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第四十六幕

「兄様、兄様稽古をつけてください!」


それは雨続きだった梅雨の時期の晴れの日だった。


「ゴメンな氷華。兄さん今日は用事があるんだ」

「そっか…。残念です」


落ち込む私を見て兄様は私の頭をグシャグシャと撫でまわす。


「また今度ね」


兄様は私にいつもそう言う。


そうやっていつも私をなだめてくれていた。


いつもいつもそうやって誤魔化されてしまうのだが私はそれでも良かった。


私は出かける兄様を見送り一人で木刀を素振りする。


兄様は一言で言うと優しさで出来ているような人間だ。


顔も優しそうな印象が強く女の子っぽい顔をしている。


そして術師としての才能はまさしくトップクラス。


その超絶たる力で今や世界でも五本の指に入る実力を持っている。


冷気を操るだけなら私は負けないが(というより兄様が操れないだけ)その他の能力は足元に及ばない。


「おう、氷華。一人で稽古か?」


父様が縁側でゴロリと横たわりながら私の素振りを見ていた。


「父様、稽古をつけてください」


「ん~。たまには付き合ってやるか」


私は正直父様との稽古は好きじゃない。


「はぁ、はぁ、はぁ」


「どうした?もう終わりか~?」


この人は加減をしないのだ。


大人気ない。


まぁでもこれでも加減しているのだろう。


もし本気だったならば私はもうこの世にいない。

「まだまだです!」


「おっ?そうだ。それでこそ俺の娘だ!」


「は~いそこまでよ」



すると母様がやってきて稽古を止めた。


もうご飯の時間らしい。

空を見上げると綺麗な夕焼けだった。


この頃は両親も家にいる事が多かった。


役職としては今と変わらないが私を守るためにそばに居てくれたのだ。


私は敵に襲われる事が多かった。


何故なら名家の次期当主を殺すのは効率のいい戦方だ。


そう私は次期当主だった。


私達は食卓に向かうとそこには兄と一緒にフランス人形のような綺麗な女の人がいた。


「兄様、この人誰?」


「氷華、この人は氷華のお義姉さんになる人だよ」


その頃の私はよく意味が分からなかったので首を傾けただろう。


すると兄様は補足する。

「僕はこの人と結婚するんだ」


兄様は本当に幸せそうな顔で笑った。


「さて飯とすっかー!」

父様はそう言う前に既に食べ始めていた。


母様も驚いた様子はなかった。


私だけ知らなかったらしい。


そして楽しい食事をする。


だが私はシオンという女性を警戒したままだった。


「シオンちゃん泊まっていくでしょ?」


「あっ、ありがとうごさいます」


「お風呂沸いてるから入ってらっしゃい」


(私入りたかったな)


さっきの稽古で汗をかいてしまったから早く入りたかったんだけれど仕方ないか。


私はシオンさんを見つめていると彼女はニコッと笑うと、


「氷華ちゃん、一緒に入らない?」


「え?いや、そんな…いいですよ。私後で入りますし」


「汗かいたままじゃ気持ち悪いでしょ?入ってらっしゃい」


母様までそんなことを言い出した。


結局一緒に入る事になってしまった。


私は先に湯船につかっている。


シオンさんはまだ来ていない。


いろいろと着替えとか準備しているのだろう。


この家の風呂は馬鹿でかい。


三十人ぐらい入れると思う。


と、そんなことを考えているとシオンさんがタオルもまかずに生まれたままの姿で入ってきた。


馬鹿でかいのは私の家の風呂だけではなかった。

シオンさんの胸はメロンくらいはあった。


私は自分のと見比べてしまう。


私は同い年の中でも発育がいい方だし胸の大きさなど気にしないのだがこの年で母様より大きい事がショックだった。


「あら?どうしたのかしら?顔が赤いわよ?のぼせちゃった?」


「いえ、違います!」


シオンさんは私に背中を流すように頼み椅子の上に座る。


私はゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ強めに洗った。

「お兄さんの事大好き?」


「え?あっはい!」


ふいに声をかけられ私の声が裏返ってしまった。

「ふふっ、そう。私も冬樹の事が大好きなの」


私は呆然とただシオンさん綺麗な声に聞き入っていた。


「私ね、冬樹に助けられたの。仕事で大怪我をした時に。冬樹は本当に優しくて私なんかの事気遣ってくれて。私は恋なんてするはずないと思ってたの」


でもねとシオンさんは続ける。


「恋してしまったの。だから結婚して私はあなたのお義姉さんになるわ。だからお兄さんを取られちゃうかもしれないけど私と仲良くしない?」


「…はい、よろしくお願いします!」


そうだ。


私が意地をはってても意味がない。


兄様だって恋をして結婚もするんだ。


だから嫉妬なんてしてないでこの人と仲良くしよう。


そう、思った。








「兄様、稽古つけてください!」




「ゴメンね、氷華。今日もダメなんだ」


門のそばにシオンさんが居るのが見えた。


「分かりました」


「また今度な」


ワシャワシャと頭を撫でられる。


「お見送りしてもいいですか?」


すると兄様は笑顔のまま

「いいよ」


と言った。


「シオンさん!こんにちは!」


シオンさんと知り合ってから一月。


もう私とシオンさんは本当の姉妹のようになっていた。


「こんにちは、氷華ちゃん」


「じゃあ行こうかシオン」


「えぇ」


「いってらしゃい!」


二人の姿が見えなくなるまで私は手を振り続けた。









その後私は街に行き買い物を済ませ家の近くの道を歩いていた。


すると道の真ん中に人が倒れている事に気付いた。


「大丈夫ですか!?」


急いで駆け寄ったが、既に体は冷たくなっていた。


外傷という外傷は見当たらない。


ならば病気で?


いや見つけた。


傷を。


この傷は。


「ガアアァ!」


その時死体だったものが動きだし私に襲いかかってきた。


私はすぐに飛退き刀を構えた。


「やっぱり、吸血鬼…」

そう首筋に二つの小さい穴があったのだ。



ふと気付くとその死体は目の前にまで迫っていた。


速い。


だが躱せる。


攻撃が単調だ。


死体の攻撃を躱し左腕を斬り落とす。


切断面から激しく出血をしたが怯む事なく私に襲いかかる。


「くっ!」


仕方なく私は死体の首を斬り落とした。


首から血が噴水のようにふき出る。


だが、顔を失った死体は気にする事なく私に右の拳を振る。


その不死の力に怯んだ私は一旦距離をとる。



だが、その死体は自分の首を持ち私の首もとに向かって噛み付こうとしてきた。


(しまった!)


「聖なる鉄槌」


その時死体の真上から巨大な十字架が降ってくる。


「ギャアアアア!」


潰された死体は泡のように溶けてしまった。


「間一髪ね」


後ろを振り向くと母様がそこに居た。


「氷華、今すぐ帰りなさい」


「え?言われなくてもそうするつもりでしたけど…何かあったんですか?」


母様は深刻そうな顔をしながら言った。


「最強の吸血鬼がこの街に来ているらしいわ」


この次の日私は地獄を見る事になることをまだ知らなかった。

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