EP86.海を越えた転入生
辺境の学び舎の校門に見慣れない荷物を抱えた少女が立っていた。
褐色の肌に貝殻で編まれた髪飾りが陽光を受けて淡く輝いている。旅の疲れからか頬には土埃がうっすらと残り潮の匂いをまだ纏っていた。周囲の子供たちが物珍しそうに集まり始め廊下にはひそひそとした囁き声が広がっていく。
「――あの子グランディア諸島から来たんだって」
噂を聞きつけたエリアーナも興味津々で近づいていった。
少女は緊張した面持ちで立ち尽くしていたがアズマリアが歩み寄ると少しだけ表情を緩めた。
「――ようこそ、エルグラードへ。私はアズマリアです」
「――お会いできて光栄です。ナディアと申します。長老イサベル様の推薦で、この地に学びに参りました」
その丁寧な挨拶にアズマリアは温かく微笑んだ。
「緊張しなくて大丈夫です。ここでは皆それぞれ違う場所から来た者同士ですから」
教室に案内されたナディアはセーラの紹介を受け隅の空いた席に腰を下ろした。
「――今日から仲間になるナディアさんです。島の海の知識をたくさん教えてもらいましょう」
セーラの紹介に子供たちから拍手が起きる。だがゲイルだけは腕を組み少し疑わしげな視線を向けていた。
「――本当に、あの島から来たのかよ。話に聞くだけの場所だと思ってた」
その素朴な疑問にナディアは静かに頷いた。
「はい。私の島にも、あなたたちの土地とよく似た伝承があります。……傷ついた世界を癒やす者の話が」
その言葉にエリアーナが目を輝かせた。
「――それ、あたしのお母さまのことかも」
「――もしかしたら、そうかもしれませんね」
二人の会話にゲイルも興味を引かれたのか少しずつ表情を和らげていった。
昼休みナディアは校庭の隅で持参した貝殻を並べていた。エリアーナとゲイルがその周りに集まってくる。
「――これ、何?」
「潮の満ち引きを読むための道具です。私の島では漁に出る前、必ずこれで海の機嫌を確かめます」
その説明に子供たちは興味深そうに貝殻を覗き込んだ。
「――俺たちの土地じゃ考えられない知恵だな」
ゲイルの呟きにナディアは少し誇らしげに微笑んだ。
その日の実技の授業でナディアは島に伝わる浄化の技法を披露することになった。海水を使い穢れを洗い流すというその方法は大陸の術式とは根本的に異なるものだった。
「――属性の垣根を超えた浄化、というわけか」
見学していたアロセールが興味深そうに呟いた。
「海の知識と大地の知識、互いに学び合えば、もっと多くの傷を癒やせるようになるかもしれません」
アズマリアの言葉にアロセールは深く頷いた。
放課後エリアーナとゲイルはナディアを連れて水路のほとりを案内して回った。
「――ここがあたしたちの自慢の水路。皆で少しずつ作ってきたんだよ」
「――素晴らしい技術ですね。島に戻ったら、ぜひ、この仕組みを伝えたいです」
その言葉にエリアーナは嬉しそうに笑った。
夕暮れ三人並んで歩く姿を見つめながらアズマリアは静かな感慨を覚えていた。
種族も出身地も違う子供たちが当たり前のように手を取り合っている。この光景こそが自分たちが長い年月をかけて積み重ねてきたものの何よりの証だった。
「――この子たちが大人になる頃、世界はどれほど広い繋がりを持つようになっているでしょうか」
傍らのヴィルヘルムにアズマリアが呟くと彼は静かに頷いた。
「――俺たちには想像もつかないくらい、広くなっているだろうな」
その言葉に込められた確かな希望を胸にアズマリアは夕暮れの空を見上げた。
海を越えて結ばれた新しい友情の種は次の世代の手で確かに育っていく。この物語はまだその先の広がりを見せ続けていく。




