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EP85.同じ教室で

辺境の学び舎、その教室には新しい春の光が差し込んでいた。


 木の机が整然と並び削られたばかりの木材の香りがまだ微かに残っている。窓の外から小鳥の囀りと水路のせせらぎが響いてきた。廊下を走る子供たちの足音が賑やかに聞こえてくる。


 五歳になったエリアーナは白銀の髪を二つに結い今日から正式にこの学び舎へ通い始めていた。


 「――緊張してる?」


 傍らに立つセーラの問いにエリアーナは小さく頷いた。今ではすっかり一人前の教師として教壇に立つセーラの姿を彼女は憧れの眼差しで見つめている。


 「皆と仲良くなれるかな」


 「大丈夫。エリアーナはきっとすぐに友達できるよ」


 その励ましにエリアーナは少しだけ表情を緩めた。


 教室に入ると既に十数人の子供たちが席についていた。人間の子と魔族の子が当たり前のように隣り合って座っている光景はこの土地に生まれ育った子供たちにとってもはや珍しいものではなかった。


 「――お前が辺境伯様の娘か」


 声をかけてきたのは隣の席に座る魔族の少年だった。灰色の肌に小さな角を持ち興味深そうにエリアーナを見つめている。


 「うん。エリアーナだよ。よろしくね」


 「俺はゲイル。……お前の母さんって本当にすごい人なんだろ。皆そう言ってる」


 その言葉にエリアーナは少し複雑な表情を浮かべた。


 休憩時間セーラがその様子に気づき声をかけた。


 「――どうしたの。元気ないね」


 「――皆あたしのこと見る時いつも母さまの話ばかりするの。エリアーナ自身のこと誰も見てくれない気がして」


 その呟きにセーラは静かに膝をついてエリアーナと目線を合わせた。


 「――それ実はアズマリア様も昔感じてたことなんだよ」


 「お母さまが?」


 「うん。王都にいた頃《神癒の聖女》っていう肩書きだけで見られて本当のアズマリア様自身を誰も見てくれなかったって。……でもね」


 セーラは優しく続けた。


 「アズマリア様はこの辺境で少しずつ皆に自分自身を知ってもらえるようになったんだ。エリアーナも同じだと思うよ。時間はかかるかもしれないけどきっと皆エリアーナ自身を見てくれるようになる」


 その言葉にエリアーナは静かに頷いた。


 その日の実技の時間ゲイルが転んで膝を擦りむいてしまった。


 「――痛い……」


 その様子を見たエリアーナは思わず駆け寄り小さな手をゲイルの傷にかざした。


 「――治って」


 その素朴な祈りと共に微かな光が滲み出す。完全な治癒には及ばないもののゲイルの傷は幾分か和らいでいった。


 「――お前も治療の力使えるのか」


 驚いたゲイルの問いにエリアーナは少し照れくさそうに答えた。


 「少しだけ。お母さまみたいに何でも治せるわけじゃないけど」


 「十分すごいよ。……ありがとな」


 その素直な感謝の言葉にエリアーナの表情が初めて明るく緩んだ。


 放課後校舎を出たエリアーナをセーラが出迎えた。


 「――今日はどうだった」


 「――ゲイルと友達になれた。あたしの力のことじゃなくてちゃんとありがとうって言ってくれたの」


 その報告にセーラは優しく目を細めた。


 「良かったね」


 夕暮れの道を並んで歩きながらエリアーナはふと空を見上げた。


 「――あたしもいつかお母さまみたいに誰かの役に立てるようになるかな」


 「なれるよ。……もう今日その一歩を踏み出したじゃない」


 その言葉にエリアーナは嬉しそうに笑った。


 辺境の学び舎に新しく生まれたこの小さな友情は次の世代がこの土地の物語をどう紡いでいくかを静かに示していた。


 この先エリアーナがどのような道を歩んでいくのか。その答えはまだこれからの季節が丁寧に描いていくことだろう。

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