EP71.海を越えた便り
# 「役立たず聖女と追放された私、実は神様に愛された最強治癒師でした」
## EP71.海を越えた便り
国境の交易地に一台の見慣れない荷馬車が到着していた。
積み荷を覆う布は潮の匂いを含み乾いた塩の結晶がわずかに縁に浮いている。荷馬車を引いてきた男の服装も見慣れないもので織り込まれた文様が異国の空気を漂わせていた。市場のざわめきの中に混じるその男の言葉には微かに聞き取りにくい訛りがあった。
アズマリアはヴィルヘルムとともにその男に近づいた。
「――遠くから来られたようですね」
「はい。海の向こうグランディア諸島連合から参りました」
その答えに周囲の人々がざわめいた。海を越えた土地から人が訪れることなど、この辺境ではこれまで一度もなかった。
「グランディア諸島連合……初めて聞く名です」
「――我らの国は、この大陸とは長らく交流を断っていました。海の魔物が航路を阻んでいたためです」
男はそう説明すると懐から一枚の古びた地図を取り出した。
「ですが近頃海の魔物の動きが急に穏やかになりました。……もしや、この地で何か大きな出来事があったのではと」
その言葉にアズマリアとヴィルヘルムは顔を見合わせた。
「――《虚無》の浄化と、何か関係があるのでしょうか」
アズマリアの呟きに男は興味深そうに耳を傾けた。
「《虚無》……その言葉、我らの言い伝えにも、似たものがございます」
その一言に、その場の空気が一気に張り詰めた。
「詳しく、聞かせていただけますか」
男は静かに頷き語り始めた。
「我らの島にも古い伝承があります。かつて世界に深い傷が生まれ、それを癒やす者が現れるまで、海と大地は静かに病み続けるだろう、と」
その伝承は、ガルシュタインが語った物語と驚くほど似ていた。
「――もしかすると、《虚無》の影響は、この大陸だけに留まらなかったのかもしれません」
アズマリアの推測にフェリクスが後日その話を聞いて興奮した様子で駆けつけてきた。
「もし世界中に、同じ傷の影響が及んでいたとすれば……そなた様の力が、この大陸だけでなく、もっと広い範囲に、恩恵をもたらした可能性があります」
その考察に、アズマリアは、静かな驚きと戸惑いを覚えた。
「――そんなに、大きな話だったのでしょうか」
「分かりません。……ですが、確かめる価値は、あるかと」
その報告を受けたヴィルヘルムは、しばらく考え込んでいた。
「――もし、本当に、海の向こうにも、影響が及んでいたのなら」
「はい」
「いつか、その土地の人々とも、繋がりを持てるかもしれないな」
その言葉に、アズマリアの胸に、これまでにない、広がりのある未来への予感が芽生えた。
異国の男は、しばらく辺境に留まり、交易の可能性について、ヴィルヘルムたちと話し合いを続けた。その様子を、集まった村人たちが、興味深そうに見守っていた。
「――お姉ちゃん、海の向こうって、どんなところなんだろう」
傍らにいたセーラが、目を輝かせながら呟く。
「私にも、まだ、分かりません。……でも、いつか、皆で確かめに行けたら、素敵ですね」
その答えに、セーラは、嬉しそうに頷いた。
夕暮れ、異国の荷馬車を見送りながら、アズマリアは、遠く広がる空を見上げていた。
この世界は、自分が知っている以上に、ずっと広い。まだ見ぬ土地に、まだ出会っていない人々が、確かに、生きている。
その広がりを思うと、これまで積み重ねてきた物語が、また新しい可能性へと、静かに繋がっていくのを感じた。
この先、海の向こうの世界と、どのような繋がりが生まれていくのか。その答えは、まだ、誰にも分からない。
だが、確かなことが一つだけある。アズマリアの物語は、この辺境という小さな土地を超え、これから、さらに大きな広がりを見せていくことになる。




