EP70.積み重ねた季節
辺境エルグラードに雪が降り始めていた。
白い結晶が音もなく舞い落ち屋根や畑を薄く覆っていく。かまどで薪が爆ぜる音が治療院の中に響き干し草と煙の匂いが混じり合っていた。窓の外では子供たちの歓声が雪玉を投げ合う音とともに聞こえてくる。
アズマリアは窓辺に立ち三歳になったエリアーナが雪の上で駆け回る姿を見つめていた。
「わあ雪だ雪だ!」
エリアーナが両手を広げて雪を受け止めようとする。その傍らではセーラが暖かい外套を持って追いかけていた。
「エリアーナ様風邪を引きますよ!」
「セーラねえちゃんも一緒に遊ぼう!」
その微笑ましい光景に室内にいた人々から笑い声が起きた。
傍らに立つヴィルヘルムが静かに口を開いた。
「もう三年か」
「はい。あっという間でした」
アズマリアは静かに頷いた。婚儀の日から国境の交易地の開放から学び舎の開校から。積み重ねてきた季節の一つ一つが今も確かに胸に残っている。
そこへフェリクスが分厚い書物を抱えて訪れた。
「アズマリア様。この三年間の記録をまとめておりました。……改めて振り返ると驚くべき変化ですな」
「フェリクスさんのおかげです。すべて丁寧に書き残してくださって」
「なんの。この記録がいつか次の世代の指針になればそれだけで十分な報いです」
フェリクスは老眼鏡を押し上げながら満足げに微笑んだ。
その日の夕方国境の交易地から使者が訪れた。セーラとダリオが担う若い見張り役の制度が正式に他の国境地域にも広がることになったという知らせだった。
「――俺たちのやり方が他の場所でも使われるのか」
報告を受けたダリオが驚いたように呟いた。
「うん。人間と魔族が本当に信頼し合うためにはこういう積み重ねしかないって皆が気づいてくれたんだと思う」
セーラの答えにダリオは誇らしげに頷いた。
「――俺たちが最初の一歩を作ったってわけだな」
「そうだね」
二人のやり取りを見ながらアズマリアは静かな感慨を覚えた。自分が種を蒔いたものが確かに広がり次の土地でまた新しい芽を出している。
夜アズマリアはヴィルヘルムとともにエリアーナを寝かしつけた後静かに窓の外の雪景色を眺めていた。
「――これから先もこんな風に少しずつ何かが変わっていくんでしょうか」
「ああ。あんたが始めたことは一人の人生じゃ終わらない規模になってる」
ヴィルヘルムの言葉にアズマリアは静かに微笑んだ。
「――怖くはないですか。私が何もできなくなっても物事は動き続けるということが」
「怖くはない」
ヴィルヘルムは迷いなく答えた。
「あんたが一人で背負わなくていい世界を作ってきたんだ。あんたがいなくても回っていく仕組みこそがあんたの本当の功績だろう」
その言葉にアズマリアは深く頷いた。
窓の外に降り積もる雪はこの土地に新しい季節をもたらしていく。人間と魔族が共に学び共に働き共に育てていく関係は今もゆっくりと確かにその根を広げ続けていた。
この物語はまだこれからも続いていく。次の季節にどんな出会いと成長が待っているのか。その答えを知る者はまだ誰もいなかった。




