EP93.継承の式典
王都大神殿の大聖堂には数え切れないほどの人々が集まっていた。
高い天井を支える石柱には色とりどりの花が飾られ乳香の甘い匂いが堂内いっぱいに満ちている。ステンドグラスから降り注ぐ光が床に虹色の模様を描き参列者たちの衣擦れの音が波のように広がっていた。
壇上には純白の正装に身を包んだエレオノーラが緊張した面持ちで立っていた。真紅の髪は丁寧に編み込まれ金色の瞳が張り詰めた光を宿している。
その傍らでグレゴリウスが静かに彼女を見守っていた。
◇ ◇ ◇
式典の開始を告げる鐘が響き渡ると堂内が静まり返った。
「本日をもって私グレゴリウスは大神官の座をエレオノーラ殿に譲ります」
老大神官の声は穏やかでありながら堂内の隅々にまで届いた。
「戦果ではなく人々の暮らしに寄り添う心。それこそが新しい神殿の在り方であると私は信じております」
その言葉に参列者の間から静かなどよめきが広がった。かつて戦果こそが聖性の証明だと説いていた人物の口から発せられる言葉としてはあまりにも大きな変化だった。
エレオノーラは一歩前に進み出て深く頭を下げた。
「ありがとうございます。あたし……いえ私はまだまだ未熟です。でも皆さんの力を借りながら一歩ずつ進んでいきたいと思います」
その率直な言葉に堂内から温かい拍手が起こった。
◇ ◇ ◇
参列席の一角にはアズマリアとヴィルヘルムそしてエリアーナとノアハルトの姿もあった。
「お母さまエレオノーラ様すごく綺麗」
エリアーナの小さな囁きにアズマリアは優しく頷いた。
「ええ。とても立派です」
その時堂内の入口付近がにわかにざわめいた。
「――間に合った!」
息を切らして駆け込んできたのは日に焼けた肌の逞しい姿だった。
「リザ様」
アズマリアが驚きの声を上げると参列者たちが道を開けた。リザは肩で息をしながら壇上のエレオノーラに向かって大きく手を振った。
「エレオノーラおめでとう! 海の向こうから飛んできたよ!」
その呼びかけにエレオノーラの目に涙が滲んだ。
「――リザ、来てくれたんだ」
「当たり前でしょ。あんたの晴れ舞台なんだから」
その微笑ましいやり取りに堂内から笑い声が起こり張り詰めていた空気が一気に和らいだ。
◇ ◇ ◇
式典の最後エレオノーラは聖樹の前で就任の祈りを捧げた。
膝をつき両手を組む。神殿の最奥に立つ聖樹は今や金色の光を湛え力強く枝を広げていた。
「どうかこの国に生きるすべての者が傷を癒やし互いを支え合えますように」
その祈りに応えるように聖樹の梢が静かに輝いた。降り注ぐ光の粒が堂内の人々を優しく包み込む。
その光景を見つめていたアズマリアの胸に静かな感慨が広がっていた。かつて自分が毎晩捧げていたあの祈りが今こうして新しい担い手に受け継がれている。
「――繋がっているんですね。ちゃんと」
傍らのヴィルヘルムが静かに頷いた。
「ああ。あんたが蒔いた種が確かに実を結んでる」
◇ ◇ ◇
式典を終えた夜王都の宿でアズマリアたち四人とリザは久しぶりに顔を揃えていた。
「グランディアはどうでしたか」
アズマリアの問いにリザは日焼けした顔で楽しそうに語り始めた。
「すっごく面白かった。島の人たちは皆優しくて。あたしも少し海の言葉が分かるようになったんだ」
「頼もしいな」
ヴィルヘルムが苦笑した。
「でもね」
リザは少し声を落として続けた。
「島にも小さな虚無の残滓が見つかったんだ。今調査隊と一緒に対応を進めてる」
その報告にアズマリアの表情が引き締まった。
「やはり海の向こうにも」
「うん。癒しの旅団の仕組みが島でも役立ちそうだから今回は正式に協力を依頼しに来たの」
その言葉に一同は静かに頷き合った。
◇ ◇ ◇
窓の外には王都の夜景が静かに広がっていた。復興を遂げた街並みの灯りが穏やかに瞬いている。
新しい大神官の誕生と海の向こうで見つかった新たな傷。この二つの出来事はこれからの物語に確かな広がりをもたらしていく。
次にアズマリアたちが向かう先は再び海を越えた場所になるのかもしれない。その答えはまだ静かな夜の中に息づいていた。




