EP74.島々の歓待
グランディア諸島連合の港町は、大陸のどの街とも違う姿をしていた。
石畳ではなく、白い珊瑚を砕いて固めた道が、陽光を受けて眩く輝いている。潮風に乗って、見たこともない果実の甘い香りと、干した海藻の独特な匂いが漂ってきた。港に並ぶ家々は、色鮮やかな布で飾られ、遠くから、弦楽器に似た、聞いたことのない旋律が響いてくる。
船を降りたリザは、その光景に、思わず立ち尽くした。
「――ここが、海の向こうの国」
その呟きに、港で出迎えた人々の中から、一人の女性が、静かに歩み出た。
褐色の肌に、複雑な編み込みの髪、そして、貝殻で作られた装飾品を身につけた、威厳のある女性だった。
「――遠い大陸からの、使者様、ですね」
「――はい。エルグラード辺境伯領より参りました、リザと申します」
リザは、緊張しながらも、まっすぐに、その女性と向き合った。
「私は、この島々を治める、長老会の一人、イサベルと申します。……海の魔物が、急に、穏やかになったこと。それが、あなた方の土地と、関わりがあるという話、詳しく、伺いたく思います」
その申し出に、リザは、深く頷いた。
案内された長老会の集会所は、木と珊瑚を組み合わせた、独特の建築様式だった。床には、色鮮やかな織物が敷かれ、壁には、海の生き物を描いた、精緻な絵画が飾られている。
「――我らの島々には、古くから、伝わる言い伝えがあります」
イサベルは、静かに語り始めた。
「かつて、世界に深い傷が刻まれ、その傷が癒える日まで、海の底で、多くの魂が、苦しみ続けるだろう、と」
その伝承に、リザは、静かに、これまでの経緯を語った。世界の傷《虚無》の正体、それを癒やしたアズマリアの力、そして、航海中に出会った、あの海竜のこと。
「――では、あの言い伝えは、真実だった、というわけですね」
イサベルの声に、深い感慨が滲んだ。
「長い間、ただの、古い物語だと、思っていました。……ですが、こうして、その答えを、この目で確かめられる日が、来るとは」
その言葉に、集まった長老たちの間から、静かなどよめきが広がった。
「――一つ、確かめたいことがあります」
イサベルが、まっすぐに、リザを見た。
「その《神癒》の聖女様は、この島々にも、力を貸してくださるのでしょうか」
その問いに、リザは、慎重に答えた。
「――アズマリアは、これまで、多くのことを、成し遂げてきました。でも、彼女一人が、すべてを背負う必要は、もう、ないはずです」
その答えに、イサベルは、少し驚いたように、目を見開いた。
「――と、いうのは」
「あたしたちが、まず、この島々のことを、しっかり理解する。そして、必要な助けを、共に考えていく。……それが、彼女が、教えてくれたやり方だから」
その言葉に、イサベルは、深く、感じ入ったように頷いた。
「――良い考え方です。……一方的に、救われるだけの関係より、共に歩む関係の方が、きっと、長く続くでしょう」
その日から、リザは、島々に滞在し、この土地の文化や、抱えている課題について、丁寧に学び始めた。
漁業の技術、島特有の薬草の知識、そして、複雑に入り組んだ島々の間の、独自の交易網。それらを一つ一つ、理解していく中で、リザは、これまでとは違う形の、確かな充実感を覚えていた。
「――あたし、こんな風に、誰かの話をじっくり聞くの、苦手だと思ってた」
ある夜、島の若者たちと、焚き火を囲みながら、リザは、そう呟いた。
「でも、剣を振るうのとは、また違う難しさと、面白さがあるんだな、これ」
その言葉に、島の若者たちが、親しみを込めて笑った。
数週間後、リザは、この島々との、正式な交流協定の草案を携え、帰国の途についた。
「――必ず、また、来ます」
その約束に、イサベルは、深く頭を下げた。
「――お待ちしております。……そして、いつか、あの《神癒》の聖女様にも、直接、お会いできる日を」
その言葉を胸に、リザを乗せた船は、再び、大陸を目指して、海原を進み始めた。
この出会いが、これから先の世界に、どれほど大きな繋がりをもたらすのか。その答えは、まだ、これからの日々が、静かに、明らかにしていくことだろう。




