EP69. 開かれた扉
学び舎の教室には朝の光が差し込んでいた。
木の机と椅子が整然と並び削りたての木材が放つ香りがまだ室内に残っている。黒板代わりに設えられた石板には白墨の匂いが漂っていた。窓の外からは小鳥の囀りと水路を流れる水の音が絶え間なく届いてくる。
その教室に十数人の子供たちが緊張した面持ちで座っていた。人間の子供と魔族の子供が半々ほどの割合で混ざっている。
「今日から皆さんと一緒に学んでいきます」
教壇に立つセーラは少し硬い表情ながらもしっかりとした声で挨拶をした。その様子をアズマリアは教室の後方から見守っていた。
子供たちの中に一人俯いたまま周囲と目を合わせようとしない少年の姿があった。灰色がかった肌に小さな角。魔族の子供だった。
授業が進む中セーラが基礎的な回復術式の説明を始めると少年は机の下でそっと拳を握りしめていた。
「どうしたの?」
休憩時間アズマリアが静かに声をかけた。少年はびくりと肩を震わせた。
「別に何も」
「無理に話さなくても大丈夫です。ただ少し辛そうに見えたので」
その優しい言葉に少年はしばらく黙り込んでいたがやがてぽつりと呟いた。
「俺の父さん人間との戦いで死んだ」
その告白にアズマリアは静かに耳を傾けた。
「なのにこうして人間と一緒に学ばなきゃいけないのが辛いんです」
「その気持ちは当然のものです」
アズマリアの答えに少年は意外そうに顔を上げた。
「隠す必要はありません。でももし少しでも興味があるなら。ここでの学びがその辛さを無かったことにするのではなく少しずつ違う形に変えていく助けになるかもしれません」
「違う形?」
「はい。恨みを恨みのまま終わらせるのではなく二度と同じ悲しみを生まないための力に変えていく。そういう学び方もできると思います」
その言葉に少年はしばらく考え込んでいた。
教室に戻るとセーラが実技の時間を始めていた。生徒たちが二人一組になり互いに小さな傷を癒やし合う練習をしている。
「ほらお前もやってみろよ」
声をかけたのはあのダリオだった。少年の隣に座り気さくに笑いかけている。
「俺も最初は人間と組むの嫌だったんだ。でもセーラと一緒に働くようになって色々変わった」
その言葉に少年は戸惑いながらも小さく頷いた。
実技の練習で少年はぎこちない手つきながらも隣に座った人間の少女の小さな擦り傷を丁寧に癒やしてみせた。
「ありがとう」
少女の素直な感謝の言葉に少年の表情に初めて微かな変化が見られた。
その日の授業を終え教室を出る子供たちを見送りながらアズマリアは静かな充足感を覚えていた。
「今日はどうでしたか」
声をかけてきたセーラにアズマリアは優しく微笑んだ。
「良い一歩を踏み出せたと思います」
「あの子最初すごく辛そうだったから心配してたんです」
セーラの言葉にアズマリアは静かに頷いた。
「一朝一夕には変わりません。でもこの場所がその子にとって少しずつでも心を開いていける場所になれば」
夕暮れの教室に差し込む茜色の光を見つめながらアズマリアはこの場所が持つ確かな可能性を改めて実感していた。
傷を抱えた子供たちが共に学び共に成長していく。その積み重ねこそが、この世界の未来を少しずつ確かなものへと変えていく力になるはずだった。
この学び舎から、これからどれほど多くの物語が紡がれていくのか。その答えはまだこれからもゆっくりと紡がれ続けていく。




