EP47. 仕立ての日
辺境エルグラードの仕立て屋、その小さな工房には、様々な色の布地が、所狭しと積み上げられていた。
窓から差し込む午後の光が、真っ白な絹地の上で、柔らかく反射している。針と糸の擦れる、規則正しい音。仕立て屋の老婆が、口に含んだ待ち針を、慣れた手つきで一本一本、布に刺していく。工房の中には、糊付けされた布特有の、清潔な匂いと、干された花弁を混ぜ込んだ香油の、ほのかに甘い香りが漂っていた。
その中央、台座の上に立つアズマリアは、少し落ち着かない様子で、鏡に映る自分の姿を見つめていた。
◇ ◇ ◇
「――どう、思いますか」
「似合ってるよ、お姉ちゃん! すっごく綺麗!」
真っ先に答えたのは、セーラだった。目を輝かせながら、白い婚礼衣装に包まれたアズマリアの周りを、くるくると回っている。
「セーラ、あまり近づくと、待ち針に刺さってしまいますよ」
「あ、ごめんなさい!」
◇ ◇ ◇
「――アズマリア様、こちらの袖の長さは、いかがでしょう」
仕立て屋の老婆が、丁寧に確認する。アズマリアは、袖を軽く動かしながら、頷いた。
「ちょうどいいです。……ありがとうございます、こんなに素敵な衣装を」
「なんの。……あなた様のような方の婚礼衣装を仕立てられるなんて、この歳になって、こんな光栄なことがあろうとは」
老婆の声には、深い喜びが滲んでいた。
◇ ◇ ◇
その時、工房の扉が、勢いよく開いた。
「――遅くなってごめん! でも、ちゃんと来たよ!」
真紅の髪を揺らしながら入ってきたのは、エレオノーラだった。その後ろから、アロセールとリザも、続いて姿を現す。
「エレオノーラ様、それにアロセール様、リザ様まで……!」
アズマリアは、驚きに目を見開いた。
◇ ◇ ◇
「花嫁衣装を見るのに、来ないわけないでしょ!」
エレオノーラは、興奮した様子で、アズマリアの周りを、まじまじと見つめた。
「――すっごく、綺麗。……本当に、綺麗だよ、アズマリア」
その声には、これまでの謝罪や後悔とは違う、純粋な喜びだけが込められていた。
◇ ◇ ◇
「――似合っている」
アロセールが、静かに、しかし確かな感嘆を込めて呟いた。
長い金の髪を一本に編んだその表情には、いつもの冷静さの奥に、隠しきれない温かさが滲んでいる。
「幸せそうで、何よりだ」
「ありがとうございます、アロセール様」
◇ ◇ ◇
リザは、少し離れた場所で、腕を組んだまま、複雑な表情を浮かべていた。
「――どうしたんですか、リザ様」
アズマリアが尋ねると、リザは、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「いや、……その、あんまり見たことない格好だから。……なんか、変な感じ」
「変、ですか」
◇ ◇ ◇
「違う、悪い意味じゃなくて!」
リザは、慌てて手を振った。
「傷ついた人たちを癒やす、張り詰めた顔ばかり印象に残ってたあんたが、こんな、幸せそうな顔してるのが、なんか、不思議で。……でも」
彼女は、少し照れくさそうに、しかしはっきりと続けた。
「――良かった。本当に、良かった」
◇ ◇ ◇
その素直な言葉に、アズマリアの胸に、温かいものが込み上げてきた。
「――皆さんが、こうして来てくださって、嬉しいです」
「当然でしょ!」
エレオノーラが、明るく笑った。
「花火の準備も、ばっちりだからね! あたしの《紅蓮閃》で、辺境の空を、綺麗に彩ってみせるから!」
「そんな大掛かりなことを……」
その提案に、周囲から、微笑ましい笑いが起きた。
◇ ◇ ◇
仕立ての合間、四人は、工房の隅に置かれた椅子に腰掛け、久しぶりの、ゆっくりとした時間を過ごしていた。
「――王都の様子は、どうですか」
アズマリアが尋ねると、アロセールが、静かに答えた。
「少しずつ、だが、確実に復興が進んでいる。……我々も、聖女としての役目を、これまでとは違う形で、見直しているところだ」
◇ ◇ ◇
「これまでは、戦うことだけが、聖女の価値だと思ってた」
エレオノーラが、真剣な表情で続けた。
「でも、あんたを見てて、気づいたんだ。……人を守る力にも、色んな形があるんだって」
「――だから、あたしたちも、変わろうと思う」
リザが、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
◇ ◇ ◇
「戦うだけじゃなくて、癒やすことも、繋ぐことも。……聖女の在り方、自体を、これから、少しずつ変えていきたい」
その言葉に、アズマリアは、深く頷いた。
「素敵な考えだと、思います」
◇ ◇ ◇
工房の窓の外、夕暮れの光が、辺境の街並みを、金色に染めていく。
仕立ての作業は、まだ、これからも続いていく。婚儀の日まで、あと少し。
だが、この場に集まった、かつては複雑な関係にあった人々が、今、こうして、心から笑い合えていること――それ自体が、この物語が歩んできた道のりの、確かな証だった。
◇ ◇ ◇
「――さあ、続きをしましょう」
仕立て屋の老婆の声に、皆が、再び、婚礼衣装へと視線を戻す。
この温かな時間の先に、待ち受ける婚儀の日。そして、その先に紡がれていく、まだ見ぬ未来――アズマリアの物語は、これからも、静かに、しかし確実に、続いていく。




