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EP91.老大神官の決断

王都大神殿の一室には夕暮れの光が差し込んでいた。


 磨かれた石の床に橙色の光が長く伸びている。香の残り香がかすかに漂い遠くから鐘の音が静かに響いてきた。


 白髪の増えたグレゴリウスは机に向かい古い書類を丁寧に整理していた。そこへ王都を訪れていたアズマリアが招かれていた。


 「――お呼びと伺い、参りました」


 「――よく、来てくださいました」


 グレゴリウスは静かに椅子を勧めた。その所作には以前の権威的な冷たさはもうどこにもない。


 「――一つ、お伝えしたいことがございます。……私は、そろそろ、大神官の座を、退こうと思います」


 その言葉にアズマリアは驚いたように目を見開いた。


 「――突然、ですね」


 「突然では、ありません。……ずっと、考えていたことです」


 グレゴリウスは窓の外に広がる王都の街並みを見つめながら続けた。


 「――私は、かつて、戦果こそが聖性の証明だという思想を、この国に、押し付けてきました。……そなた様を追放したのも、その過ちの最たるものです」


 「――もう、その話は」


 「いいえ、最後まで聞いてください」


 グレゴリウスは静かに、しかしはっきりと続けた。


 「――私が座に留まり続ける限り、この国の人々はいつまでも、あの過ちの影を、見続けることになる。……新しい時代には、新しい指導者が必要です」


 その決意にアズマリアは静かに頷いた。


 「――後継者は、決まっているのですか」


 「――候補はおります。ですが、決めるのは私一人ではなく、多くの声を聞いた上でというのが、《分かち合いの誓い》の在り方でしょう」


 その言葉に、アズマリアは深く感じ入った。かつて権威を独占していた老大神官が、今は、その権威すら分かち合おうとしている。


 「――どなたを、考えておられるのですか」


 その問いにグレゴリウスは少し微笑んだ。


 「――エレオノーラ殿は、いかがでしょう」


 「――エレオノーラ様が」


 「はい。……戦果だけでなく、人々を繋ぐ力、そして明るさを持つ方です。神殿に、新しい風を吹き込んでくれるでしょう」


 その提案にアズマリアは深く納得した。


 数日後この話を聞いたエレオノーラは驚きながらも真剣な表情を見せた。


 「――あたしが、大神官に?」


 「――荷が重いと、思われますか」


 グレゴリウスの問いにエレオノーラはしばらく考え込んだ。


 「――正直、自信はない。……でも」


 彼女は真紅の髪を揺らしながらまっすぐにグレゴリウスを見た。


 「――あたしにできることがあるならやってみたい。アズマリアが教えてくれたみたいに、皆で支え合えばきっと、やっていける」


 その答えにグレゴリウスは深く頷いた。


 「――良い覚悟です。……正式な就任までは、時間をかけて私が、丁寧に引き継ぎを行います」


 その決定は王都全体に静かな驚きとともに受け入れられていった。


 「――戦果の聖女様が、大神官になるとはな」


 「時代が、変わったってことだろう」


 街の人々の声にも新しい時代への確かな期待が滲んでいた。


 辺境へ戻る馬車の中アズマリアはヴィルヘルムにこの出来事を語った。


 「――グレゴリウス様が、あんな決断をされるとは」


 「――人は、変われるものだ。あんたがそれを、証明してきた」


 その言葉にアズマリアは静かに微笑んだ。


 過去の過ちと向き合い、それでもなお、次の世代へと、丁寧に道を譲っていく。その老大神官の決断もまた、この物語が積み重ねてきた確かな変化の一つだった。


 この先エレオノーラが大神官としてどのような道を歩んでいくのか。その答えはまだこれからの日々が静かに紡いでいくことだろう。

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