EP83.残された影
王国北方かつて激戦地だったという廃村に灰色の霧が薄く漂っていた。
踏み込むと乾いた土から微かに腐敗にも似た匂いが立ち上る。風が吹くたび枯れ木の枝が軋むような音を立てていた。空気にはどこか肌がざわつくような重い気配が満ちている。
報告を受けアズマリアとアロセールがその地を訪れていた。
「ここにまだこんな場所が」
アロセールが険しい表情で周囲を見渡した。
「王都の陥落から復興までの混乱の中で見過ごされていたのだろう。小規模だが《虚無》の残滓がまだこの地に留まっているようだ」
その報告にアズマリアは静かに緊張を覚えた。
「規模はどれくらいでしょうか」
「幸い世界を覆っていたあの核とは比較にならないほど小さい。だが放置すればじわじわとこの土地を蝕み続けるだろう」
二人は慎重にその中心へと近づいていった。地面に小さな亀裂が走っている。そこから薄い霧のような黒ずんだ気配が絶えず滲み出していた。
「一人で抱え込まなくていいですね」
アズマリアの呟きにアロセールが静かに頷いた。
「当然だ。あんたが一人ですべてを背負う必要はもうどこにもない」
その言葉に励まされながらアズマリアは両手をかざし静かに詠唱を紡いだ。
「――《神癒》」
淡い光が亀裂へと染み込んでいく。同時にアロセールが精密に制御した雷光で周囲に漂う霧を少しずつ払っていった。
「属性魔力の連携か」
アロセールの呟きにアズマリアが静かに頷いた。
「はい。一人の力より、こうして異なる力を組み合わせる方が効率的です」
しばらくの作業の後亀裂は静かにその姿を閉じていった。周囲の空気から重い気配が少しずつ消えていく。
「終わったか」
アロセールの言葉にアズマリアは深く息を吐いた。
「はい。でもこれで確信しました」
「確信とは」
「世界のどこかにまだこうした小さな傷が残っているかもしれません。これからも気づいた時に丁寧に癒やしていく必要があります」
その考えにアロセールは静かに頷いた。
「ならば専門の調査隊を組織すべきかもしれんな。あんた一人に頼るのではなく」
「良い考えだと思います」
その提案はその後正式な計画として練り上げられていくことになった。人間と魔族そして精霊や聖獣の力を借りた世界各地の《虚無》残滓を調査し癒やしていくための専門の組織。
「名前は決まっているのですか」
アズマリアの問いにフェリクスが後日興奮気味に答えた。
「《癒しの旅団》というのはいかがでしょう。あなた様が始めたことを、これからは多くの手で引き継いでいく象徴として」
その名にアズマリアは静かに深い喜びを覚えた。
「良い名前です」
この組織にはセーラやダリオをはじめとする若い世代も志願することになった。
「あたしも参加したいです」
セーラの申し出にアズマリアは少し考えてから頷いた。
「危険は伴いますが良い経験になると思います」
その言葉にセーラは力強く頷いた。
辺境へ戻る道すがらアズマリアは静かにこの先の未来に思いを馳せていた。
自分一人の力では決して成し得なかったこと。それが今多くの手によって確かに次の段階へと進んでいる。
この《癒しの旅団》がこれからどのような物語を紡いでいくのか。その答えはまだこれからの日々が静かに明らかにしていくことだろう。




