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EP94.旅団、海を渡る

国境の交易地に設けられた癒しの旅団の詰所には朝から慌ただしい空気が満ちていた。


 木の机に広げられた海図の上を指がせわしなく行き交う。インクの匂いに混じって遠くの厨房から漂うスープの香りが漂っていた。窓の外では旅立ちの準備をする人々の声が絶え間なく響いている。


 「グランディア諸島への派遣隊はこちらで決定だ」


 ハロルドが名簿を読み上げながら告げた。


 「セーラダリオ、そして若手治療師二名。それから――」


 「私も、同行いたします」


 名乗り出たのはナディアだった。潮の匂いを纏った彼女の瞳には確かな決意が宿っている。


 「故郷の傷を、自分の手で、癒やしたいのです」


 その申し出にセーラが力強く頷いた。


 「一緒に行こう。あたしたちで、ちゃんと、対応しよう」


 「――俺も、忘れるなよ」


 ダリオが胸を張った。


   ◇ ◇ ◇


 出発の前夜アズマリアは治療院でセーラたちに術式の最終確認を行っていた。


 「虚無の残滓は小規模でも決して油断しないでください。属性の異なる力を組み合わせる時は必ず結節点を明確にすること」


 「結節点、ですね」


 セーラが真剣な表情でメモを取る。


 「はい。誰か一人が力を繋ぎ止める役目を担わないと術式が散らばってしまいます。今回はナディアさんにその役目を」


 その指名にナディアは少し驚いたように目を見開いた。


 「――私が、ですか」


 「はい。島の海水の力を一番よく知っているのは、あなたですから」


 アズマリアの言葉にナディアは深く頷いた。


 「――精一杯、務めます」


 その決意にアズマリアは静かに微笑んだ。


   ◇ ◇ ◇


 出港の朝港には見送りの人々が集まっていた。エリアーナはナディアの手をぎゅっと握りしめていた。


 「――気をつけてね」


 「はい。エリアーナさんも、弟さんのお世話、頑張ってください」


 「うん!」


 その微笑ましいやり取りに周囲が和んだ。


 ガルシュタインもまた見送りに姿を見せていた。


 「――今回は、我らからも、浄化に慣れた者を、一名、同行させよう」


 その申し出にハロルドが頷いた。


 「ありがたい。人間、魔族、島の知恵。三つの力が揃えば、きっと、うまくいく」


 船が桟橋を離れると見送りの人々から大きな声が上がった。


 「頑張って!」

 「必ず帰ってきてね!」


 その声を背に受けながらセーラは静かに拳を握りしめた。


   ◇ ◇ ◇


 航海の途中甲板に立つナディアは久しぶりに嗅ぐ故郷の潮風に目を細めていた。


 「――もうすぐ、島が見えてきます」


 その声にセーラが隣に並んだ。


 「緊張してる?」


 「少しだけ。……でも、皆と一緒だから、大丈夫です」


 その答えにセーラは優しく笑った。


 「あたしたちがついてるから」


 水平線の彼方にやがて白い珊瑚の岸辺が姿を現し始めた。


   ◇ ◇ ◇


 辺境に残ったアズマリアはその夜治療院の窓辺で遠い海を思っていた。


 「――無事に着いたでしょうか」


 「心配か」


 ヴィルヘルムの問いにアズマリアは静かに頷いた。


 「でも今は信じて待つしかありません。……あの子たちなら、きっと、大丈夫です」


 その言葉には確かな信頼が込められていた。かつて自分一人が背負っていたものを今は次の世代が力を合わせて担おうとしている。


 窓の外には静かな星空が広がっていた。海を渡った若者たちの物語が今新しく紡がれ始めている。


 この派遣が島々にどのような結末をもたらすのか。その答えはまだ遠い波間の向こうで静かに紡がれていた。

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