EP63. 若い見張り
国境の交易地、その一角に新しく建てられた詰所は、まだ木の香りが残る真新しい建物だった。
窓から差し込む朝の光が、木目の浮いた床板を照らしている。近くの厨房から漂う出汁の匂いと、外に積まれた木材の香りが混じり合っていた。遠くで馬のいななきが響き、詰所の周りには早朝から緊張した面持ちの若者たちが集まっていた。
その中に、セーラの姿もあった。
「――セーラ、あなたが見張り役に志願するとは」
アズマリアの言葉に、セーラは少し照れくさそうに笑った。
「だって治療師の修行だけじゃなくて、こういう経験も大事だと思って。人間と魔族が本当の意味で仲良くなるために何が必要か、あたし自身の目で確かめたいんだ」
セーラの隣には、初めて見る魔族の少年が立っていた。灰色がかった肌に小さな角、人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「――お前がセーラか。俺はダリオ。よろしくな」
「よろしく、ダリオ」
二人は、ぎこちなく、それでも確かな握手を交わした。詰所の中では、見張り役として選ばれた若者たちに向けて、ガルシュタインが直々に説明を行っていた。
「そなたたちの役目は単なる監視ではない。何か不穏な動きを見つけたら、まずは双方の代表に、冷静に、正確に伝えること。それが、この仕組みの要だ」
「――難しそうだな」
ダリオが、ぽつりと呟いた。セーラは、それに笑いながら答えた。
「難しいよ。でも、アズマリア様だって、最初から何でもできたわけじゃないと思う。一つずつ、やってみるしかないよね」
その言葉に、傍らで見守っていたアズマリアは、静かに目を細めた。自分が積み重ねてきたものが、確かに、次の世代へと受け継がれている。その実感が、胸の奥に、温かく広がっていく。
◇ ◇ ◇
見張りの初日、セーラとダリオは、共に交易地の巡回を任された。最初はぎこちなかった会話も、時間が経つにつれ、少しずつ打ち解けていった。
「――なあ、お前の《神癒》様って、本当にすごいんだな。俺たちの土地まで、あんな風に変えちまうなんて」
「アズマリア様じゃなくて、皆の力が合わさったからだよ」
セーラは、少し得意げに答えた。
「エレオノーラ様の炎、アロセール様の雷、リザ様の衝撃、それに精霊も聖獣も、みんな力を貸したんだ。魔族の皆さんの魔力もね」
「――知ってるさ。うちの村でも、その話は語り草になってる」
そのやり取りに、二人は、自然と笑い合った。育った環境も種族も違う二人だが、この土地で共に働くうちに、確かな親しみが芽生え始めていた。
巡回の途中、二人は、交易地の隅で、値切り交渉に苦戦している商人たちに出くわした。
「――ちょっと、待って」
セーラが、慣れた様子で間に入る。
「その鉱石、うちの村の水路技術と交換なら、もっと良い条件になると思うよ」
その提案に、双方の商人が、驚いたように顔を見合わせた。
「――そんな交換が、可能なのか」
「アズマリア様が始めた、技術の分かち合いの仕組みだよ。知らなかった?」
その説明に、商人たちは、興味深そうに、新しい取引の形を検討し始めた。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、詰所に戻ったセーラとダリオは、それぞれの一日の報告を、アズマリアとガルシュタインに伝えた。
「――初日にしては、上出来だ」
ガルシュタインの評価に、ダリオは、誇らしげに胸を張った。
「これからも、続けられそうですか」
アズマリアの問いに、セーラは、迷いなく頷いた。
「うん。……なんだか、あたしにも、この土地のために、できることがあるんだって、実感できた気がする」
その言葉に、アズマリアは、深い喜びを覚えた。夕暮れの交易地、若い見張り役たちが、それぞれの持ち場へと散っていく。人間と魔族、それぞれの若い世代が、共に働き、共に悩み、共に成長していく。その積み重ねこそが、千年分の不信を、少しずつ溶かしていく、確かな力になるはずだった。
アズマリアは、その光景を、静かに見守りながら思う。自分が始めたこの小さな一歩が、これから、どれほど大きな未来へと繋がっていくのか、その全貌は、まだ、誰にも分からない。
だが、確かなことが一つだけある。この土地に蒔いた種は、確かに、次の世代へと、その芽吹きを広げ始めていた。




