EP98.父の墓標
辺境伯館から少し離れた丘の上小さな墓地が静かに佇んでいた。
風に揺れる野花が墓石の周りを優しく彩っている。乾いた土の匂いに混じって遠くから麦畑の香ばしい匂いが届いてくる。鳥の声だけがその静寂を柔らかく満たしていた。
ヴィルヘルムは一つの墓石の前に膝をつき静かに花を手向けていた。
「ここは」
隣に立つアズマリアの問いに彼は静かに答えた。
「俺の父の墓だ。辺境伯の座を継いだ先代」
その答えにアズマリアは静かに墓石を見つめた。刻まれた文字は長い年月で薄れかけているものの力強い意志を感じさせる筆致だった。
◇ ◇ ◇
「あんたにはあまり話したことがなかったな」
ヴィルヘルムは静かに語り始めた。
「父は俺がまだ幼い頃魔物との戦いで命を落とした。当時既にこの土地は飢饉と魔物の侵入に苦しめられていた」
その言葉にアズマリアは静かに耳を傾けた。
「父は最後までこの土地を見捨てなかった。俺はその背中をずっと追いかけてきたんだ」
「だからあなたも」
「ああ。王都が見捨てた土地を俺まで見捨てるわけにはいかなかった」
その告白にアズマリアは深い理解を込めて頷いた。
◇ ◇ ◇
「父に会わせたかった」
ヴィルヘルムの呟きにアズマリアは静かに微笑んだ。
「私もお会いしたかったです。きっと立派な方だったんでしょうね」
「ああ。不器用だったが誰よりも民を大切にする人だった」
その言葉にアズマリアはふと気づいたことを口にした。
「エリアーナとノアハルトにもいつかこの場所を教えてあげたいですね」
その提案にヴィルヘルムは深く頷いた。
「そうだな。自分たちの根っこがどこにあるのか知っておくのは大切なことだ」
◇ ◇ ◇
その日の午後エリアーナとノアハルトを連れて一家で丘を訪れた。
「ここにおじいさまが眠っているの?」
エリアーナの問いにヴィルヘルムは優しく頷いた。
「ああ。この土地を誰よりも愛した人だ」
エリアーナは墓石の前に膝をつき小さな手を合わせた。
「おじいさまあたしエリアーナです。この土地ちゃんと大切にするからね」
その健気な言葉にアズマリアとヴィルヘルムは静かに目を見交わした。
◇ ◇ ◇
帰り道丘から見下ろす辺境の街並みは夕陽に染まり黄金色に輝いていた。かつて飢饉と絶望に沈んでいたこの土地が今は豊かな実りと多くの人々の笑顔に満ちている。
「お父様に見せたかったですね。今のこの景色を」
アズマリアの言葉にヴィルヘルムは静かに頷いた。
「きっと見てる。あの空のどこかから」
その言葉に家族は皆静かに空を見上げた。
◇ ◇ ◇
夜辺境伯館に戻った後アズマリアは静かに思いを巡らせていた。
ヴィルヘルムがこの土地にこれほどまでに誠実であり続けた理由。それは彼自身が父の背中を追い続けてきたからだった。
「人は誰かの想いを受け継いで生きていくものなんですね」
その呟きにヴィルヘルムは静かに頷いた。
「ああ。俺が父から受け継いだように。エリアーナとノアハルトもいつか俺たちから何かを受け継いでいくんだろう」
その言葉に込められた確かな連なりを胸にアズマリアは静かな幸福感に包まれていた。
世代を超えて受け継がれていく想いと土地への愛着。それがこの物語を支える根っこの一つであることを改めて実感する夜だった。
この家族がこれから何を受け継ぎ何を次の世代へ渡していくのか。その答えはまだこれからの歳月が静かに紡いでいくことだろう。




