EP79.聖なる泉
島の最奥へと続く小道は、うっそうと茂る緑に覆われていた。
湿った土の匂いと、名も知らぬ花の芳香が、深い森の中に満ちている。頭上の葉が風にそよぐ音、遠くで鳴く鳥の声が、絶え間なく響いていた。木漏れ日が、地面に、揺らめく光の模様を描いている。
イサベルに案内され、アズマリアとヴィルヘルム、そしてガルシュタインが、その小道を進んでいた。
「――もうすぐです」
イサベルの言葉通り、やがて、木々が開け、そこに、澄み切った泉が現れた。
泉の水は、驚くほど透き通り、底の白い砂までくっきりと見える。その中央には、古びた石碑が、静かに佇んでいた。
「――これは」
アズマリアが、思わず、息を呑んだ。石碑に刻まれた文様が、王都の聖樹の間で見た、あの古代文字と、酷似していたのだ。
「――《根源語》だ」
ガルシュタインが、低く呟いた。
「なぜ、こんな遠い島に、同じ文字が」
その疑問に、イサベルが、静かに答えた。
「この泉は、はるか昔、この島々が生まれる、その始まりの場所だと、言い伝えられています。……何が刻まれているのか、私たちにも、読み解くことはできませんが」
アズマリアは、そっと、泉の水に触れた。その瞬間、これまでのどの記憶よりも強い光が、彼女の意識を、遠い過去へと引き込んでいった。
浮かび上がったのは、一艘の小さな船だった。荒れる海の上、一人の人物が、小さな種を、大切そうに抱えている。その姿は、聖樹の記憶で見た、あの若木を植えた者と、同じ気配を纏っていた。
『この種が、新しい地で、根付きますように』
その祈りと共に、種は、船から、未知の島へと、運ばれていく。
記憶が途切れ、アズマリアは、静かに目を開けた。
「――今、見えました。……この泉も、あの聖樹と、同じ根から、始まったもの、かもしれません」
その報告に、イサベルは、深い感動に打たれたように、両手で口元を覆った。
「――では、大陸と、この島々は」
「はい。……もしかすると、遠い昔、同じ願いから、始まった、きょうだいのような場所なのかもしれません」
その言葉に、ガルシュタインが、静かに続けた。
「――《虚無》の傷が、世界中に及んでいたように、それを癒やそうとした、始まりの願いもまた、世界中に、広がっていたのだろう」
その考察に、その場にいた誰もが、深い静寂の中で、それぞれの想いを噛み締めていた。
「――一つ、確認したいのですが」
アズマリアが、静かに、イサベルに尋ねた。
「この泉には、何か、特別な力が、宿っているのでしょうか」
「はい。……昔から、この泉の水を飲んだ者は、心の傷が、少しずつ、癒えていくと、言われております」
その説明に、アズマリアは、静かに頷いた。
「――《神癒》の、ほんの一部の資質が、この地にも、受け継がれているのかもしれません」
その考えに、イサベルは、深く感じ入ったように、泉を見つめた。
「――ならば、この泉もまた、あなた様の力と、同じ根を持つもの、ということですね」
「はい。……大切に、守っていただければと思います」
その言葉を胸に、イサベルは、深く頷いた。
泉のほとりに立つエリアーナが、澄んだ水に、興味深そうに手を伸ばした。触れた瞬間、その水面に、小さな光の輪が、ふわりと広がった。
「――わあ、光った!」
その無邪気な喜びの声に、大人たちは、驚きと、確かな温かさを込めて、目を見交わした。
「――この子もまた、この繋がりの、一部なんですね」
アズマリアの呟きに、ヴィルヘルムが、静かに頷いた。
夕暮れが近づく泉のほとり、この世界に広がる、見えない絆の深さを、一同は、改めて実感していた。
この島で見つけた、新しい繋がりの証。それは、これから先、大陸と島々の関係を、さらに深いものへと、導いていくことになるだろう。
この物語は、まだ、その先の、広がりを見せ続けていく。




