EP89.二つ目の光
治療院の診察室には午後の柔らかな光が差し込んでいた。
薬草の乾いた香りに混じって微かに蜂蜜のような甘い匂いが漂っている。窓の外では水路の水音と小鳥の囀りが穏やかに響いていた。
アズマリアは診察台に腰掛けここ最近続いていた体調の変化について若い治療師に相談していた。
「――以前と、同じ感じがするんです」
その言葉に治療師は心当たりがあるように微笑んだ。
「――もしや、また、おめでたなのでは」
その診断に検知術式が淡い光で応え確かな脈動を示した。
「――間違いありません。二人目のお子様です」
その報告にアズマリアはしばらく言葉を失いやがて静かに涙を滲ませた。
その夜執務を終えたヴィルヘルムにアズマリアはそっと切り出した。
「――また、赤ちゃんができました」
その一言にヴィルヘルムは目を見開き言葉を失った。
「――本当か」
「はい」
彼はゆっくりとアズマリアを抱き寄せた。
「――エリアーナに、弟か妹ができるんだな」
その温かな声にアズマリアは深く頷いた。
翌朝この知らせを聞いたエリアーナは飛び跳ねて喜んだ。
「――赤ちゃん! あたし、お姉ちゃんになるの!?」
「そうですよ。仲良く育ててあげてくださいね」
「うん! いっぱい遊んであげる!」
その無邪気な宣言に治療院にいた皆が温かい笑みを浮かべた。
知らせはすぐに辺境中に広がりセーラやハロルド、フィーと白煌もそれぞれの形で祝福を寄せた。
「――今度こそ、あたしが、お世話係をしっかり務めます」
セーラの意気込みにアズマリアは優しく笑った。
国境の交易地からはガルシュタインが祝いの品として島から取り寄せた珍しい貝細工を贈ってきた。
「――新しい命の誕生を、心より祝おう。この子もまた、我らが繋いできた絆の証だ」
その言葉にアズマリアは深い感慨を覚えた。
王都からもエレオノーラ、アロセール、リザそれぞれから祝いの手紙が届いた。特にグランディア諸島に滞在していたリザからの手紙にはこう綴られていた。
「――島の子供たちにも、この知らせを伝えたら、皆大喜びだった。次に生まれる子にも、海の向こうのたくさんの祝福が届くように」
その言葉にアズマリアは静かに微笑んだ。
妊娠が進むにつれアズマリアは以前と同じように治療の第一線を少しずつ他の治療師たちに譲っていった。だが今度はその移行に戸惑いはなかった。
「――前より、ずっと落ち着いていますね」
治療師の言葉にアズマリアは静かに頷いた。
「はい。……一度、経験しているからというのもありますが。それに」
彼女は窓の外自分が育ててきた学び舎や旅団の若者たちの姿を見つめながら続けた。
「――私が休んでも、この土地は、ちゃんと回り続けてくれる。それを、今は心から信じられますから」
その言葉にヴィルヘルムは静かに頷いた。
「――あんたが積み重ねてきたものの確かな証だな」
夕暮れ水路のほとりで手を取り合う夫婦の傍らでエリアーナが小さな石を水面に投げて遊んでいた。
「――ねえ、赤ちゃんは、いつ生まれるの?」
「――もう少し、先ですよ。気長に待っていてくださいね」
その答えにエリアーナは楽しみで仕方ないというように何度も頷いた。
新しい命を迎える準備が始まったこの季節辺境エルグラードにはまた一つ確かな温かさが加わろうとしていた。
この家族の物語が次にどのような彩りを見せてくれるのか。その答えはまだこれからの季節が静かに紡いでいくことだろう。




