼女の表情はまったく読めなかった。
無表情ではなくてただ無機質な笑みを浮かべているだけなのだ。
「……もういいわ。交渉決裂」
彼女は空間に穴を開けた。
「今度こそ虚無は全力で神童を殺しに行くわよ」
「分かってる」
「まぁ置き土産でもしていこうかしら、来なさい」
そう言って出て来たのは俺の親父だった。
「やっと会えたな」
親父はニヤリと笑みを浮かべた。
俺が吹っ飛ばした体は元通りになっていた。
「あとは任せたわよ」
「はい」
シオンは穴の中に消えていった。
「さて、殺してやるよ我が息子よ」
「………体…治ったのか?」
「元通りになるはずがないだろ。代用したんだ」
すると親父の体がボコボコと変化していく。
そしてあっという間にドラゴンの姿になってしまった。
「親父…」
「フハハハハハハ!絶望したか?」
「…………」
俺は考えていた。
何でだろう殺意がわかない。
「恐怖で何も言えないか!」
「…………」
「やめろ…」
「………」
「やめろ!」
「………」
「やめろ!!俺を哀れむような目で見るな!」
親父は俺に向かって突進してきた。
その瞬間親父の右腕が斬り落とされる。
「ぐぁぁあああ!」
右腕を失った痛みで悶え苦しむ親父。
「くそっ!くそっ!がぁぁぁぁぁぁ!」
親父は口を開き炎の玉を放つ。
俺は刀で振り払い今度は左足を斬り落とす。
「ぐぁぁあああ!」
俺は動けなくなった親父にゆっくりと近付く。
「……何故だ?……何故私がこの力を得て互角のはずだ…なのに何故…魔業を使わずに…ここまでの力を…」
「見誤ったな親父。もうデルトロの力は俺の力だ」
俺は刀を振り上げた。
「待て…待ってくれ…私が悪かった…」
「アンタを救ってやるよ」
「許して…くれるのか?」
「許さねぇよ!テメェがやった事の罪の重さしっかりその心に刻んでおけ!」
その時親父は火炎弾を俺に向けて放った。
「フハハハハハハ!油断したな」
次の瞬間親父の左腕が宙に吹っ飛ぶ。
「救うイコール許すじゃねーよ。アンタを化物にしたのは俺のせいでもある。あの時アンタを一人にしてはいけなかった。だからまだ人の心を持っている今のうちに俺が殺してやるよ」
「ひっ!やめっ!」
「地獄で罪を償いやがれ!」
その部屋に赤い液体が飛び散った。
「終わったのか?」
「あぁ」
後ろには氷華がいた。
「作戦を伝える。これより三十分後に虚無のアジトに乗り込む。教団も全戦力をかけて虚無を潰す気だ」
「刹那と正一と花は?」
「こっちで守護だ」
「そうか、じゃ一回帰るか」
「あぁ。その前にみのりは帰って来ないのか?」
「いやそろそろ帰ってくるはずだ」
俺が歩き始めた瞬間携帯の着信音が響く。
「もしもし?」
それは氷華の携帯だった。
「…分かった」
電話を切った氷華の顔は深刻そうだった。
「どうした?」
「作戦変更だ。今すぐ突入する」
「何かあったのか?」
「美子が何者かにさらわれた」
「!?」
「正一たちが後ろから襲われて気を失っている隙に美子と花の姿も見えないらしい」
「そう、事態は最悪の状態よ」
急に現われた女に驚いている俺を見て氷華は説明を始めた。
「この人はベルセルクのNo.1よ」
「丑乃宮れいな(うしのみや)よ。今回あなたたちと同伴する事になりました」
「なんで虚無はその場で美子を殺さなかったんだ?」
俺は会話をしながらこの人の潜在魔力をはかっていたがまったく底が見えなかった。
「何か準備があるんじゃない?とりあえずこれで私達に時間が無くなったわ」
丑乃宮は長い黒髪を一本でまとめ、呪文を唱えると空間に穴があく。
そして何かトランシーバーのようなものを持った。
「全軍突撃!」
俺達はその言葉を合図に穴の中に入り込んだ。




