第四十二幕
やっとたどり着いたその場所にいたのは泣き叫んでる美子と瀕死の隼人の父がいた。
それだけではない。
しっかり現実を見ろと自分に言い聞かせる。
漆黒の髪と眼をもった少年が血の海に倒れている隼人を見ながら笑っていた。
私はその光景が信じられなかった。
いや信じたくなかった。
「お?やっと来たか下村の嬢ちゃん。ほらこいつ返すよ」
そう言うとその男はサッカーボールを蹴るように隼人を蹴り上げた。
私は急いで落下点にまわりこみ隼人を受け止めた。
「そんな…」
隼人の状態はヒドかった。
左腕はねじれ曲がり心臓が潰されていた。
そして隼人の目からは涙が流れていた。
復讐を果たせずに死んでいくのが悲しかったのか。
それとも…。
氷華にはその涙の意味は分からなかった。
「はや兄ぃ!」
美子が泣きながら隼人のそばに駆け寄る。
「やだ…やだよ…死んじゃあ…」
泣き崩れる美子を見ていると美子の体が急に光りだした。
「…絶対にはや兄は助ける…」
空から一筋の光りが隼人を照らし女神のような形をした光りが隼人の真上に現われた。
美子はスゥーと息を吸うと唄を歌い始めた。
その声はこの世のものと思えぬほど美しかった。
透き通るような美子の声がそこにいる人達の心に染み入る。
氷華は自然と涙を流していた。
しかしその歌声にも感化されない悪魔がいた。
「あ?そいつが神童の力か?」
その声は氷華の耳元で聞こえた。
ゾクッとした悪寒を感じ氷華はすぐに飛退く。
「何だぁ?零番生き返らすつもりか?流石神の子という所か?」
「そんなこと可能なのか美子?」
氷華がそう問うと美子は今までの口調とまったく違う口調で答えた。
「分かりません。ですが、助けます」
その事を確認した氷華はジョーカーに向かい合い霜七草を構える。
「いいぜ相手してやるよ」
「貴様は殺す」
お互いが走り出した瞬間巫女装束の女が間に入り二人の動きが止まる。
「帰るぞジョーカー」
その女はジョーカーに話しかける。
「なっ!待てよ!俺は今…」
「黙れ。厄介な奴が向かっていると情報があったのじゃ。ここは一旦引くぞ」
「ちっ、分かったよ」
ジョーカーはキングを抱えると空間に黒い穴があきその中へと消えていった。
「貴様は誰だ?」
氷華が巫女装束の女に問う。
「わらわか?わらわの名は九尾のスミレという。虚無慈煉魔部隊最高幹部の一人じゃ」
「な…!?」
「そんなことよりいいのか?後ろの男やばいぞ?」
そう言われて後ろを振り返ると隼人が立ち上がっていた。
「はや…と…?美子!治ったのか?」
「ううん、体は全て治したけど…心臓が動かなかったの…そしたら急に」
「ほぅ…目覚めたようじゃな…」
隼人の姿は黒い魔力で囲まれ龍の形になり背中から漆黒の翼が八つ現われた。
「それじゃあわらわは消えるかの」
「待て!」
しかしスミレは黒い穴の中に消えた。
「GAAAAAAAAAA!」
龍の形になった隼人は急に雄叫びを上げた。
その音圧で美子が飛んでいってしまう。
それを氷華が手を掴み受け止める。
「大丈夫か?」
「ありがとう…」
美子の顔を見ると浮かない顔をしていた。
「私のせいで…私のせいで…」
「美子のせいじゃない。遠くに離れといてくれないか?危険だから」
「氷華…」
「任せろ」
美子はうなずくと後ろに下がっていった。
それだけでは心配なので氷の結界を美子の周りに張っておく
隼人の魔力がますます増え邪気もそれに比例して増えていく。
隼人の禍々しい眼が氷華の姿を捉えた。
「GAAAAAAA!」
敵を見つけた隼人は笑みを浮かべ再び雄叫びを上げた。
ふと気付くと眼前に隼人が迫っていた。
「!」
左の拳が氷華を捉えピンポン球のように吹き飛ばされ建物をいくつも貫通して九つ目のビルの壁にめり込む事で勢いが止まった。
「くっ…は!」
たった一撃。
たった一撃で戦闘不能に近いダメージを受けてしまった。
(左腕、背骨、あばらの骨が折れたな…)
氷華は地面にヨロヨロと着地すると額から流れる血を拭う。
「HAAA…」
後ろを振り向くと隼人が右手を振り上げていた。
今度は氷華は霜七草で防ぐ事に成功したが、受け止めた時の衝撃で辺りの瓦礫が吹き飛ぶ。
しかし片手しか使えない氷華が防ぎきれるはずがなく再び吹き飛ばされてしまった。
勢いはだいぶ殺されていたが近くのビルの中に飛ばされてしまった。
「はぁ、はぁ」
氷華はゆっくりと立ち上がると何かに気付き全力で氷の盾を張る。
盾を張った理由。
それは隼人の口元に莫大な魔力が集まっていたから。
そして急速に集束された膨大な魔力が氷華の方を目掛けて放たれた。
放たれた魔力の攻撃により隼人の前方は真っ黒に染まりそこにあったものを跡形もなく消し飛ばしていく。
そして黒色の魔力が消えた跡はただの平野となっていた。
氷華は盾のおかげで辛うじて生き残ったが、もう動く事が出来なかった。
必死に立ち上がろうとするが、身体中が激痛に襲われ脳が立ち上がる事を拒否している。
(立ち上がれ!隼人を私が救わなければ…)
だがその想いも虚しく体はまったくいうことをきかなかった。
隼人がゆっくりとこちらに近付いてくる。
(もうダメなのか…?)
そう思って目を瞑った瞬間目の前が暗くなる。
しかしいつまで立っても攻撃がこなかった。
不思議に思いゆっくりと氷華が目を開けるとそこには立浪家歴代最強の当主立浪想が立っていた。




