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EP82.ただいま、辺境

エルグラードの港には、これまでで最も温かい光が満ちていた。


 春の陽射しが、桟橋を照らし、潮の匂いに、陸から漂う土と若葉の香りが混じり合っている。集まった村人たちの、はしゃいだ声が、港いっぱいに響いていた。遠くに、見覚えのある船影が、水平線に、ゆっくりと浮かび上がってくる。


 「――帰ってきた!」


 真っ先に叫んだのは、セーラの弟子となった、あの魔族の少年だった。数ヶ月の間に、彼の表情には、すっかり、明るさが戻っている。


 船が接岸すると、待ちわびていたハロルドが、いつもの仏頂面のまま、しかし確かな安堵を滲ませて、歩み寄ってきた。


 「――お帰りなさいませ。留守中、大きな問題はございませんでした」


 「――相変わらず、頼りになるな、お前は」


 ヴィルヘルムの労いに、ハロルドは、微かに口元を緩めた。


 「エリアーナ様、大きくなられましたな」


 「うん! お船の旅、すっごく楽しかったの!」


 エリアーナの弾んだ声に、ハロルドは、珍しく、優しい笑みを浮かべた。


 村の広場では、これまでにない規模の、歓迎の宴が用意されていた。焼きたてのパンの香ばしい匂い、煮込み料理の湯気、そして、篝火の爆ぜる音が、賑やかな空気を作り出している。


 「――お帰りなさい、アズマリア様」


 声をかけてきたのは、辺境で見張り役を務める若者たちだった。国境の交易地から、この日のために、わざわざ駆けつけてくれたらしい。


 「――皆さんも、しっかり、この土地を守ってくれていたんですね」


 「もちろんです。……アズマリア様たちが、外の世界を、切り開いてくれている間、あたしたちも、足元をしっかり固めておかないと」


 その言葉に、アズマリアは、深い頼もしさを覚えた。


 宴の中、フェリクスが、興奮した様子で、島で得た記録の一部を、村人たちに披露していた。


 「――海の向こうにも、似た伝承があったとは。……この大陸だけでなく、世界中が、一つの物語で、繋がっているのかもしれません」


 その話に、集まった人々が、興味深そうに耳を傾けている。


 「――今度は、あたしも、その島に行ってみたいな」


 誰かの呟きに、周囲から、賛同の声が上がった。


 宴が落ち着いた頃、アズマリアは、ヴィルヘルムと共に、館の窓辺に立ち、夜の辺境を見渡していた。


 「――随分、賑やかな土地になりましたね」


 「ああ。……あんたが来た頃とは、比べ物にならない」


 ヴィルヘルムの言葉に、アズマリアは、静かに頷いた。


 「王都で過ごした日々を思うと、今のこの光景が、今も、時々、信じられなくなります」


 「――そうか」


 「でも」


 アズマリアは、静かに続けた。


 「これが、私の、選び取った現実です。……そのことが、何より、誇らしいです」


 その言葉に、ヴィルヘルムは、優しく、彼女の肩を抱き寄せた。


 眠りについたエリアーナの寝顔を、二人は、しばらく、静かに見つめていた。


 「――この子が、大きくなる頃には、この世界は、どんな姿になっているでしょうか」


 アズマリアの問いに、ヴィルヘルムは、静かに答えた。


 「――さあな。だが、少なくとも、今よりは、もっと、繋がりの多い世界になっているはずだ」


 その言葉に、アズマリアは、確かな希望を込めて、頷いた。


 辺境エルグラードに戻った日々は、これまでと変わらぬ穏やかさを取り戻しながらも、その先に、確かな広がりを、静かに、しかし確実に、孕み続けていた。


 この物語は、まだ、その先を、紡ぎ続けていく。

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