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第四十七幕

その日父様と兄様は帰らなかった。


翌日。


外は梅雨らしいシトシト雨が降っていた。


私は顔を洗い食卓に向かった。


「おはよう」


「おはようございます」

そこには朝食の準備を終えて座っていた母様がいた。


「いただきます」


私は定番の鮭や海苔などをおかずとした朝食を黙々と食べている。


母様も黙って食べている。


食卓にはカチャカチャと食器がなる音しかしなかった。


「昨日…父様たち帰ってこなかったね」


「そうね、大変な仕事だからね」


「母様は行かなくてもいいの?」


最強の吸血鬼というのならばいくら世界屈指の術師の父様や兄様だって苦戦するはずだ。


ならば心強い味方は多いほうがいい。


「私はここでこの家とあなたを守るの」




「そっか…」


私が足枷になっている。

そう思った。


下村家は分家もあるのだから私の事は分家の人たちに任せればいいのに。

でもやっぱり分家。


一番強い人でも私より劣っていた。


「あなたはそんなこと考えていないでさっさと食べなさい」


私は朝食を食べる事を再開した。








そしてその日の夜中。


私はなかなか寝付けずに窓から外を見ていた。


するとさっきから下の階が騒がしい。




こっそりと私は階段を下りていく。


すると居間に明かりがついていた。


私は障子の隙間から中の様子を伺う。


すると母様と包帯をした分家の人が何かを話していた。


「それは本当ですか?」

「はい、本当です。分家は私以外は全滅しました」


分家の人は悔しそうに唇を噛み締めていた。


「本当に…本当に…分家を襲ったのは冬樹だったんですね?」


「はい、間違いありません」


私はその言葉を聞いた瞬間頭が真っ白になった。

「誰!?」


すると母様はこちらを見た。


「氷華!?」


私は気が付くと外に走り出していた。


「氷華!!」


母様の制止の言葉も無視して私は走り続けた。








あぁ。


なんでこんなことになっているんだ?


なんで父様と兄様が殺しあっているんだ?




それはほんの五分前の事だった。


私ががむしゃらに走り続けていると道が広くなったところに出るとそこに父様と兄様がいた。


私は声をかけようとした時、私は信じられない言葉を父様から聞いた。


「死ぬ覚悟は出来てんのか?」


「出来てないけど父様、僕の前から消えたほうがいいよ」


「は?なんでだ?」


「僕が父様を殺しちゃうからだよ」


「ガキが……なめてんじゃねぇぞ」


「だってそうだろ?人間の頃の僕でも父様に匹敵する術師だったんだ。だから人間を超えた今の僕なら勝てるよ?」


父様はそこで鉄板のような大剣を構えた。


「やってみろ」


「言われなくても」


兄様も虎の装飾が施された大剣を取り出した。


「そうするさ!」


兄様が一歩踏み出した。

その瞬間踏切ったところの地面はヘコみ、風がまき起こる。


そしてたった一歩で父様の前にたどり着くと二人の姿が消えた。


キン!キン!という金属音だけが鳴り響き、時折水溜まりの水がピチャ!とはねる。


この二人の動きを私はしばらく追えなかった。


やがて目が慣れてきたのか、それとも二人のスピードが落ちたのかは分からないが二人の姿が見え始めた。


父様には若干の傷がついていたが兄様は無傷だった。


「ちっ!」




「どうしました?その程度ですか?」


兄様が上から斬りかかる。


父様は大剣で防ぎ、兄様の剣を弾き攻撃に転じる。


しかし兄様は躱そうとせずに前に出た。


振り下ろされた父様の剣は兄様の左腕を肩から斬り落とした。


兄様はそんなこと気にせずに父様に斬りかかる。

「ちぃっ!」


間一髪躱したが躱しきれずに兄様の刃の先が父様の体を抉る。


「ハハハハハハ!」


兄様はさらに笑いながら襲いかかる。


いつの間にか兄様の左腕は再生していた。


「セコいんだよ!それ!」


「僕は最強になったんだ!吸血鬼の血でね!」


吸血鬼だって?


