EP64. 一年の実り
国境の交易地は、これまでにない賑わいに包まれていた。
和平から一年を記念する祭りの日、露店には人間と魔族双方の名物料理が並び、香ばしい匂いと異国の香辛料の匂いが入り混じっていた。太鼓の音、歓声、子供たちの笑い声が絶えず響き渡る。空には色とりどりの旗が風にはためき、地面には踏み固められた土の感触が祭りの熱気を伝えていた。
その中心で、アズマリアは腕に抱いたエリアーナと共に、その光景を見つめていた。
「一年前は、こんな日が来るなんて想像もできませんでした」
傍らに立つヴィルヘルムが静かに頷いた。
「ああ。あの頃はまだ疑いと不信ばかりだった。それが今では」
彼の視線の先には、セーラとダリオが人間の子供と魔族の子供たちを引き連れて楽しげに走り回る姿があった。
「お姉ちゃん! こっち見て!」
セーラが遠くから手を振る。その隣でダリオが慣れた様子で子供たちに何かを教えていた。
「あの二人、すっかり息が合ってますね」
アズマリアの言葉に、ガルシュタインが静かに歩み寄りながら応じた。
「見張り役としての実績も申し分ない。先日など密輸の企てをいち早く察知して報告してくれた」
「密輸ですか」
「些細な事件だ。だがそれを双方が協力して未然に防げたことに意味がある」
その報告にアズマリアは深い感慨を覚えた。若い世代が確かにこの土地の平和を自分たちの手で守り始めている。
祭りの中央広場では、エレオノーラ、アロセール、リザの三人が王都から駆けつけ、余興として、それぞれの魔法を披露していた。
「《紅蓮閃・華式》!」
エレオノーラの放つ花火のような炎が空を彩る。その隣でアロセールが精密に制御した雷光で幾何学的な模様を描いてみせた。リザの衝撃波が地面にリズムを刻むように響く。
三人の連携した演出に、集まった人々から大きな歓声が上がった。
「相変わらず、目立つのがお好きなんですね、皆さん」
アズマリアが思わず笑いながら呟くと、腕の中のエリアーナがその光景にきゃっきゃっと声を上げて喜んだ。
「光が好きなんだな、この子は」
ヴィルヘルムが優しく目を細める。エリアーナの小さな手が空に舞う光の粒を掴もうとするように伸びていた。
その仕草にアズマリアは、ふと、あの造花が本物に変わった日のことを思い出した。まだ確かなことは何も分かっていない。だがこの子の中に確かに何かが息づいている予感があった。
夕暮れが近づく頃、フェリクスが興奮した様子でアズマリアのもとへ駆けつけてきた。
「アズマリア様! 王都の聖樹について大きな進展がございました!」
「聖樹に何か」
「はい。ここ数ヶ月の祈りの積み重ねにより、ついに聖樹が以前の輝きを完全に取り戻したのです!」
その報告にアズマリアは思わず息を呑んだ。
「本当ですか」
「はい。しかも」
フェリクスは少し声を落として続けた。
「聖樹の記憶が、これまでにない鮮明な形で蘇り始めているとの報告が」
その言葉にアズマリアの胸に新たな好奇心と確かな緊張が芽生えた。千年前の巫女の物語のその先。まだ明らかにされていない王国の起源そのものに関わる記憶が待っているのかもしれない。
「近いうちに王都へ伺います」
その決意をフェリクスは深く頷いて受け止めた。
夜が更け、祭りの灯りが国境の空を静かに照らし続けていた。人間と魔族が共に笑い共に食事を分かち合う、この一年で積み重ねてきた確かな絆。それはこれから先も、ゆっくりと、しかし確実に育っていくことだろう。
そして聖樹に眠る新たな記憶。それがアズマリア自身の物語にさらに深い意味をもたらすことになる。彼女の旅はまだその先に続いていく。




