EP84.旅団の初仕事
王国東部の湿地帯には朝から重い靄が立ち込めていた。
泥に足を取られるたび湿った土の匂いが強く鼻をつく。遠くで水鳥の鳴き声が響き風が葦の葉を揺らす乾いた音が絶え間なく届いていた。空気は湿り気を帯び肌にまとわりつくような不快感がある。
結成されたばかりの《癒しの旅団》一行が慎重に足を進めていた。先頭を歩くのはセーラとダリオだった。
「この辺りだと思う。報告にあった通り作物が育たなくなってる場所」
セーラの言葉に周囲を見渡すと確かに一帯だけ土が黒ずみ枯れた植物の残骸が広がっていた。
「規模は小さいな」
ダリオが指先で土を掬い上げながら呟いた。彼もまた基礎的な浄化術式を学び始めて久しい。
「でも油断しちゃだめだよ。前にアズマリア様が言ってた。小さな傷でも放っておけば少しずつ広がるって」
セーラの注意にダリオは真剣な顔で頷いた。
二人は事前に習った通り土の中心に膝をつき手を重ねた。
「――浄化を」
二人の詠唱が重なり合う。人間と魔族それぞれの魔力が異なる波長を持ちながらも一つの目的のために響き合っていく様子は見ていた同行の治療師たちを驚かせた。
「――これが連携術式というものか」
年配の治療師が感嘆したように呟いた。
「アズマリア様が儀式で見せてくれた原理を私たちなりに応用してみたんです」
セーラが少し照れくさそうに答えた。
しばらくすると黒ずんでいた土が少しずつ色を取り戻し始めた。完全な回復にはまだ時間がかかりそうだが確かな手応えがあった。
「――やった」
ダリオが額の汗を拭いながら笑った。
「俺たちだけで成し遂げたの初めてだな」
「うん。アズマリア様に頼らなくても私たちにもできることがあるんだね」
その言葉に周囲の同行者たちも温かい笑みを浮かべた。
報告を受けたアズマリアは辺境の治療院で静かにその知らせを聞いていた。
「――二人だけで成し遂げたんですね」
「はい。素晴らしい連携でした」
報告に来た治療師の言葉にアズマリアは深い誇らしさを覚えた。
「私が全部やらなくても世界はちゃんと前に進んでいくんですね」
その呟きにヴィルヘルムが静かに寄り添った。
「――当然だ。あんたが育ててきたものが今こうして実を結んでる」
その夜辺境の空には満天の星が輝いていた。エリアーナを寝かしつけた後アズマリアは窓辺でその星々を見上げながら静かな充足感に浸っていた。
自分一人の双肩にすべてを背負っていた頃とは違う。今は多くの手が同じ願いを分かち合いそれぞれの場所で確かな一歩を刻んでいる。
《癒しの旅団》の最初の任務は小さな成功だった。だがその小ささこそが何よりも大きな意味を持っていた。この物語が本当に目指してきたのは一人の英雄譚ではなく多くの人が支え合う世界の物語だったのだから。
次はどこに新たな傷が見つかるのか。そしてそれを癒やす手は誰のものになるのか。その答えはまだこれからの日々が静かに紡いでいく。