つまり兄様は吸血鬼に…


「はっ!笑わせるじゃねーか!冬樹!」


「なんだと?」


その言葉が兄様のかんに触った。


「何が最強だ。お前自惚れてんじゃねーぞ」


「負け犬の遠吠えですか?そのセリフは勝ってから言ってよ!」




「言われなくてもそうするさ」


そう言った瞬間兄様は横に跳んだ。


父様の一直線上に光りが放たれた。


ズドドーン!と周りの建物を破壊しながら光は進んでいく。


「なんだ…それ…」


「驚いてる暇ねぇぞ」


破壊の光は急に曲がり再び兄様に向かって襲いかかる。




「オラァ!まだまだいくぞ!」


父様はその場で剣を何度か振り、光の斬撃を放つ。


「くそっ!避けきれない!」


兄様は光の斬撃に体を斬り刻まれるがすぐに再生する。


そしてまた斬り刻まれる。また再生する。


そんな繰り返しが何度か続くと兄様はその連鎖から逃げ出した。


「はぁ、はぁ。これが『斬撃使い』の由来か…」

「あぁ。まぁこれだけじゃないんだけどな。さて、じゃあ再生力が無くなるまで殺し続けてやるよ」


「まだ何か隠してるんですか?まったくあなたとはあまり差がないと思っていたんですけど…」


「言ったろ?自惚れるなって」


父様の周りには光の斬撃がクルクルと回っている。


「あなたは自分の息子を躊躇なく殺す精神力がすごいですよ。母さんもそうしましたか?」


「あぁ。きっとそうするさ。お前なんか簡単に殺すと思うぜ?」


父様が再び剣を振るい、光の斬撃を増やしていく。


「いくぞ」


そう言った瞬間兄様は光に包まれた。


再び破壊と再生が繰り返されていく。


さっきと違ったのはその連鎖を繰り返しながら兄様は父様に向かっているという所だ。


「テメェもなんて根性だ。仕方ねぇ…楽に死なせてやるよ」


父様が剣をかかげると光の斬撃が兄様のまわりに集まり光の球体が現われた。


ズシャズシャ!と肉が斬れる音が響き渡る。


しばらくすると光の球体は消え、傷だらけの兄様だけが残った。


「再生力を使いきったみてぇだな。じゃあこれで終わりだ」


父様が剣を振り下ろそうとした時、私は降っている雨を凍らせ兄様を守るように盾を作った。


「これは…氷華か!」


「父様!やめてください!」


「氷華…こいつはもう人じゃねぇ…いずれこいつは理性を無くす…今殺すしかねぇんだ!」


「人間に治す方法はないんですか…?」


「ない」


「……なんで…兄様が…」


「アイツが吸血鬼だったんだよ」


「アイツ?」


「シオン=クロッカスだよ」


「そ…ん…な…」


その時兄様が立ち上がり私の方目掛けて走り出した。


「しまった!」


兄様はすぐ目の前までにまで迫っていた。


「殺せ氷華!そいつを救ってやれ!」


兄様は剣を振り上げた。

ズシャ!


肉が斬り裂かれる音だけが雨が降る深夜の住宅街に木霊した。










目を開けると父様の剣が兄様の体を貫通していた。


父様はその場から剣を投げたのだろう。


一歩間違えば私の体も貫通していたなと私は思った。


「すみ…ません…父さん…」


「あぁ…気にするな…」

兄様は私の方に近付いてきた。


そして私の頭に手が伸びる。


私は目をつぶり体を強張らせた。


その時頭を撫でられる感触があった。


ゆっくりと目を開けるとそこには笑顔のいつもの兄様がいた。


「ごめんな…怖い目に…あわせ…ちゃって…」


「ううん…」


私は首を横にゆっくりと振る。


頭を撫でられる力はいつもより弱々しい。


「…ごめんな…稽古…つけて…あげられなくて…」


「う…ううん…」


私の目から自然と涙の粒が溢れ出す。


その涙を兄様は空いていた手で拭ってくれた。


そして私の体を抱き寄せ背中をポンポンと軽く叩いてくれた。


「…ごめんな…ダメな…弱い…兄さんで…」


「う…ううん…」


私は全力で首を振るう。

先ほど兄様が涙を拭いてくれたのにもかかわらず涙は止まらない。


「父さん、ありがとう」

「あぁ…」


「母さんにも…よろしく…伝えておいて…ください」


「あぁ…」


フッと私の頭にあった撫でられていた感触が無くなる。


「じゃあね…氷華…」


ズッシリと重くなった兄様の体。


失われていく兄様のぬくもり。


私はこの梅雨のシトシト雨に紛れて思い切り泣いた。


嫌いだった雨だけどどうか今だけは強く降ってほしい。


そうすれば私の涙もこのはしたない泣き声も全てかき消してくれるのに。

そんな私の想いも届かずにただシンシンと私の体に染み入るように降る、とある梅雨の時期の雨の日だった。

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