EP99.届く便り
辺境伯館の書斎には午後の柔らかな光が差し込んでいた。
机に積まれた手紙の束から古い紙とインクの匂いが漂っている。窓の外では水路のせせらぎと子供たちの遠い笑い声が響いていた。
アズマリアは机に向かい方々から届いた手紙を一通ずつ丁寧に読み進めていた。
◇ ◇ ◇
最初の一通はグランディア諸島のリザからだった。
「――島の浄化は順調。ナディアの両親にも会えた。すごく感謝されて照れくさかったよ。今度は別の島にも虚無の残滓がないか調べに行く予定。あんたの顔が見たくなったらいつでも帰るから心配しないで」
その軽やかな文面にアズマリアは思わず微笑んだ。
◇ ◇ ◇
二通目は王都のエレオノーラからだった。
「大神官の仕事思ったより大変。でも毎日少しずつ慣れてきてる。グレゴリウス様が隠居先でも時々相談に乗ってくれるの。この間下町の人たちと一緒に炊き出しをしたらすごく喜ばれた。あたしの炎今度は鍋を温めるのに役立ってるよ」
その一文にアズマリアは声を上げて笑った。
◇ ◇ ◇
三通目はアロセールからだった。
「聖女序列改革の後続調査を進めている。各地の聖女候補たちの資質を見極める新しい基準が少しずつ形になってきた。そなたが築いた道を無駄にしないよう務めている」
簡潔ながらも確かな実りを感じさせる文面だった。
◇ ◇ ◇
四通目は国境の交易地からガルシュタインの筆によるものだった。
「魔族領の復興はこの数年で着実に進んでいる。かつて穢れていた大地にも若い世代が家を建て始めた。そなたの名を冠した学び舎も島の交換留学生を迎えてますます賑わっている」
その報告にアズマリアは深い感慨を覚えた。
◇ ◇ ◇
そこへヴィルヘルムが書斎に顔を出した。
「――随分、集まったな」
「はい。……皆さん、それぞれの場所で、確かに、歩みを進めているんですね」
その言葉にヴィルヘルムは静かに頷いた。
「あんたが、蒔いた種が、あちこちで、芽吹いてる」
「私一人の、種じゃありません。皆で、育ててきたものです」
その訂正にヴィルヘルムは小さく笑った。
◇ ◇ ◇
最後の一通はグランディア諸島の長老イサベルからだった。異国の文字で丁寧に綴られたその手紙には予想外の内容が記されていた。
「――大陸とこの島々だけでなく実はさらに南方にも未知の土地があるという話を漁師から聞きました。もしよろしければいつか共に確かめに行きませんか」
その一文にアズマリアの胸が静かに高鳴った。
「――南方の、未知の、土地」
「――また、新しい、繋がりが、生まれそうだな」
ヴィルヘルムの言葉にアズマリアは頷いた。
「はい。……この世界は、私たちが、思っている以上に、広いのかもしれません」
◇ ◇ ◇
夕暮れ届いた手紙の束を丁寧にしまいながらアズマリアは静かに思いを馳せていた。
王都での孤独な十八年間から辺境での再生そして世界を救った日々。そのすべてが今こうして各地に広がる確かな繋がりとなって実を結んでいる。
「――随分、遠くまで、来ましたね」
そのアズマリアの呟きにヴィルヘルムは静かに頷いた。
「ああ。……それでも、まだ、道の途中だ」
この物語はまだ折り返し地点を過ぎたばかりに過ぎない。南方の未知なる土地世代を超えて受け継がれていく力そして次の世代が紡ぐ新しい物語。
アズマリアたちの歩みはこれからも途切れることなく続いていく。




