EP80.結ばれる海
島の中央広場に、大陸の様式とは異なる、円形の会議場が設けられていた。
珊瑚と木材を組み合わせた壁に、朝の光が反射し、柔らかな白さで満ちている。潮風が、開け放たれた窓から吹き込み、会場に居並ぶ人々の衣の裾を揺らしていた。遠くから、波の音が、絶え間なく響いてくる。
円卓の一方には、イサベルをはじめとする、島の長老たち。もう一方には、グレゴリウス、ガルシュタイン、そして、アズマリアたちの姿があった。
「――本日は、大陸とグランディア諸島連合との、正式な交流協定について、話し合いを行いたく存じます」
イサベルの言葉に、グレゴリウスが、静かに頷いた。
「こちらとしても、同じ望みです。……これまでの、両者の歴史を思えば、この日が来ること自体、奇跡のようなものですが」
その言葉に、島の長老の一人が、興味深そうに尋ねた。
「――大陸には、人間と魔族の、正式な和平の前例があると、伺いました。その経験を、この協議にも、活かせないでしょうか」
その問いに、ガルシュタインが、静かに口を開いた。
「――我らの和平は、簡単なものではなかった。だが、一つ、確かな教訓がある。……即効性のある解決策より、時間をかけて、互いを理解し合うことの方が、結局は、確かな道になる」
その言葉に、イサベルが、深く頷いた。
「――では、まず、若い世代同士の交流から、始めてはいかがでしょうか」
その提案に、セーラとダリオが、思わず顔を見合わせた。
「――俺たちの、境界の卓のやり方が、ここでも役立つのか」
ダリオの呟きに、セーラが、嬉しそうに頷いた。
「うん。……人と人が、直接、顔を合わせて、少しずつ信頼を築いていく。それが、一番、確かな方法だと思う」
その発言に、会議場の空気が、和やかなものへと変わっていった。
協議は、その後も、丁寧に、時間をかけて進められた。交易品の取り決め、航路の安全確保、そして、双方の若者が、互いの土地を訪れ、学び合うための、交換留学のような仕組み。
「――こちらからも、提案があります」
アズマリアが、静かに切り出した。
「島の皆さんが持つ、海の知識と、私たちの土地が持つ、大地を癒やす知識を、互いに、学び合えないでしょうか。……薬草の知識も、浄化の技術も、きっと、それぞれの土地で、役立つはずです」
その提案に、イサベルの目が、大きく輝いた。
「――素晴らしい考えです。……我らの島にも、独自の癒やしの技術がございます。それを、大陸の知識と、組み合わせられれば」
その日の協議は、これまでにないほどの、実り多いものとなった。
協定の草案が、双方の合意のもとに、正式にまとめられていく。その過程を見守りながら、アズマリアは、静かな充足感を覚えていた。
「――こんな日が、来るとは」
傍らのヴィルヘルムが、感慨深げに呟いた。
「――はい。でも」
アズマリアは、静かに続けた。
「これは、始まりに過ぎません。……これから、本当の意味で、この繋がりを、育てていく必要があります」
その言葉に、ヴィルヘルムは、深く頷いた。
協議を終え、会議場を出たアズマリアたちを、夕暮れの海が、静かに出迎えていた。
水平線に沈む夕日が、海面を、鮮やかな橙色に染めている。その光景を、代表団の面々が、それぞれの想いを込めて、見つめていた。
「――この景色、一生、忘れないと思う」
セーラの呟きに、ダリオが、静かに頷いた。
二つの世界を結ぶ、新しい絆。それは、これから、少しずつ、しかし確実に、育っていくことになるだろう。
この物語が、これまで積み重ねてきたすべての想いが、今、大陸を超え、海の向こうにまで、その根を広げ始めていた。
帰国の途につく日が近づく中、アズマリアたちの旅は、まだ、その先の物語を、静かに紡ぎ続けていく。




