EP81.帰りの航路
グランディア諸島を離れる船の甲板に、島特有の花で編まれた首飾りが、いくつも揺れていた。
潮風に混じって、まだ島の花の香りが、微かに残っている。帆が風を受けて軋む音と、波が船腹を叩く音が、これまでの航海と同じように、絶え間なく響いていた。遠ざかっていく島影を、代表団の面々が、それぞれの想いを込めて見つめている。
「――また、来られるでしょうか」
エリアーナの問いに、アズマリアは、優しく微笑んだ。
「もちろんです。これは、始まりに過ぎませんから」
その答えに、エリアーナは、安心したように、母の腕に頭を預けた。
甲板の隅では、セーラとダリオが、島で交わした約束について、話し合っていた。
「――島の若者たちと、文通を続けるって、約束したんだ」
セーラの言葉に、ダリオが、興味深そうに尋ねた。
「――言葉、通じるのか」
「基礎的な単語なら、少し教わったよ。それに、絵を描けば、大体、伝わるから」
その工夫に、ダリオは、感心したように頷いた。
「――俺も、何か、繋がりを、残しておきたいな」
その呟きに、セーラが、優しく笑った。
「――ダリオも、見張り役としての経験を、手紙に書いて送ればいいんじゃない? きっと、向こうの若い衛兵たちも、興味を持つと思う」
その提案に、ダリオは、静かに頷いた。
航海の途中、船は、以前、リザが浄化した、あの海竜と、再び遭遇した。
「――また、会えましたね」
アズマリアが、静かに、海面に向けて手を伸ばすと、海竜が、穏やかな仕草で、船に近づいてきた。その青みがかった鱗が、陽光を受けて、美しく輝いている。
「――すっかり、元気になったようだ」
ヴィルヘルムの言葉に、アズマリアは、深い安堵を覚えた。
海竜は、しばらく船と並んで泳いだあと、静かに、感謝を示すように、水面を一度、大きく跳ねさせてから、海の底へと戻っていった。
その光景を見送りながら、フェリクスが、興奮した様子で、記録帳に何かを書き付けていた。
「――《虚無》に蝕まれていた存在が、こうして、完全に癒えていく過程。……これは、後世に伝えるべき、貴重な記録です」
「フェリクスさん、島にいる間も、ずっと記録を?」
「もちろんです。……この旅で得た知識のすべてを、次の世代へ、丁寧に残していきたいと思っております」
その熱意に、アズマリアは、静かな尊敬の念を覚えた。
夜、甲板に集まった代表団の面々は、満天の星の下、それぞれの想いを、静かに語り合っていた。
「――今回の旅で、一番、学んだことは何だろうな」
ガルシュタインの問いかけに、あの甲冑の魔族の男が、静かに答えた。
「――違う文化の者たちとでも、心を開けば、分かり合える瞬間が、確かにある、ということです。……人間との和平で学んだことが、ここでも、同じように通用しました」
その答えに、グレゴリウスも、静かに頷いた。
「――この経験を、王国に持ち帰り、これからの外交の、新しい指針としたいものです」
その会話を聞きながら、アズマリアは、静かに、これまでの旅路を振り返っていた。
王都を追放された、あの日から、想像もできなかった場所まで、自分の物語は、確かに、歩みを進めてきた。
「――怖くなかったか。知らない世界に、踏み出すことが」
ヴィルヘルムの問いに、アズマリアは、少し考えてから答えた。
「――少しは、怖かったです。でも」
彼女は、静かに、星空を見上げた。
「――一人じゃないと思えば、どんな未知も、きっと、乗り越えられます」
その答えに、ヴィルヘルムは、優しく、彼女の肩を抱き寄せた。
船は、なおも、大陸を目指して、静かな夜の海を、進み続けていく。
この旅で結ばれた、新しい絆。それが、これから先、この世界に、どのような未来をもたらしていくのか。その答えは、まだ、これからの日々が、ゆっくりと、明らかにしていくことだろう。




