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EP49. 婚儀の朝

辺境エルグラード、治療院前の広場。


 その日の朝は、これまでのどんな朝とも違う、特別な輝きに満ちていた。空は雲一つなく晴れ渡り、澄んだ青が、どこまでも広がっている。広場には、白い花で飾られたアーチが組まれ、朝露に濡れた花弁が、朝日を受けて、宝石のように輝いていた。焼きたてのパンの匂い、庭先で摘まれたばかりの花の香り、そして、遠くから漂ってくる、祝宴用に仕込まれた料理の匂いが、空気の中に、幾重にも折り重なっている。


 アズマリアは、仕立てられたばかりの純白の婚礼衣装に身を包み、鏡の前に立っていた。


   ◇ ◇ ◇


 「――緊張、していますか」


 声をかけてきたのは、セーラだった。すっかり背が伸びた彼女は、今日、花を撒く役目を任されている。


 「少しだけ、しています」


 「大丈夫だよ! お姉ちゃん、今までだって、どんな時も、ちゃんとやり遂げてきたじゃん」


 その励ましに、アズマリアは、静かに微笑んだ。


   ◇ ◇ ◇


 支度を終えた広場には、既に、数え切れないほどの人々が集まっていた。


 辺境の村人たち、難民として流れ着き、今ではこの土地に根を下ろした人々、水路や孤児院の建設に携わった職人たち。そして――王都から駆けつけた、エレオノーラ、アロセール、リザの三人。さらには、国境の交易地から訪れた、ガルシュタインをはじめとする魔族たちの姿も、その中に混ざっていた。


   ◇ ◇ ◇


 「――人間と魔族が、共に婚儀を祝う日が来るとはな」


 ガルシュタインが、感慨深げに呟いた。


 傍らに立つ甲冑姿の魔族――かつて国境で謝罪を受けた、あの男が、静かに頷いた。


 「これも、あの方が繋いでくれた縁のおかげでしょう」


   ◇ ◇ ◇


 式の進行役を務めるのは、村長だった。皺だらけの顔に、深い喜びを浮かべながら、彼は、集まった人々を見渡した。


 「――皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」


 その声を合図に、白いアーチの下、ヴィルヘルムが、静かに歩み出た。


   ◇ ◇ ◇


 焦げ茶の髪をきちんと整え、正装に身を包んだヴィルヘルムの姿は、いつもの野性味を残しつつも、確かな凛々しさを湛えていた。緊張しているのか、その拳が、微かに震えているのが見て取れる。


 「――辺境伯様、緊張してます?」


 ハロルドが、いつもの仏頂面のまま、からかうように囁いた。


 「うるさい」


 その短いやり取りに、周囲から、控えめな笑いが漏れた。


   ◇ ◇ ◇


 やがて、アーチの向こう側から、純白の衣装に身を包んだアズマリアが、ゆっくりと歩を進めてきた。


 白銀の髪に、花冠が優しく添えられている。赤い瞳には、これまでの人生で積み重ねてきた、あらゆる想いが、静かに宿っていた。


 その姿を見た瞬間、ヴィルヘルムの表情が、大きく緩んだ。


   ◇ ◇ ◇


 「――綺麗だ」


 思わず漏れたその一言に、アズマリアは、頬を染めながら、小さく笑った。


 「ありがとうございます」


 二人は、村長の前で向き合った。周囲を取り囲む、あらゆる立場の人々の視線が、静かに、二人へと注がれている。


   ◇ ◇ ◇


 「――誓いの言葉を」


 村長の言葉に、ヴィルヘルムが、まっすぐにアズマリアを見つめた。


 「俺は、アズマリアを、生涯、大切にすると誓う。……嬉しい時も、辛い時も、共に分かち合い、決して一人で背負わせない」


 その誓いに、アズマリアの目に、涙が滲んだ。


   ◇ ◇ ◇


 「私も」


 アズマリアは、震える声で、しかし確かな決意を込めて続けた。


 「ヴィルヘルムを、生涯、大切にすると誓います。……この土地で出会った、すべての方々への感謝も、決して忘れずに」


 その言葉に、集まった人々の間から、静かな、しかし確かなどよめきが広がった。


   ◇ ◇ ◇


 誓いの言葉が終わると、村長が、朗々と告げた。


 「――ここに、二人の婚姻を認めます!」


 その瞬間、空高く、大輪の花火が打ち上がった。


 「――《紅蓮閃・華式》!」


 エレオノーラが、満面の笑みで放った、祝賀用の術式だった。真紅と金の光が、澄んだ青空に、鮮やかに咲き誇る。


   ◇ ◇ ◇


 「わあああ!」


 セーラをはじめとする子供たちが、歓声を上げながら、空を見上げた。集まった人々の間からも、大きな拍手と歓声が沸き起こる。


 その光景の中心で、ヴィルヘルムとアズマリアは、静かに、しかし確かな幸福感に包まれながら、見つめ合っていた。


   ◇ ◇ ◇


 「――やっと、ここまで来ましたね」


 アズマリアの呟きに、ヴィルヘルムが、静かに頷いた。


 「ああ。……長い道のりだった」


 「でも」


 アズマリアは、静かに微笑んだ。


 「一人じゃなかったから、ここまで来られました」


   ◇ ◇ ◇


 祝宴は、日が暮れるまで、賑やかに続いた。


 人間と魔族が、共に食事を分かち合い、笑い合う光景。それは、千年間、誰も想像すらできなかった、新しい時代の始まりを告げる、確かな一歩だった。


   ◇ ◇ ◇


 夜が更け、祝宴の灯りが、静かに辺境の空へと立ち上っていく。


 この日、確かに結ばれた二人の絆は、これから先も、この土地と、そこに生きるすべての人々を、静かに、しかし確実に、照らし続けていくことだろう。


 だが、この物語は、まだ、本当の意味での終わりを迎えていない。


 この幸福な日々の先に、アズマリアが選び取ることになる、さらなる未来――その物語は、まだ、静かに続いていく。

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