EP57. 弟子の一歩
治療院の裏手、小さな薬草園の一角に、セーラの姿があった。
朝露に濡れた葉が、陽光を受けて、きらきらと輝いている。土の匂いと、摘みたての薬草が放つ、青々とした香りが、辺り一面に漂っていた。セーラは、真剣な表情で、一枚の葉を手に取り、その葉脈を、じっと見つめている。遠くから、鳥の囀りと、水路を流れる水音が、穏やかに響いていた。
「――この葉、傷んでる部分と、元気な部分が、はっきり分かれてる」
◇ ◇ ◇
「よく気づきましたね」
少し離れた場所に腰掛けていたアズマリアが、静かに微笑んだ。
「その違いを見分けることが、治療の第一歩です。……傷んだ部分だけを、癒やそうとするのではなく、なぜ、そこだけが傷んでいるのか、その理由まで、見極める必要があります」
「理由、まで?」
◇ ◇ ◇
「はい。……例えば、その葉は、虫に食われたのか、日照りに晒されたのか、それとも、根そのものに問題があるのか。原因によって、必要な処置は、まったく違います」
アズマリアの説明に、セーラは、真剣な表情で頷いた。
「――難しいね、治療師って」
「簡単ではありません。……でも、だからこそ、やりがいがあります」
◇ ◇ ◇
この数週間、セーラは、毎日のように、アズマリアのもとへ通い続けていた。薬草の見分け方、簡単な応急処置、そして、治療師としての心構え――一つ一つを、丁寧に、着実に、身につけていっている。
「――今日は、実際に、簡単な詠唱を、試してみましょう」
「――え、本当に!?」
その提案に、セーラの目が、大きく輝いた。
◇ ◇ ◇
「《神癒》は、私だけに宿る、特別な力です。……でも、基礎的な回復魔法なら、素質があれば、誰にでも扱える可能性があります」
アズマリアは、小さな傷のできた葉を、セーラの前に差し出した。
「――集中して。傷んだ部分に、優しく、意識を向けてください」
◇ ◇ ◇
セーラは、緊張した面持ちで、両手を葉の上にかざした。目を閉じ、深く息を吸い込む。
「――治って、ください」
その素朴な祈りの言葉と共に、微かな、しかし確かな光が、彼女の手のひらから溢れた。
◇ ◇ ◇
「――あ」
その光が葉に触れた瞬間、傷んでいた部分が、ほんのわずかに、色を取り戻した。完全な治癒には、程遠い。だが、確かに、何かが起きていた。
「――できた……! お姉ちゃん、見て、できました!」
興奮した様子で振り返るセーラに、アズマリアは、深く感動した様子で頷いた。
◇ ◇ ◇
「――素晴らしいです、セーラ」
「本当に!? あたし、治療師の才能、あるのかな!?」
「あります。……いいえ、あるかどうかより、大切なことがあります」
アズマリアは、優しく、しかし確かな真剣さを込めて続けた。
◇ ◇ ◇
「才能があっても、それを、誰かのために使おうと思う心がなければ、意味がありません。……あなたには、その心が、既に備わっています」
その言葉に、セーラは、少し照れくさそうに、それでも嬉しそうに、頬を染めた。
「――ありがとう、お姉ちゃん」
◇ ◇ ◇
その日の夕方、セーラの成長ぶりを聞いたヴィルヘルムが、感心したように呟いた。
「――将来、頼もしい治療師になりそうだな」
「はい。……私が、教えられることは、まだ、たくさんあります」
アズマリアは、静かに、しかし確かな喜びを込めて答えた。
◇ ◇ ◇
「――前に聞かせてくれた、王都にいた頃の自分と、重ねているのか」
ヴィルヘルムの問いに、アズマリアは、少し考えてから、静かに頷いた。
「はい。……私も、あの頃、誰かに、こんな風に、力の使い方を教えてもらえていたら。もっと早く、自分の価値に、気づけていたかもしれません」
◇ ◇ ◇
「だから、セーラには、私のような遠回りを、してほしくないんです」
その想いに、ヴィルヘルムは、優しく彼女の肩を抱いた。
「――あんたが繋いだものは、これからも、こうやって、次の世代へ、受け継がれていくんだろうな」
◇ ◇ ◇
その夜、アズマリアは、自分の腹に、そっと手を当てながら、静かに思いを馳せた。
この子もまた、いつか、誰かに何かを教わり、そして、誰かに何かを伝えていく日が、来るのだろう。
力とは、想いとは、こうして、一つの手から、また次の手へと、静かに、しかし確実に、受け継がれていくものなのかもしれない。
◇ ◇ ◇
セーラの成長という、小さな、しかし確かな一歩。それは、アズマリアが、この土地に蒔いた種が、着実に芽吹き始めている証だった。
この先、彼女が育てる、次の世代の芽――それが、どのように育っていくのか、その物語は、まだ、これからも続いていく。




