第四十五幕
「は…?…吸血…鬼?どういう…事…だよ」
「言った通りだ。アイツは慈煉魔の吸血鬼で私の兄を殺した女だ」
「あら?心外ね。私は殺してなんかいないわ。与えただけ」
しらばっくれるこの女に私の怒りは頂点に達した。
「死ね!」
私はこの女を殺してしまおうとしたが、全て避けられてしまった。
「残念」
そう言ったシオンは氷華の胸の辺りに手を置くと氷華は後方に吹っ飛ぶ。
それを隼人が受け止めた。
「くそっ!」
氷華が再びシオンに飛び掛かろうとしたのを隼人が押さえ付ける。
「邪魔をするな!まさか…貴様もう吸われたのか!?」
そう言った氷華は霜七草で隼人に突きを繰り出した。
隼人はそれを避けようとせずに食らい右肩を刀が貫通する。
「…落ち着けよ」
隼人の肩から流れる血が氷華の頬にポタポタ垂れ落ちる。
「は…隼人…」
やがて正気を取り戻す氷華。
「す、すまない。私は…」
「気にしてねぇ。それよりも落ち着け」
氷華の言葉を遮り諭すように言う隼人。
「あぁ。すまない」
「アイツとなにがあったんだ?」
「それは…」
「その話は後でもいいんじゃないかしら?」
シオンは悠然と立ちながら紅茶を口に運んでいた。
「そろそろ私退場してもよろしいかしら?」
シオンがどこからか出した鈴を鳴らすといつかのポールが現れ空間に穴を開けた。
「隼人決意が固まったら来なさい。あなたが会いたいと思えば私はいつでも現われるから。それじゃあ」
そう言うとシオンとポールは闇の穴の中に消えた。
残された隼人と氷華はしばらく沈黙を保っていた。
ここは下村家。
そして居候の俺に与えられた自分の部屋にいる。
何かをしてるわけではない。
ただ壁にもたれて座っているだけ。
帰る前に氷華は俺の傷を治すため病院に行こうと言われたがその時にはもう既に傷は完治していた。
それを見て氷華は何も言わなかった。
いや言えなかったのだろう。
アイツはあの時自分の事で精一杯だった。
アイツがあんなに取り乱すところを俺は見た事がなかった。
俺はアイツに落ち着けと言ったが、それは自分自身に言っていただけに過ぎない。
俺も自分の事で手一杯だった。
俺は復讐者でもクソ親父のように闇に墜ちないと誓っていた。
だが、シオンのたった一言二言で揺るがされてしまった。
揺れて。
揺らいで。
揺れるに揺れて。
俺は身を任せてしまった。
俺は俺自身に失望してしまった。
あの傷を治した俺の自己治癒力は今までの比じゃなかった。
俺の中のデルトロの力は確実に強まっていた。
そんな力に屈してしまったのだ俺の心は。
トントン。
ドアを叩く音がした。
「私だ。…入ってもいいか?」
「…あぁ」
そう言うと氷華は扉を開けて部屋の中に入ってくる。
氷華は白いワンピースのようなものを着ていた。
そのワンピースの白は今の氷華の表情をさらに際立たせた。
覇気がない。
というより弱々しい。
「何の用だ?」
「…私とシオンとの過去を話に来た」
「…さっきはあぁ言ったけど別に無理に話す必要はねぇよ」
しかし氷華はゆっくりと首を横に振る。
「いや…私は隼人の過去を言わせた。だから私も隼人に知ってほしいんだ」
「なら聞いてやるよ」
「まず何から話せばいいんだか私にも分からないんだが…とりあえず私には七つ年の離れた兄がいてその兄がシオンに……いや正確には殺したのは父様か…」
「はぁ?何言ってんだか全然わかんねぇよ。とりあえず最初から話せ」
言ってる事が支離滅裂だ。
「…分かった。私が生まれた時は3000gで―」
「そこまで最初とは言ってねぇよ!せめてお前の兄貴が死んだ辺りだろ!」
「そうか。…いややっぱり言いづらくなったから昔飼ってた犬が死んだ話でいいか?」
「興味ねぇわ!変なボケをするな!シリアスな空気が崩れるだろうが!」
なんなんだこいつ?
普段からこんな奴だっけ?
いや言いにくいからなるべく場を明るくしようとしてるのか。
多分そうだ。
「隼人の方こそそんなに突っ込みうまかったか?いやボケて楽しいと思ったのは久しぶりだ」
「気を使ってるわけじゃなかったのかよ!」
しかし俺もこんなに突っ込めるなんて知らなかった。
これは戻ってるという事か?
あの実験前に。
皮肉な話だ。
力は強まっているのに人格は元に戻り始めるとは。
「それはそうと最近みのりの姿を見てないんだが、こないだの戦いも居なかったし」
「あぁ、アイツ言わなかったのか。師匠の元に修行しなおしに行ったぜ」
「修行?」
「今の状態だと足手まといになるからだとよ」
「どんな人だったんだ?」
「知らねぇよ。俺には師匠が居ないから。次期当主と俺じゃ扱い違うだろ普通」
「そうか…。話が脱線してしまったな。では話そうか。あれは四年前の話だった」
―四年前―
氷華十三歳。
兄冬樹十九歳。
私がシオン=クロッカスと会ったのはジメジメした雨が降り続く事が多い梅雨の時期だった。
「兄様。その人誰?」
「氷華、この人はお前のお義姉さんになる人だよ」
そう言われて紹介されたのがフランス人形のような綺麗な姿をしたシオン=クロッカスだった。
そう二人は愛し合っていた。
結婚を誓っていた。
私にとって兄は誇りだった。
お兄ちゃん子だったのだ。
だから私は兄様を人に取られるのが嫌だと言うほど幼稚ではなかったが不快に感じていたのは確かだった。
私が結論から話すのは私は話すのが苦手なんだ。
だから伝わりやすくするために結論から話している。
さてこれから話そうか。
もう見たくない。
見ようとしても見れない。
悪夢。
地獄。
いや違う。
それは兄様と父様が殺し合う光景だった。




