↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
67/153

EP67. 小さな芽吹き

辺境伯館の庭、そこには小さな花壇が新しく作られていた。


 春の陽射しが柔らかく降り注ぎ、土の匂いと若葉の香りが辺りに満ちている。庭の隅では小鳥がさえずり、風が木々の葉を揺らす音が絶え間なく響いていた。二歳になったエリアーナは、白銀の柔らかな髪を風になびかせながら、花壇の前にしゃがみ込んでいた。


 「――お花、痛いの?」


 小さな声で、萎れかけた一輪の花に話しかけている。アズマリアは、その様子を、少し離れた場所から静かに見守っていた。


 「どうしたの、エリアーナ」


 「このお花、元気ないから」


 エリアーナは、小さな両手を、萎れた花にそっとかざした。その瞬間、指先から、微かな光が滲み出す。


 「――アズマリア、見てみろ」


 傍らに立つヴィルヘルムが、緊張した面持ちで囁いた。萎れていた花弁が、ほんのわずかに、色を取り戻していく。完全な治癒には程遠い。だが、確かに何かが起きていた。


 「――やっぱり、この子には」


 アズマリアは、静かに息を呑んだ。以前、フェリクスが語った可能性が、また一つ、確かな形になって現れていた。


 その日の夕方、王都から視察に訪れていたアロセールに、この出来事を報告した。


 「――生命の気配に寄り添う力、というやつか」


 アロセールは、興味深そうに、エリアーナの様子を観察した。


 「完全な《神癒》ではない。だが、確かに、何らかの資質を受け継いでいるようだな」


 その分析に、アズマリアは、複雑な感慨を覚えた。


 「――この子に、無理をさせたくありません」


 「分かっている」


 アロセールは、静かに頷いた。


 「今すぐ、術式を体系立てて教える必要はない。……ただ、この子自身が、自分の力に興味を持ったときに、正しく導いてやれる者が、そばにいることが大切だ」


 その言葉に、アズマリアは、深く頷いた。


 「――教育制度の改革も、こういう時のために、役立つんですね」


 「ああ。焦らず、この子のペースで育てていけばいい」


 その夜、寝室でエリアーナを寝かしつけながら、アズマリアは、小さな娘の寝顔を見つめていた。


 「――あなたには、あなたの選ぶ道があります」


 その呟きに、傍らに座るヴィルヘルムが、静かに応じた。


 「――俺たちのような、複雑な運命を背負わせたくない、という気持ちはよく分かる。だが」


 「だが?」


 「もし、この子が、いつか、自分の意思で、誰かを癒やしたいと願うなら。その時は、俺たちが、全力で支えてやればいい」


 その言葉に、アズマリアは、静かに微笑んだ。


 「――そうですね。焦る必要は、ありませんね」


 翌朝、庭に出たエリアーナは、また花壇の前にしゃがみ込んでいた。今度は、萎れた花ではなく、元気に咲いている花に、優しく話しかけている。


 「――ずっと、綺麗でいてね」


 その無邪気な言葉に、アズマリアの胸に、温かいものが込み上げた。この子は、力の使い方を、誰に教わるでもなく、既に、その本質――誰かを大切に想う心を、自然に身につけている。


 「――お姉ちゃん」


 声をかけてきたのは、セーラだった。見張り役の仕事の合間を縫って、久しぶりに顔を見せに来たらしい。隣には、ダリオの姿もあった。


 「エリアーナ様、大きくなりましたね」


 セーラが、優しく目を細める。ダリオも、興味深そうに、小さな少女を見つめていた。


 「――将来、俺たちみたいに、この土地のために働く日が来るのかもな」


 ダリオの呟きに、アズマリアは、静かに首を振った。


 「――それを決めるのは、この子自身です。……私たちは、ただ、その選択を、見守るだけです」


 その答えに、セーラとダリオは、顔を見合わせ、納得したように頷いた。


 春の陽射しの中、花壇の前で無邪気に笑うエリアーナの姿を、集まった人々が、それぞれの想いを込めて見つめていた。


 この小さな命が、これから、どんな道を歩んでいくのか。その答えは、まだ、誰にも分からない。だが、確かなことが一つだけある。


 この子もまた、多くの人々の愛情と見守りの中で、確かに、育っていくということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。